文部科学省が今年3月末、教師の仕事の魅力を広めようと始めた「#教師のバトン」プロジェクトに、長時間労働の過酷な惨状を訴えるツイートが集まり、働き方改革が進んでいない現状があらわになった。どうしたら学校現場で働き方改革が進められるのか。東京都狛江市立狛江第三小学校の取り組みを紹介する――。
写真=太田美由紀
東京都狛江市立狛江第三小学校校長の荒川元邦さん(右)。左は同校教諭の森村美和子さん

現場の悲鳴が集まった「#教師のバトン」

2019年の公立小学校の教員採用倍率は、全国平均で2.7倍と過去最低になった。「#教師のバトン」は、こうした状況に危機感を持った文部科学省の取り組みだ。ハッシュタグを使ってツイッターなどで教員個人からの発信を呼びかけたことは、文部科学省としても大きなチャレンジだったが、集まった声の大半は、「仕事が終わらない」「残業100時間」「自分の時間が全くない」「休めない」「働き始めたばかりだが辞めたい」などの現場の壮絶な窮状だった。

教員の長時間労働の一因とされてきたのが、長時間の会議、紙ベースの事務処理など。「校務や学級事務、会議で授業の準備が全然できない」といったツイートも散見された。しかし狛江市立狛江第三小学校では、こうした事務や会議、定例行事などを見直すことで、この2年で働き改革を進めている。

大反対された職員会議の廃止

狛江第三小学校の校長、荒川元邦さんは、2018年4月に校長として赴任した当時から、教員の働き方の見直しを大胆に行ってきた。

「まず月1回の職員会議を無くしました。マイクロソフトのOneNoteというソフトを使えば、必要な情報は常に共有できます。会議は必要な時に必要な人だけが集まればいい。毎朝の職員朝会も、読めばわかる連絡事項は省き、必要な補足だけを行うようにするとかなりの時間を短縮できました」

それまで定例の職員会議は月1回、水曜日の14時から16時まで2時間を費やしていた。多くの学校では慣例として同様の頻度、長さで行われていることが多い。

「どこの学校もそうですが、教員はみんなとても真面目です。実は、最初にこの提案をした時、『教員同士の共通理解が図れない』『学校を壊す気ですか』と大反対されました」

それでも、丁寧に理由を説明しながら会議の見直しを進めた。

「もちろん、何でも廃止すればいいというものではありません。子どもたちにとって必要なものは残す。いらないものはなくす。これまで慣例として行われていたことは、『なぜ必要なのか』を問い直す。そうすれば自ずと時間は減らせます」

予定表に描かれた「♡♡♡」

ただ効率を重視し、有無を言わせず変えたわけではない。荒川校長の物腰はやわらかく、誰に対してもフラットだ。校長室のドアは常に空いており、子どもたちも保護者も教員も、気軽に訪れる。校長は誰でも笑顔で迎え入れ、「甘いのがいい? それともブラック?」などとたずねながら、教員に対しても自らコーヒーやお茶を入れる。冗談を言い、意見を言いやすいリラックスした雰囲気を作る。

「大きな行事などの提案も、それぞれ都合の良いタイミングでOneNoteで起案して共有し、前もって意見を交換しておけば、話し合う時間を濃密にできますよね」

こうしてICTツールをうまく使えば、仕事量としては大きく変わらなくても、拘束時間は減らすことができる。「よく『無駄を省いて早く帰るようにね』と声をかけられます。管理職が早く帰るので、職員室全体が『早く帰ろう』という雰囲気になり、残業も減りました」(狛江第三小学校教員)と、現場でもその効果が出てきている。

職員室の予定表には、かつて職員会議のあった水曜日の午後に「♡♡♡」と記入されており、「ハートフルな日」と呼ばれている。大きな行事の前には必要に応じて会議が入るが、半休を取ったり教材研究をしたりと、それぞれが思い思いに過ごす楽しみな時間になった。昨年2020年からは、特に在宅勤務や時差出勤などを積極的に活用するようにした。

職員室の雰囲気が変わった

「以前はみんな、難しい顔をして職員室に集まり、余計な発言をする暇も余裕もありませんでした。職員朝会がなくなったため、授業前の時間を授業の準備などに使えるようにもなったようです。『ハートフルな日』が定着すると、心にも余裕ができたのか、みんなが職員室に自然と集まるようになりました。あちこちでわいわいと立ち話が始まり、雑談が増えています。自由に情報交換をし、お互いに悩みを相談し笑い合うようにもなり、今はとてもいい雰囲気です」(荒川校長)

多くの学校では、教員同士で話すのは最低限の連絡事項や打ち合わせだけ。あとは各自教室にこもり、時間に追われながら作業を進めることも多い。他校から異動してきた教員は、「どうしてこんなにみんな仲がいいんですか」と驚くという。「ハートフルな日、これからもぜひ続けて欲しい」と教員からも大好評だ。

やらされてするのは研究ではない

それ以外にも、「今までやっていたから」というだけの理由で形式的に続けられていたものは、全て見直した。共働きの家庭が増え、平日の昼間に予定を合わせることが難しくなっている家庭訪問は廃止。ただし、緊急時のために児童の家を把握しておく必要があるので、それぞれの家を担任が回って場所だけ確認するようにした。保護者と話す必要がある時は、その都度、個人面談の時間をつくる。

