拓殖大学の佐藤一磨さんの研究で、子どもの人数と女性の幸福度の関係が明らかになりました。佐藤さんは「『二人は欲しい』『できれば三人目も欲しい』と望む女性がいる中、実際に出産してみると生活全般の満足度が下がってしまう。これが日本の女性が直面する厳しい現実です」と指摘します――。
子どもがリビングで寝転ぶ
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子どものいる女性の幸福度は低い

世の中には「もしかすると」とうすうす気づいているけれど、直視したくない事実というものがあります。

子どもを持つことが女性の幸せに及ぼす影響もその1つではないでしょうか。

図表1は、日本の既婚女性の子どもの有無と幸せの関係を示していますが、この図はシンプルな1つのメッセージを示しています。

子どもの有無と既婚女性の生活満足度

それは、「日本では、子どものいる女性の方が幸せの度合いが低くなる」ということです。

なお、図表1では幸せの指標として、生活満足度を用いています。生活満足度とは、生活全般の満足度を5段階で計測したものであり、幸福度と並び、幸せの指標として多くの学術的研究で使われているものです。

図表1の結果は、日本の女性を取り巻くさまざまな環境が反映されたものだと考えられます。詳しくは以前の記事をご参照ください(「子どものいる女性のほうが、幸福度が低い」少子化が加速するシンプルな理由)。

しかし、ここで注意したいのは、「子どものいる・いないだけで、本当に子どもが女性の幸せに及ぼす影響を適切に判断できているのか」という点です。

ここでは「もう1つの重要な要因」が抜けて落ちています。

女性の幸せは子どもの数によって変化する

その重要な要因は、「子どもの数」です。

子どもの数が二人、三人と増えるにしたがって、必要となる金銭的、時間的なコストも増加していきます。子どもの性別が同じであれば、上の子のおさがりを活用でき、コスト削減につながりますが、教育費等は倍かかってしまいます。

また、子どもが増えるにしたがって、養育に必要となる時間も大きく増加します。特に、新しく子どもが生まれた直後だと、上の子どもと下の子どもの面倒を同時に見る必要があり、時間的・体力的にもきつく、疲弊してしまいます。

このように、「子どもがいるかどうか」だけではく、「何人の子どもがいるのか」によって、子どもの存在が女性の幸せに及ぼす影響も変化する可能性があるわけです。

はたして、実態はどのようになっているのでしょうか。

子どもの数が多いほど、女性の満足度は低下する

図表2は、子どもの数と既婚女性の生活満足度の関係を見ています。

この図は、明確な1つのメッセージを示しています。

子どもの数によって変化する既婚女性の生活満足度

それは、「子どもの数が増えるほど、女性の満足度は低下する」というものです。

この傾向は、女性の年齢、世帯所得、夫婦の学歴、就業形態といった要因の影響を統計的に除去しても変化ありません。

「二人は欲しい」「できれば三人目も欲しい」と望む女性がいる中、実際に出産してみると生活全般の満足度が下がってしまう。

これが日本の女性の直面する厳しい現実です。

ほとんどの親にとって子どもは可愛く、いとおしい存在です。しかし、子どもの数が増えるにしたがって、生活全般の満足度が低下してしまう。

このような厳しい現実が「もう一人」を生むことをためらわせ、子どもの数の減少につながっている可能性があります。

子どもの数とともに女性の満足度が低下する2つの原因

図表2の結果が示すように、子どもの数が増えるほど、女性の生活満足度は低下していきます。社会全体としては子どもの数が増えてほしいけれど、その結果として、女性の満足度が下がってしまう。

これは、日本の社会が直面する「大きな矛盾」だと言えるでしょう。

この原因について考えていくと、子ども自体が女性の満足度を低下させるわけではなく、「お金の問題」と「夫婦関係の問題」が主な犯人ではないかと考えられます。

子どもの数が増えるほど、どうしてもお金がかかっていきます。子どもの数とともに食費、被服費、教育費等のコストが増え、生活を圧迫する。近年、不安定な雇用形態で働く人も増え、賃金が伸びづらくなっている状況を考えると、子どもの金銭的負担は大きな課題です。

また、子どもの数が増えるほど、「夫と妻」の役割よりも「父と母」の役割の比重が増えていきます。「父と母」の役割において、お互いの期待にそった働きを十分に果たせていなければ、夫婦関係に深刻な亀裂をもたらす恐れがあるわけです。夫婦間の家事・育児分担は、このような亀裂の原因となる典型的な例だと言えるでしょう。

お金と夫婦関係、どちらのインパクトが大きいのか

お金と夫婦関係の問題は、子どもの増加による女性の生活満足度低下の原因になると考えられますが、ここで重要なポイントは、「どちらがより大きな影響を及ぼすのか」という点です。

なぜならば、どちらが主要な原因なのかによって、対策が変わってくるからです。

もしお金が主な原因であれば、子育て世帯への金銭的補助をより厚くすることが望ましい対策になります。

また、もし夫婦関係の悪化が主な原因であれば、夫婦関係のケアが望ましい対策になります。第1子出産後に夫婦関係は急速に悪化することがわかっているため、夫婦関係を直接的に支援する「出産後学級」などの対策が考えられます。

夫婦関係の悪化は「家族の問題」として捉えられ、自分たちだけで解決しようと考えがちです。しかし、出産後の夫婦関係の悪化は、その後の結婚生活だけでなく、「もう一人」の出産にも深刻な影響を及ぼす恐れがあります。このため、外部の力を活用したケアを検討することも重要となるわけです。

では、日本ではお金と夫婦関係のどちらが大きな影響を及ぼしているのでしょうか。

最近の日本の研究結果から、お金と夫婦関係の両方が女性の満足度低下の原因になっているが、その影響度は「夫婦関係の悪化の方がかなり大きい」ことがわかりました(※1)。これは、欧米の研究では経済的な要因が大きいと出ていることとは対照的です。

この結果から、夫婦関係の悪化を防ぐことが子どもの数の増加にともなう女性の満足度低下を阻止するカギとなりそうです。

※1 佐藤一磨(2021)子どもと幸福度-子どもを持つことによって、幸福度は高まるのか-, PDRC Discussion Paper Series DP2021-002.

夫婦関係の悪化を防ぐにはどうすればいいのか

次に考えたいのが、夫婦関係の悪化を防ぐには「何をすればいいのか」という点です。

この点に関して、シカゴ大学の山口一男教授は、「夫婦が共に過ごす時間」が重要だと指摘しています(※2)

具体的には、平日では夫婦の食事とくつろぎの時間を共有すること、そして、休日では家事・育児や趣味・娯楽・スポーツの時間を共有することがプラスの影響を及ぼすと指摘しています。

子どもがいる中でも「夫婦の時間」を大切にする。

子育て真っ最中の夫婦には「無理!!」と思われる方も多いと思います。しかし、長く続く結婚を心地よいものにするために必要な投資だと考え、トライしてみるといいかもしれません。

山口一男教授は、夫婦関係の悪化を防ぐには「夫の家事・育児参加」も重要であると指摘しています。日本では女性に家事・育児の負担が集中する傾向があるため、この点に異論がある方は少ないでしょう。

ただし、夫の家事・育児参加が少ない背景には、男女間賃金格差や男性正社員の長時間労働といった労働市場の構造的な問題があります。これらの課題は政府のさまざまな施策によって徐々に改善してきていますが、まだ道半ばといった状態であり、今後のさらなる施策に期待したいところです。

※2 山口一男 (2007)夫婦関係満足度とワーク・ライフ・バランス, 季刊家計経済研究, 73, 50-60。