森 慧太郎くん/青山学院大学地球社会共生学部3年生。
齊藤 龍星くん/早稲田大学政治経済学部2年生。
安田 愛麻さん/慶應義塾大学総合政策学部2年生。
鈴木 星良さん(仮名)/桜美林大学ビジネスマネジメント学群2年生。
坂本 あかりさん(仮名)/上智大学総合グローバル学部1年生。
軽込 敦也くん/早稲田大学社会学部2年生。
工藤 慶人くん/一橋大学経済学部2年生。
末石 エレンさん(仮名)/立教大学文学部3年生。
山田 花子さん(仮名)/慶應義塾大学総合政策学部2年生。
矢追 耕太郎くん/早稲田大学政治経済学部2年生。
青野 弘基くん/専修大学経営学部経営学科1年生。
何を言いたいのかよくわからないCM
【原田】今回は、報道ステーションの若者向けCMが炎上した問題について、皆の意見を聞きたいんだ。まず、最初に見たときの印象はどうだった?
【森くん】最初に見たときは、何を言いたいのかよくわかりませんでした。
【工藤くん】僕も最初は何が言いたいのかわかりませんでしたね。何回か見直してみてようやく意図が何となくわかりました。今の若い人はあまりニュースを見なくて社会のことにも関心がないから、そこを利用して「報道ステーションを見れば社会に詳しくなれる」って言いたいんだろうなと。
【原田】なるほど。 若者のテレビ離れが叫ばれて久しくなり、ようやくテレビ局も若者を取り込もうと必死になり始めた。特に若い女性は報道番組を見ていない率が他の層に比べると圧倒的に高い。かつ、マーケティング戦略上、若い女性に見てもらうことを好む、若い女性向けの商材を持っている広告主も多いし、SNSを最も利用しているのは若い女性なので、影響力、拡散力という観点でも彼女たちに見てもらうことは大きい。 だから、若い女性をターゲットにした広告を作る、という制作意図自体はよく分かるけど、ジェンダー論以前に、若者としては広告として何が言いたいのか分かりにくかった、ということなんだね。
このCMが最もたたかれてしまった点として、若い女性が「どっかの政治家が『ジェンダー平等』とかってスローガン的に掲げてる時点で時代遅れって感じ」などと話している部分がジェンダー論の観点から問題視されているんだけど、このことについては、皆はどう思った?
炎上している理由がわからない
【森くん】性差別みたいなものは正直あまり感じ取れなかったです。単純に若者の普段のリアルな会話を取り上げたのかなっていう印象でしたね。ただ、最後に「こいつ報ステみてるな」ってテロップが出るんですが、「こいつ」にはちょっと引っかかりましたね。上から目線を感じました。
【工藤くん】友達との会話で、主人公の女の子が社会で起きていることに目を向けている感じのセリフがあって、その話を聞いている相手が「こいつやるな」っていうノリですよね。僕は「こいつ」には「ああ、友達との会話なんだな」って思っただけで、違和感も嫌悪感もなかったな。炎上している理由もわからなかったです。
【原田】こんな感じの会話を若者たちは普通にしてる、ってことなのかな。ただ、「こいつ」というのは多分彼女のお友達のコメントなんだろうけど、それが分かりにくく、番組側が若者を「こいつ」と言っているように感じる若者もいた。一方で、友達の意見だと読み取った若者は違和感を持たなかった、ってことなんだね。まあ、前述したように、ジェンダー論以前に、そもそも友達のコメントという構造自体が分かりにくいって部分はあるのかもしれないね。
若者同士の会話としては違和感がない
【鈴木さん】私も、CMを見て違和感を覚えた部分はまったくなくて、「炎上するほどの問題なのかな」って思いました。私自身、友達との会話に社会問題系のワードが出てきても、あのCMぐらいの軽いノリでしか話したことがないし。実際の友達との会話と同じ温度感だったので、ごく普通の、最近の若者を描いただけなのかなっていう印象です。ただ、広告としては何が言いたいのかわかりにくいですよね。
【坂本さん】私も同じで、最初に見たときは何が炎上しているのか全然わからなくて。批判している人からは「赤ちゃんを産むことが女性の幸せだと押しつけている」「若い女性が無知に描かれている」などの意見があったみたいですが、そう読み取る人もいるんだ! と驚いたくらいです。「ジェンダー平等を掲げるのが時代遅れ」というセリフも、私も登場人物の彼女と同じように思う時があります。まだ社会に出ていなくて差別されたこともないから、男女平等なんて当たり前っていう感覚。炎上する理由がわかりませんでした。
【鈴木さん】 上司のお子さんだったり、可愛らしい赤ちゃんをみたらCMと同じような反応をするのは当たり前だと思います。 どうしてこのCMの内容で『赤ちゃんを産むことが女性の幸せだと押しつけている』という風に感じてしまうのかわからなかったですし、そういった意見は過激だなと思いました。 ジェンダー問題に対して自分の意見があるからこそ敏感に感じとる人もいるんだなと思いました。
【原田】登場した女性のノリに関しては、若者のリアルを描かれていた、って意見も多いんだね。
