一見、モノやサービスを売っているように見えて、実は「体験」を売っている。そして消費者も、そうした新しい体験に対してお金を出すようになってきている。応援購入サービスMakuake(マクアケ)共同創業者の坊垣佳奈さんはこう指摘し、東京・六本木の豚しゃぶ店「豚組しゃぶ庵」の事例を挙げます――。

※本稿は、坊垣佳奈『Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

『Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)より  
Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)より  

コロナ禍で来店者減、テイクアウト対応を開始

Makuakeにはレストランやバーといった、飲食店に関するプロジェクトも多くあります。たとえば、会員制焼肉店の会員権やMakuake限定のランチメニューをはじめ、2020年から世情を反映して、お店で提供されるメニューのデリバリーも増えました。中でも、デリバリーで話題になったものとしては、六本木にある「豚組しゃぶ庵」のオンライン移行と店舗再出店プロジェクトがあります。

グレイス 代表取締役 國吉貴之さん 『Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)より

株式会社グレイスが運営するのは「日本で最も豚肉にこだわる飲食店」です。2003年に「とんかつ豚組」を西麻布に、2007年には「豚しゃぶをごちそうに」という思いから、六本木に豚しゃぶ専門店「豚組しゃぶ庵」を開店しました。オープン以来、多くの人に親しまれ、ファンもたくさんいます。

「豚組しゃぶ庵」はITやテクノロジーを扱う企業が多い六本木という立地も手伝い、「日本で最初にTwitterで予約を受けつけた店」といったSNS集客の先駆者として語られることもあります。多くのIT系人材が集い、店内のあちこちで「はじめまして」と顧客同士の名刺交換が行われるのも日常的な光景だったといいます。

ところが、新型コロナウイルス感染拡大は、この店舗にも影響を及ぼしました。2020年の2月末頃から来店客が減り始め、3月は店舗界隈で「ほとんど人が歩いていない」ような状態に。「ただ待っているだけではお客様は増えない」と、グレイス代表取締役の國吉貴之さんは所轄の保健所に相談し、食肉販売許可とそうざい製造業を申請、テイクアウトメニューの対応を始めます。

友達限定で、「豚しゃぶセット」を売り歩く

しかし、商品はできても、買いに来てくれるお客様が表を歩いていない状況は変わりません。しかも1回目の緊急事態宣言の発令に伴い、ますます来客は望めなくなりました。

そこで、國吉さんはFacebookの友達限定で、自宅で「豚組しゃぶ庵」の豚しゃぶが楽しめるセットを自ら届け始めます。豚組の豚しゃぶは、一緒に食べるたくさんの新鮮な野菜と複数のバラエティ豊かなタレ、締めの豚骨ラーメン風の麺が人気なのですが、すぐに食べられる状態でセットが届きます。この試みは自粛期間中で在宅していた豚組ファンの心を捉え、反響を呼びます。次第に、國吉さんが奔走していることを知ったファンたちが、配送を買って出てくれるようにもなりました。

「豚しゃぶはデリバリーに向いている」

「おうちで豚組」セットを届けると、購入者がFacebookにその写真と食べた感想をアップして、それを他の友人たちも目にします。國吉さん自身も、届けたお客様とFacebookを介してコミュニケーションを取る中で、「久しぶりに家族で集まって夕食を楽しめた」「食が細くなってきたおばあちゃんが、これは美味しいと食べてくれた」など、さまざまな声が聞けたといいます。

そんな日々を過ごす中で、國吉さんは「豚しゃぶ」という料理はデリバリーに向いていると気づきます。基本は生肉、出汁、野菜、タレで構成されたセットですから、デリバリーの課題となりがちな「できたての温かさ」は求められません。調理器具も、店舗では一般家庭でも人気のホーロー鍋、ル・クルーゼを使用しており、同じものを用意しようと思えば可能です。

私も、このときにデリバリー販売で「おうちで豚組」セットを頼んだ一人ですが、まるで豚組にいるような味わいが自宅で楽しめました。

Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)より

コロナで店舗の閉店を決意

「豚しゃぶはオンライン販売に移行したとしても、良質な体験を届けられるのではないか」。國吉さんはデリバリーに新しい可能性を感じつつも、新型コロナウイルス感染症による外食産業の行方、実店舗の未来について議論を重ね、結果として実店舗の閉店を決意します。

ただ、それと同時に「豚組しゃぶ庵が新しく生まれ変わるためのオンライン移行、そして再スタート」を支援するためのプロジェクトを、Makuakeで開始することになったのです。リターンのメインはデリバリーの主軸であった「おうちで豚組」セットで、他にも実店舗の閉店までの時間に使える「食べ放題権」や「貸し切り権」が定められました。

