3分の1の学生が生理用品購入に「金銭的支援が必要」
フランス政府は昨年2020年末、ホームレス女性や刑務所にいる女性を対象に、生理用品を無償とすることを発表。さらに今年2月末には、全国の学生にも無償で配布すると発表した。全国レベルでのこうした取り組みは、2018年に小学校から大学までを対象に無償化したスコットランドに次いでのことだ。ちなみにスコットランドでは2020年11月、年間2700万ユーロ(日本円で約34億円)の予算で、全ての女性に生理用品を無償で提供することが議会で可決された。
日本同様、フランスでも、コロナ禍で学生の貧困が深刻化している。遠隔授業に対応するためのパソコン周辺機器の出費が増えた上に、アルバイト収入が激減したからだ。OVE(フランス国立学生生活監査局)の調べでは、コロナ禍以前、40%の学生がアルバイトをして生活費に充てていたが、2020年3月のロックダウン以降、学生1人当たりの収入は月平均で274ユーロ減っている。
こうした状況下では、ただでさえ口にしにくい「生理の貧困」(困窮し、生理用品を買うお金がなくなること)は、ますます深刻になっているのではないだろうか。日本で生理に関する啓発運動をしている若者グループ「#みんなの生理」が日本の高校生以上の女子を対象に行った調査によると、約2割が生理用品を買うのに苦労しており、そのために生理で学校を休むなど生活に支障が出たという人も5割いた。
私が暮らすフランスで、今年2月に発表された調査結果(ポワチエ市学生団体と全国助産婦学生団体調べ)によると、学生の3分の1が、生理用品の購入に金銭的サポートが必要だとしている。2月23日、フレデリック・ヴィダル高等教育・研究・イノヴェーション大臣は「生理の貧困は国民全員の尊厳、連帯、健康にかかわる問題。2021年に、『食事を抜くか生理用品を買うか』の選択を迫られる女性がいることを、私たちの社会は受け入れられません」とし、今後、学生を対象に無償化することを発表した。
次の週から大学寮、大学の健康課では生理用品の無償配布機の設置が進められた。9月までには全国全ての大学に1500台設置される予定だ。大臣は「環境に優しい製品」とbio製品(日本で言うオーガニック製品)であることも強調した。
2016年に始まった生理用品の税率軽減
ここに至るまでには、各地で地方自治体や学生たちによって、生理の貧困撲滅キャンペーンや、生理用品の無償配布会が進められてきたことを強調したい。国の発表は、こうした下からの突き上げが功を奏したものだと考えられる。
発端となったのは2015年、Règles Élémentaires(基本的な生理)という生理の貧困に関するキャンペーンを行う市民団体が、新品の生理用品を集めてホームレスや貧困層への配布を始めたことだ。同時に、北米で起きた運動にならい、Georgette Sandというフェミニスト団体が、生理用品にかかる消費税(通称タンポン税)の軽減を求める署名運動やデモを始めた。その結果、2016年には生理用品の消費税が20%から5.5%に下げられたが、タンポン1箱につきごく少額安くなったのみで消費者の生活にはほとんど影響がなかった。
2017年からは、学生健康保険が、生理用品購入費用の一部として月額20ユーロから30ユーロ(2560円から3870円)を加入している学生に返還するようになった。しかし、女性1人当たり、生理用品に加えて生理用パンツ、貧血予防のための鉄分や生理痛薬など年間平均600ユーロ(約7万7200円)を出費していることを考えると、微々たるものでしかない。
生理の貧困は学業にも影響
2019年3月、IFOP(フランス世論調査)が「170万人の女性が生理の貧困に悩んでいる」と発表した。10%の女性が「経済的な理由で生理用品を使用できないことがある」、また低所得者の39%が「十分に生理用品がない」と答えている。彼女たちの多くは、キッチンペーパーやトイレットペーパーを厚く重ねたり、端切れでタンポンを作ったりしていると明かした。
また、12%の女性が、「生理用品がないために学校に行けなかったことがあった」と回答。必要な生理用品を買えないことで自信を失い、精神的に不安定になったり、安価で品質の悪い生理用品を使用した結果、炎症を起こして医者にかかったりする学生も珍しくないことが明るみに出た。
「生理の貧困は学業や健康に影響を与え、長期的には国民の平等を脅かす」という認識が広がり、生理用品の無償化へ向けた無償配布イベントの試行が、各地方大学のイニシアチブで始まった。
男子学生の発案で行われた無償配布イベント
2019年9月、ブルターニュ地方のレンヌ第2大学で5日間、生理用品が無償で配布された。学生委員会の投票を経て、学生の共済金4万2000ユーロを使って行われたものだ。提案したのは副会長の男子学生ファビアン・カイエ氏だ。「私たちの大学では、42%の学生が奨学生。経済的に困っている人たちは多い。通学にかかる交通費、食料、生理用品の中でどれかを選択しなければならないようなことはあってはならない」と語る。
レンヌ第2大学では、bioコットン製のナプキンまたはタンポン18個が入ったキット9000セットが無償で配布され、約4000人の女子学生が列を作った。また、学生にとっては高価な、洗える再利用可能なナプキン(通常日本円約1940円から2580円)や月経カップ(約2580円)1300個も配布された。学生たちは、「普段は、倹約のために安い生理用品を使っているけれど、今回はちょっと高価なbio製品を試す良い機会」とうれしそうだっだ。さらにこのイベントを機に、レンヌ市と大学が共同出資し、30台のbio生理用品配布機も設置した。
この時点では、全国の大学のうちの8.5%が無償配布を試行していただけだったが、こうしたイベントは、学生同士が生理の貧困や生理に関する自分の経験をオープンに話す機会にもなった。
