東京大学の山口慎太郎さんの研究で、コロナ下で女性の非労働力化が進んでいることが明らかになった。職を失う失業ではなく、自らの意思で仕事を辞めて新しい仕事を探していない状態。一斉休校の際に下がった子どもをもつ女性の就業率は、2020年末時点でも戻っていない。その背景に女性に極端に重くのしかかる家庭責任があった――。
子供と一緒に自宅で働く母親
写真=iStock.com/kohei_hara
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一斉休校が子育て中の働く女性に及ぼした悪影響

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないことを受けて、5月末までの緊急事態宣言は、既に対象とされていた東京、京都、大阪、兵庫、愛知、福岡だけでなく、北海道、広島、岡山を加えた9都道府県に拡大された。

学校については部活動の停止などにとどまり、萩生田文部科学大臣も「文部科学省から地域一斉の臨時休校を要請することは考えていない」と述べている(※1)。一方で、政府分科会の尾身茂会長は「学校で感染が拡大すれば、休校の判断もあり得る」としており(※2)、感染抑制を重視する立場の人々からは、今後再び休校を求める声が出てくる可能性もある。

[1]萩生田光一文部科学大臣記者会見録(令和3年4月23日)
[2]尾身会長「学校閉鎖」発言 街の人から“反対”の声

本稿では、昨年3月に行われた全国一斉休校が、子どもを育てながら働く女性たちにどのような悪影響を及ぼしたのか分析した筆者らの研究を紹介する。そこで明らかになったのは、コロナ禍の労働市場に対する悪影響は、特に女性で大きかったという事実である。通常の不況期には、男性の方が大きな悪影響を受けるがコロナ禍では男女逆転しているのだ。

中でも、未就学児や小学生までの子どもを持つ母親の就業は、昨年(2020)4月以来大きく落ち込み、昨年12月の段階でも回復していない。さらに、シングルマザーの完全失業率は増加傾向にあり、こうした家庭については重点的な支援が必要であることも示唆された。

公表情報だけでは明らかにできない女性の状況

分析には、総務省統計局が毎月実施している労働力調査の個票を用いた。公表されている労働力調査の結果は、男女別、年齢別といった観点から集計されているが、そうした公表結果からはわからないことも多い。たとえば、子どもの有無に注目した集計は行われていないし、単純な集計を超えて、高度な統計学的手法を用いた上での解析なども行われていない。

内閣府「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」に参加していた筆者は、公表情報だけでは女性がおかれている状況を正確に把握することはできず、したがって有効な対策も打てなくなることを懸念していた。そこで、研究会事務局を通じて総務省統計局より労働力調査の個票利用承認を受け、池田将人研究員(東京大学)、川口大司教授(東京大学)、深井大洋研究員(内閣府)と共に、独自の集計、解析を行った。

コロナ禍で失われた雇用と労働力

分析は、就業率などの労働市場指標に対する「コロナ禍の効果」を推定するところから始めた。「コロナ禍の効果」とは、コロナ禍のせいで失われてしまった雇用や労働力を指す。たとえば、「コロナ禍がなかった場合の就業率」と「コロナ禍のもとでの就業率」の差を、就業率に対するコロナ禍の効果とみなす。

もちろん、現実にはコロナ禍が存在したわけであるから、「コロナ禍がなかった場合の就業率」は統計学的に推定しなければならない。具体的には、コロナ禍が起こる前5年間の就業率の推移を基に、2020年における「コロナ禍がなかった場合の就業率」を推定した。これは、コロナ禍のせいで失われた人命を推定する「超過死亡率」の考え方に似ている。推定の際には、女性就業率が上昇傾向にあったことや、子どもを持つ女性の就業率が夏期に低下するといった既知のパターンが考慮されている。

有配偶子あり女性(25〜54歳)の就業率
※データ提供=山口慎太郎さん
有配偶子あり男性(25〜54歳)の就業率
※データ提供=山口慎太郎さん

コロナ禍の悪影響は女性に集中した

分析の結果、25~54歳で結婚しており子どものいる女性の就業率が、昨年の4月以降、コロナ禍のために4%ポイントも大幅に下落したまま、12月になってもほとんど回復していないことが明らかになった。一方で、同年齢層で、結婚して子どものいる男性の就業率は、まったくと言っていいほど影響を受けていない。両者について見る限り、コロナ禍の悪影響は女性に集中していたことになる。

子あり女性の就業率が下がった2つの理由

結婚して子どものいる女性の就業率が大きく落ち込んだ理由で、特に重要なものが二つ挙げられる。一つ目は、多くの女性が対人サービス業に従事していたという点である。飲食、宿泊、小売などの産業で働く女性は多いが、これらの産業はコロナ禍により大打撃を受けた。結果、女性労働に対する需要が激減したのである。