プロジェクトの開始にあたってページ内では、店舗を閉店する理由、オンライン移行の経緯、今後は豚しゃぶセットを定期購入の「サブスクリプション」で提供する予定であること、数々の企画を行うオンライン会員の募集など、これからの「豚組しゃぶ庵」のあり方を率直に語り尽くしています。

予想以上の応援購入、1年間閉店を延期

閉店を惜しむファンからの声も相まって、応援購入は目標に対して454%、総額1130万円を超えました。また、この反響を受けて支援が集まり、実店舗を1年間であれば延長営業できるようになるという思いがけない展開に。現在は、新型コロナウイルス感染症とも適宜向き合いながら、全席個室、事前予約制、食べ放題・飲み放題という新たなスタイルでの店舗運営を続けています。

この豚組しゃぶ庵のプロジェクトを振り返ると、「飲食店での楽しみを自宅でも体験できる機会」がリターンとなっていることがポイントでしょう。単なる美味しい豚しゃぶのセットならば、他の通販サイトでも見つかるかもしれません。しかし、「豚組しゃぶ庵で体験していた楽しみの再現」は、彼らにしかセッティングできません。

彼らが売り始めたのは、開店から10年以上続けてきた、ファンとの交流をベースにした「体験」でした。そして、こういった「体験」もインターネットで売れる時代になってきていることが、大切な一つの可能性なのです。

インタビュー:お店と同等の「体験」を届ける

六本木に店を構える豚しゃぶ専門店、豚組しゃぶ庵。コロナ禍の影響で一時閉店に追い込まれた同店が立ち上げた「『豚組しゃぶ庵』オンライン移転&店舗再出店プロジェクト」には、目標金額の4倍を上回る1100万円以上の応援購入が集まりました。豚組しゃぶ庵が今回のプロジェクトで見出せた光明、それは「店にしばられない体験としての提供価値」でした。

株式会社グレイス 創業者・オーナー/株式会社トレタ 代表取締役 中村仁さん 『Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)より
グレイス 創業者・オーナー/トレタ 代表取締役 中村仁さん 『Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)より

【國吉】コロナ禍に見舞われて、豚組しゃぶ庵は一時「もうダメかもしれないな」ってくらい閉塞感に襲われていました。お店を開けてもお客さんは来ないし、お弁当などのテイクアウトを始めても、1日2~3セットしか売れなくて。だから最初は「待ってても来ないなら、こちらから売りに行こう!」という安直な発想から「豚組のしゃぶしゃぶセットをおうちまでお届けにあがります!」と、Facebookの友達限定で手売りを始めたんですよね。そしたら、結構な注文が来て、皆さんにすごく喜んでいただけて。

【中村】しゃぶしゃぶって、家でも簡単にできる料理なんですよ。だから外食機会が減っていくと、たまの外食は「せっかくだから家で作れないものにしよう」と選択肢から外れがちになる。ただ、実際にこちらからご家庭に届ける売り方をしてみて、この「家でもできる」という事実が、「お店の味を家でも再現できる」という強みにもなるのでは、と気づきました。

【國吉】業態にこだわらず、「“最高のしゃぶしゃぶ”という体験をいかに届けるか」と考えてみると、店に来たようなクオリティを家に届ける「オンライン飲食店」みたいな概念が成立するんじゃないか。それを実験してみようと、使わせてもらったのがMakuakeでした。

業態の将来性を確認した

【中村】プロジェクトの目的は「お金を稼ぐこと」ではなくて、「この業態に将来性はあるか」「自分たちが楽しめ、お客さんたちに楽しんでもらえるか」の確認でした。あれほど多くの人に応援してもらえるとは思っていなかったので……嬉しいことなのですが、もう少し採算のことも考えておけばよかったです(笑)。

坊垣佳奈『Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)
坊垣佳奈『Makuake式「売れる」の新法則』(日本経済新聞出版)

【國吉】正直なところ、人件費を含めたら大赤字でしたからね。発送にかかる労力と費用の見積もりが甘く、「1600セットも送るなんて絶対に無理だよ」と毎日泣き言をつぶやきながら作業していました(笑)。ただ、やってみて得られたものは、本当に大きかった。

【中村】単純なデリバリーだと「誰でもいいからご近所の方、買ってください」って売り方になってしまう。そうではなくて、「僕ら豚組が提供する“体験”だから買ってくれるお客様に、直接届ける」という売り方をするうえでも、Makuakeは相性が良かったなと。今後も、「“体験”の提供」という考え方をベースに、実店舗と通販、それぞれ豚組だからこそ生み出せるサービスを追求して、皆さんに届けていきたいです。その光明を見出せた今回のプロジェクトは、本当にやって良かったなと感じています。