苦しむ女性ほど助けを求められない
フランスでは、高校生までは親が経済的に支援するが、大学に入ると「もう大人」という意識になるので、「経済的に苦しくても親に頼りたくない」という学生も多い。また、困窮している女性に限って、自分からは生理用品の無償配布イベントに来場しないという実態も明らかになった。彼女たちの多くは、ネット環境が悪い地域に住んでいて情報を逃しがちなうえ、「貧困プラス生理」という精神的に落ち込む状況が重なって、わざわざ人目がある場所に助けを求めに行くのを避ける傾向があるからだ。
日本でも一部の自治体では、防災備蓄の生理用品などを無償で配布しているが、東京都豊島区の場合は受け取り時の本人確認が不要で、口頭で求めなくても済むように、窓口に置いてあるカードを指し示すだけでよいという細かい配慮をしている。フランスでも、本当に困っている人の手に届けるためには、人目を気にせず取りに行ける環境をつくることが重要だろう。
「こんなに困っていたなんて知らなかった」
2020年の初めには、パリ市とその近郊イル・ド・フランス県の31中高学校でも、無償配布機が設置され始めた。モー市のシャルル・ボードレール高校の校長クリストフ・ブテ氏は、フランスの日刊紙Libération(リベラシオン)紙のインタビューに答え、「当初は懐疑的で『こんなもの何の役に立つのか?』と思っていたが、300点あった生理用品はあっという間になくなり、必要性を実感した」と言う。また、保健室の看護師も、「私はこれまで、急に生理になったと駆け込んできた生徒たちに試供品の生理用品を配ってきたのですが、やっぱり『ください』と言えなかった生徒もいたんですね。こんなに生徒たちが困っていたなんて知らなかった」と話している。
今年2021年2月には、フランスで初めて、イル・ド・フランス県地方議会が、全ての中学・高校465校と大学で、生理用品を無償配布することを決めた。そして2月末、国も全国の大学に生理用品の無償配布機を据え付けることを発表した。
変わってきた若者たちの意識
全国で設置される生理用品の無償配布機の発案者で、生理用品メーカーMarguerite & Cieの創立者ガエル・ル・ノアンヌ氏(44歳)は言う。「これまで催してきた無償配布会は、若者たちと生理について話し合う良い機会だった。私が若かった頃に比べて、彼女たちはコンプレックスなしに自分の身体について話すことができるようになっており、生理の話を恥じるべきことだともタブーだとも考えていない」と話している。
同社にコンタクトしてくるのは多くの場合、学生たちで、「私の学校に無償配布機を設置するのにどれくらいの予算が必要ですか? 学校に掛け合いたい」と言ってくるそうだ。Marguerite & Cieのホームページには、学校の所在地、生徒数などを記入すると自動で見積もりが計算できるツールが用意されている。ちなみに配布機1つにつき300個の生理用品が入っており、年間120ユーロで配布機を貸し出し、詰め替えは1回122ユーロだ。
「無償化は当然」背景にある性教育の歴史
学生たちが積極的に動き、ついに政府を動かした生理用品無償化の背景には、1990年代に始まった性教育の影響もありそうだ。
1995年、欧州一のエイズ感染国だったフランスでは、1996年に中学校以上の性教育を義務化した。感染抑止策の一つとして、生徒が自由に持ち帰れるように、保健室の入り口にコンドームを置いたり、コンドームの配布機を設置したりもしている。
2000年からは、「早期妊娠は学業の妨げとなり、ひいては社会の男女平等に影響する」として、中学校・高等学校の保健室でアフターピル(緊急避妊ピル)を提供。それでも、顔見知りの看護師に話したくないという生徒もいるため、2016年からは薬局で年齢証明さえすればアフターピルを無償でもらえるようになった。
2003年には「性について話すことへの羞恥心や罪悪感が植え付けられる前に性教育を始めるべき」という政府の方針で、固定的な男女の役割に疑問を持たせたり、自分の身体をプライベートで大切なものと認識させたりする早期性教育が幼稚園で始まった。
こうして性教育がすべての子どもたちに行われてきたために、男性も、女性の生理についての理解があるようだ。前述のレンヌ第2大学での生理用品無償配布イベントは男子学生の発案だったし、イベントのために学生共済金4万2000ユーロを使用しても男子学生からは「不公平だ」という反対の声は上がらない。
大統領も「黙って見ていることはできない」
国民の税金を使って、ホームレスの女性や全国の大学に生理用品を無償配布することについても、反論はほとんど聞こえてこない。
マクロン大統領は昨年2020年末、オンラインメディアBrut.上で「ホームレスの男性たちは路上の暮らしで、疲労極まり、病気になりがちで、屈辱的な生活を強いられている。しかしホームレスの女性たちは、それに加えてですよ……はっきり言いましょう。生理の貧困、つまりプライバシーがない路上生活でも生理になり、手当てをすることができず、さらに人間として尊厳を奪われている」と、ホームレス女性への生理用品の援助を徹底する姿勢を明らかにした。
大統領はさらに今年2月、「私たちの社会は、これまで可視化されてこなかった学生の生理の貧困を、もう黙って見ていることができない」とツイッターに投稿した。「化粧品を買うお金はあるのになぜ生理用品は買えないのか?」「生理用品を買うことができないなら、まず携帯代を節約しろ」といった言いがかりに至っては、もはや声高に言うこと自体がはばかられる社会になっている。
25年にわたる学校性教育の積み重ねは、生理用品の無償化を男女ともに「当然のこと」「人間の尊厳にかかわる問題」として受け入れる社会を作ることにつながったのではないかと、フランスの性教育を長年観察してきた筆者は感じている。