与えるより得ることを重視する人たち
日本では「ジャイアニズム」という言葉で表されることが多いですが、人に与えること(giver)よりも、人からものを受け取ること(taker)を重視している人がある一定数存在します。
例えば、研究業界は、「その研究の立役者は?」ということが大きな評価につながりますし、どの職種においても「その仕事を成し遂げたのは誰か?」ということは付いて回るでしょう。おそらく規模が大きいものであるほど、その成功には、多くの人の努力が関わっています。ところが、関わっている人それぞれが費やした労力には、実はとても大きい差がでることがあります。つまり、愚直に周りの人のために頑張る人から、人の頑張りを自分の利得にしてしまう人までいます。極端な例では、プロジェクトのためにフルで頭を使い現場で汗水垂らして努力した人の功が、その間、的確な指示をしたわけでもない上司の大きな成果として評価されるなんてこともありえるわけです。
日常的なちょっとしたことにおいても、真摯に取り組み、結果として周りに何かしらを与える人と、何かをしてもらってそれを受け取る人に分かれています。そのため、ふとしたときに、人のために行動することで大きな損をした気持ちになることがあります。
与える人と与えられる人、どちらが成功するか
では、実際、受け取ることや与えられることに注力しながら生きている人と、与えることをができる人、どちらが最終的に利益を多く得て成功をするのでしょうか?
ジャイアニズムを発揮している人が、ある程度の成功を手にすることを否定しきれないのではないかという現実をしばしば目にします。ところが、多くの研究が、最終的には与える人が成功をすることを示しています。この研究で最も有名なのは、ペンシルベニア大学ウォートン校の教授アダム・グラントです。
彼らの研究チームは、人を助けるための時間に喜んで努力を捧げる人と、他人の努力から利益を得ても恩返しをしない人(おそらくそのような人は、そもそもそれを当たり前のこととして考え、恩だとも思っていないのでしょう)を分析しました。その結果、“長期的に見た場合”、与える人のほうが、仕事の成功に関わるほとんどの指標において数値が高かったことを示しています(愚直にひたすら与え続ける人になってしまうという極端な例はこの場合のぞきます)。一体なぜでしょうか?
感謝による高いモチベーションと自制心
これは「近視眼的」であるか長期的な視野を持って物事を捉えることができるか、という点から説明ができます。端的に言えば、ジャイアニズムで成功できると考えている人は「近視眼的」、つまり、目の前の利益を取ることしか考えておらず、目の前の利益をとることで将来どのようになるのか? という長い目での成功を見据えることができていないのです。
特殊な場合を除いて、人が社会で成功をしたいと思った場合、たった一人きりで成功を手にすることはできません。必ず人間関係が存在します。そして成功までには、自分だけでなく、多くの同じ目標に向かった仲間、周囲の人間の労力が必要になります。この労力が、何で担保されるか? という問題に対し、研究から一つあきらかになっていることがあります。
それは「感謝・恩」の気持ちです。人は、自分のために何か力を注いでくれた、と感じたときに感謝を感じます。そして、この感謝の念を持っている場合、人は、通常の約30%程度、自分の労力を割き、大変な作業を行うことができることが示されています。さらに、感謝の念を持って行動をしていると、目の前の誘惑に打ち勝つための自制心が強く働き、よりやり抜く力を持って作業できることも明らかにされています。
与えられるだけの人の成功は「一時的」で終わる
つまり、与えるという行為をした場合には、与えられた人が「感謝の念」を持ち、将来、通常以上の労力を払ってくれる可能性があるということです。ここでポイントなのは、与えるという行為を意識的、あるいは無意識的に、長期的なGive&Takeの視点を持って行っているというところでしょう。そのため、与える側の人にとって、与えられることばかりに注力している人は、与えたところでメリットがない相手であり、結果与える対象ではなくなる、という判断がされます。いわゆるしっぺ返しです。その結果、長期的にGiveとTakeが循環するという現象が起きなくなるため、与えられる人の成功は、一時的、あるいは、ある程度までということになります。