教員同士が授業を見学して教え方を研究する「校内研究」も、多くの学校で行われる定番行事だが、授業を見学した後の協議会は、ほとんど意見が出ない形式的なものも多い。これについても荒川校長が一石を投じた。

「やらされてするのは研究ではありません。あくまで能動的に参加したくなるものでなければ。『協議会では先輩の授業に意見ができない』とか『順番にあてられて仕方なく発言する』のも意味がありません。『活発に意見を言い合えないなら、校内研究も協議会もやめましょう』と言ったら、ようやく雰囲気が変わり、本当に研究授業をしたい人が自ら手を挙げるようになりました。協議会では互いに質問をし合い、抱えている悩みも出し合える場になりました。それぞれの教員が主体的に関わるようになったと思います」

「壊したら」「なくしたら」を恐れて制限をかけない

一つ見直して改善できれば、次の提案にも意欲的に取り組める。環境を整えれば教員一人ひとりが能動的に、前向きに動き出し、その雰囲気がすべて子どもたちに伝わっていくのだという。

「組織がポジティブな方向に動き始めると、ピンチに陥った時でも、先生同士が不安なことを共有し、アイデアを出し合うようになります。例えば今回、(GIGAスクール構想で)1人1台のタブレットが導入されましたが、積極的にアイデアを出し合いながらどんどん新しいことにチャレンジできました」

体育館や校庭に全校で集まって行っていた朝礼も、いち早くオンラインに切り替えて実施
体育館や校庭に全校で集まって行っていた朝礼も、いち早くオンラインに切り替えて実施(写真=狛江市立狛江第三小学校提供)

狛江市教育委員会では、昨年2020年4月下旬には1人1台を実現させる方針を固め、5月下旬に補正予算を組んで6月中旬にはタブレット契約を済ませていた。多くの自治体では、1人1台の配備が2021年に入ってからだったが、2020年9月末には市内全校への配備を完了、10月1日から使用が始まった。

昨年10月1日、狛江第三小学校では、6年生全員にタブレットを持ち帰らせて、タブレットを使う宿題を出した。課題は、「学校に持って来られない宝物の写真を撮ろう」。家で飼っているペットや自分の机の上にある宝物を撮影するなど、初日から楽しんで使っている様子が見受けられたという。配布当初は持ち帰りを禁止する学校も多い中、荒川校長は迷いがなかった。

「『子どもがタブレットをなくしたり壊したりしたらどうしよう』と心配して使用を制限するのではなく、『いつも子どもたちのそばにあるようにすれば大事に扱うはずだ』と先生たちに伝えました。それでも壊れたなら意図的ではないはずです。最初は心配する先生もいましたが、子どもたちはとても大切に使っています」

教科書かタブレットか、選ぶのは子どもたち

タブレットの配布から半年経ったいま、子どもたちの机の上には常にタブレットが置かれている。調べものをする授業では、教科書や資料集を使う子もいれば、タブレットを使う子もいる。何を使うかを先生が指示するのではなく、選択は子どもたちに任されており、自分で好きな方法を選べる。

教科書とタブレットを組み合わせて使いこなしながらグループで学びを進める
教科書とタブレットを組み合わせて使いこなしながらグループで学びを進める(写真=狛江市立狛江第三小学校提供)

当初は、タブレットの使用に慣れていない先生が、子どもたちに使い方を教えてもらう姿も見られたという。

「先生と子どもたちの関係も双方向になり、先生たちからもタブレットやオンライン利用の新しいアイデアがどんどん出るようになりました。アメリカ大使館の外交官とオンラインでつなぎ、翻訳機能を使って英語でやりとりもしました。コロナ禍のため授業参観ができない時には、子どもたちがクラスの様子を撮影して紹介動画を作り、タブレットを持ち帰って保護者に見せたこともあります。可能性はどんどん広がると思います」(荒川校長)

子どもたちにしてほしいことは、まず大人が実践する

小学校で昨年度から施行されている新しい学習指導要領には、次のような思いが込められている。

アメリカ大使館の外交官をゲストティーチャーに迎え、オンラインで交流する子どもたち
アメリカ大使館の外交官をゲストティーチャーに迎え、オンラインで交流する子どもたち(写真=狛江市立狛江第三小学校提供)

「これからの社会が、どんなに変化して予測困難な時代になっても、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、それぞれに思い描く幸せを実現してほしい。そして明るい未来を、共に創っていきたい」(文部科学省ホームページより)

大人に求められることも同じだ。決して前例にしがみつくことではない。

「新しい学習指導要領が重きを置いている『主体的・対話的で深い学び』を、私たち大人が実践できなければ、子どもたちにできるはずがありません。狛江第三小学校の学校経営の方針は“子どもファースト”と“働きやすい職場環境”です。子どもがまず一番。そして、子どもたちが楽しくて行きたいと思える学校やクラスにするには、先生たちが働きやすくて楽しいと思えるようにしようと。子どもたちに『こうしようね』と言っていることは、全部自分たちに返ってきます」(荒川校長)