二つ目は、女性が子育ての大きな責任を担っているという点である。昨年3月から5月末ごろまで、ほとんどの小中学校は休校していた。それに合わせるように、多くの保育施設も休園しており、未就学児から小学生の子どもを持つ家庭を中心に、休校中に子どもの世話をする必要が生じた。日本では性別役割分業がはっきりしているため、母親が休校中の子どもの世話をしなければならず、仕事を休む、あるいは辞めざるをえなくなったと考えられる。

これらの要因はどれくらい重要なのだろうか。特に後者は、休校を行うべきかどうかを判断する上で欠かせない情報だ。休校のせいで、どの程度、就業率が落ち込んだのかを推定するために、25~54歳で結婚している女性のうち、未就学児から小学生までの子どもを持つ女性と、子どもを持たない女性を比較した。

上で挙げた二つの理由のうちの一つ目、つまり、女性労働に対する需要減少は、子どもの有無にかかわらず影響する。一方、休校は子どものいる女性には影響するものの、子供のいない女性には影響しない。したがって、両者を比較することで休校の影響だけを推定することができるというのが基本的な発想だ。

一斉休校の影響で就業率が3%ポイント低下

もちろん、両者の間で年齢、学歴、居住地、産業、職業、さらには雇用形態が異なる。しかし、これらの要因については統計学的に取り除いてあるため、分析上、支障はない。

子どもを持つ女性と持たない女性の就業率に対するコロナ禍の影響を見てみると、両者とも就業が減っている。しかし、その度合は、子どもを持つ女性のほうがかなり大きい。この差が休校の悪影響であり、就業率を3%ポイントも低下させた。そして、この効果は学校が再開されて半年以上たった昨年12月でも消えていない。

比較で見えた「休校の悪影響」
※データ提供=山口慎太郎さん

失業ではなく「非労働力化」

詳しく統計を見てみると、就業をやめた母親たちは失業ではなく非労働力化したことがわかった。つまり、働いていないが、仕事を探しているわけでもないということだ。なぜ非労働力化が進んだのだろうか。調査の限界もあり、明確な答えは今のところわからないが、ここでは三つの可能性を指摘しておく。

一つ目は、働きたいと思っているが、景気が悪化しているため仕事を見つけられないと思ってあきらめてしまい、仕事を探していないという可能性だ。これは統計上、失業に分類されないが、労働市場の悪化に起因しており、失業に似たものとして理解される。

二つ目は、しばしば感染状況が悪化するため、たとえ働いたとしても、再び休校が行われたら、また仕事を辞めなければならないと考えている可能性だ。どうせすぐに辞めなければならなくなるのなら、あえて働かないと考えるのも無理はない。

三つ目は、コロナ禍で子どもたちもストレスにさらされており、普段以上に手厚いケアが必要と考えているため、仕事に復帰しない可能性だ。

シングルマザーは失業が増えた

このほかにも、筆者らはシングルマザーに注目した分析を行った。やはりシングルマザーについても、コロナ禍のために就業率が大幅に悪化しているが、非労働力化が進んだのではなく、失業が増えていたことがわかった。結婚している女性は、多少なりとも夫の所得を当てにできるかもしれないが、シングルマザーは自身が働くよりほかないためだろう。

学校を閉めることの副作用は大きい

筆者らの分析は、コロナ禍のために女性、特に子どもを持つ女性の就業率が大幅に低下したことを明らかにした。これは、学校を閉めることの副作用が大きいことを意味する。休校してしまうと、何より子どもたち自身の学ぶ機会が失われてしまう。加えて、本稿で述べてきたように、子育て女性の就業が大幅に低下してしまうのだ。しかも、その効果は学校を再開したからといって、ただちに元に戻るようなものではない。

今後の感染拡大状況によっては、休校やむなしという論調も出てくるだろう。そうした判断を完全に排除すべきとは言わないが、政治家は休校を決断する前に、子どもと女性に対して大きな副作用があることをはっきりと認識しなければならない。

極端な性別役割分業の解消を

働く母親たちが再び労働力に戻るには、まだまだ時間がかかりそうだ。政府が最優先すべきは、ワクチン配布を進めてコロナ禍を収束させることだ。そうすれば労働需要も回復するし、子どもに対するケアの必要性も下がる。

そのうえで、長期的には男女共同参画を進め、現状の極端な性別役割分業を解消させるべきだろう。男性が家事を担えるように、男性の育休取得推進や家事・育児のための時短勤務といった働き方改革が不可欠だ。男性の家事・育児参加を進めることが、女性の労働市場進出にもつながってくる。

(注記)分析結果は内閣府「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」の第9、11回で報告されており、資料は同研究会ホームページで公開されている。
研究会ホームページ
・ 第9回での資料
・ 第11回での資料