一方、与える人は感謝を生み、円滑でモチベーションが高く、すぐには誘惑に負けない自制心を保った仲間とともに、継続的な成功に近づくことができるのでしょう。
贈り物では労力で恩返しをするほどの感謝は生じない
相手を喜ばせようと思って贈り物をすることがあります。確かに、相手はその贈り物が望ましいものであれば、happyになってくれ、感謝の言葉を言ってくれます。しかし、それが将来のコストを支払うだけの感謝の念につながっているか? というと残念ながらそんなことはありません。
恩返しをしようというほどの感謝の念が生じるのは、苦境に立たされた際に助けてもらうなど、直面する問題を解決する手段につながるようなシチュエーションであることが示されています。事実、そのような感謝の念が高ければ高いほど、恩返しとして他人に何か与えている時に、脳の中では報酬系の活動が高まっていることが示されています。
攻撃は成功を制限する
与える、と一言に言ってもその中には、罰や攻撃などネガティブな要素が含まれることがあります。しかし、攻撃性が強く人を非難しがちな性格は、同じように長い目で見ると、本人の成功を制限するだけでなく、所属する集団にまで悪い影響を及ぼすことが研究から示されています。
実験では、参加者がランダムに他の人とペア組み、ゲームをします。ゲームでは、「協力する」「騙す」「罰する」という3択があり、「協力をする」を選ぶ場合、最初に投資をしますが、相手も「協力する」を選んでいると、それぞれ1ドルずつ手に入れられます。一方、「騙す」を選ぶと、自分は全く投資をせずに相手から1ドルを奪うことができますが、この場合、お互いが騙すを選んでいると、双方1ドルも手に入りません。「罰する」を選ぶと、1ドルを払って相手が自分を騙しているかを知り、騙していた場合には、4ドル相手から奪うことができる、というルールになっていました。
このゲームを数百回実施した結果、短期的に見た場合、罰を下すことは、強制的な協力の回数を増やすことにはつながるのですが、最終的には、成功を妨げる行為が増え、全員の獲得金額が多くなることはありませんでした。一方、罰行動や攻撃行動を自制していた人たちは、最終的には勝者となったのです。
具体的には、平均的に常にある一定の罰行動を行っていた人より、罰行動などを全く行っていなかった人は、2倍多く稼ぐことができました。つまり、他人に罰を与えるような行為で短期的に、行動を正そうとすることよりも、常に自分を自制し、自分が正しい振る舞いを続けることが、長期的にみて最大の利益を生むのです。
ちょっとした成功が続いていると、人は、その成功にたどり着くまでにあった要因に気がつかなくなりがちです。成功が、自分ひとりの行動や意思決定の積み重ねの上に成り立っているように錯覚しがちになります。自分の努力以外にどんな要素があり、今の自分がいるのか、それを改めて振り返ってみることと、近視眼的にならないように気をつけることで、次の自分の行動が見えてくるでしょう。
参考文献
・Adam Grant, Give and Take: Why Helping Others Drives Our Success (New York: Viking, 2013)
・Bartlett MY, DeSteno D. Gratitude and prosocial behavior: helping when it costs you. Psychological Science. 2006 Apr;17(4):319-325. DOI: 10.1111/j.1467-9280.2006.01705.x.
・Bartlett MY, Condon P, Cruz J, Baumann J, Desteno D. Gratitude: prompting behaviours that build relationships. Cognition & Emotion. 2012 ;26(1):2-13. DOI: 10.1080/02699931.2011.561297.
・Kini P, Wong J, McInnis S, Gabana N, Brown JW. The effects of gratitude expression on neural activity. Neuroimage. 2016 Mar;128:1-10. doi: 10.1016/j.neuroimage.2015.12.040. Epub 2015 Dec 30. PMID: 26746580.