また、産休明けでオフィスに子どもを連れて来た先輩について話すシーンは、むしろ出産を機に仕事を離れざるを得ない女性がこの国では未だに多いと言われている中、産休明けに子どもをオフィスに連れて行って良い会社って結構先進的な会社だと言えなくもないし、少なくとも主人公の彼女はそれを好意的に捉えているわけだから、企業選びで「雰囲気」を重視する傾向が強くなっているZ世代の若者たちにとっては、むしろ優しい雰囲気の会社だって思えるのかもしれないね。
ジェンダー平等を掲げるのが時代遅れっていうのも、男女格差の大きさを国別に比較した「ジェンダーギャップ指数2021」でも日本は世界156カ国中120位だったし、森会長の発言やオリンピッグや医学部入試の問題などを見ても明確ではあると思うのだけど、ジェンダー平等が当たり前に叫ばれる世の中で育ってきた今のZ世代たちにとっては、スローガンとしてあまりに前面に掲げられるのは、今更感を感じちゃう面もあるのかもしれないね。
社会に出たり、結婚したりするとまた違う意見になっていく可能性も高いような気もするけど、今回集まってくれたみんなはまだ学生だし、日常の生活ではジェンダーを意識する機会がまだ少ない面もあるのかもしれないね。あくまでも中高年に比べると、少なくともZ世代の同世代間の関係性においては、男女平等が大分実現されつつあるという背景も関係していそうだね。
なぜ、わざわざジェンダー問題を扱ったのか
【工藤くん】炎上したのは、「報道ステーションを見れば社会に詳しくなれる」ってことが伝えたいだけなのに、そこにジェンダー問題を入れちゃったからじゃないですか? この問題に関心が高い人は、知識があるからこそ反応するんだろうなって理解はできました。
【齊藤くん】さっき大学の友達と、このCMをどう思うか話をしたんですが、皆「何で炎上しているのかわからない」と言っていました。Twitterや記事を見た後は、女性差別だって批判する人の意見もわかった気はしましたけど……。それでも、ジェンダーに興味を持っている人たちの一部が過剰に反応しているのかなという印象です。
【安田さん】若者向けのCMに、わざわざジェンダー問題を持ってくるというひとひねりを入れたことで、問題意識の強い人にたたかれたのかなと。そこの感覚のズレが炎上の原因だと思うんですが、私にはそこまで問題だとは思えませんでした。
「若者=頭が悪い」という描き方のほうが問題
【軽込くん】僕は引っかかった点が一つありました。このCM、若者が見ても視聴につながらないんじゃないかと思って。と言うのも、ここで表現されているのは「ニュースで見聞きしたことをひけらかす頭の悪い若者」ですよね。作り手のメッセージとしては、報道ステーションを見ることでそうした無知な状態から脱却しようってことだろうと思うんですが、こう表現されたら見たい気持ちにはならない。だから、「若者=頭が悪い」という描き方が炎上するならわかるんです。でも実際は、ひけらかしたトピックの一つに過ぎないジェンダー問題が炎上している。炎上すべきポイントが違うというか、ちょっと飛躍している気がします。
【山田さん】軽込くんの話、共感するところが多いです。確かに、友達と社会問題を話す時は「あの政治家の発言ちょっと古いよね」みたいなフランクな形で始まるので、このCMにもリアルなところはあります。だからってそれで報道ステーションを見たくはならないので、そこは広告としてはどうかと思います。それでジェンダーに関するセリフのほうが炎上しているのは、揚げ足を取っているような感じがします。CMのメッセージからすれば、話題はジェンダー問題じゃなくて環境問題でもよかったはずなので。
ジェンダー問題を議論しやすい社会をつくるのが大人の役割
【矢追くん】僕も、おバカな女性を出演させて意見を言わせるっていう演出に、かなり違和感を覚えました。さらに、広告で扱うにはリスクが高いジェンダー問題をあえて入れている。作った人たちは、今このテーマを扱えば、どんな形であれ批判されるリスクが高いってわかっていたと思うんですよ。それでもあえて流したわけだから、炎上商法だったのではないかと思ったくらいです。
【原田】CMのジェンダー問題に関するコメントの部分には、あまり違和感を持っていない人も多いものの、「ジェンダー論を扱うこと自体が炎上につながりやすい」というのをZ世代の若者たちは感じているんだね。だとすると、遅れている日本のジェンダー問題をこれから解決していかないといけないZ世代が、怖くて議論できない、触ることができない、と感じているということだから、これはこれで大問題。議論が行われにくく、日本のジェンダー意識が進化していきにくくなってしまうかもしれない。若者に過激と思われず、もっと冷静に意味のある議論ができる社会を、我々中高年はつくっていく義務がありますね。
ジェンダー問題は解決しているという誤解を生む危険性
【青野くん】炎上したポイントは、「どっかの政治家が『ジェンダー平等』とかってスローガン的に掲げてる時点で、何それ、時代遅れって感じ」っていうセリフですよね。僕は気にはならなかったけど、言われてみればジェンダー問題を解決しようと取り組んでいる人たちを笑っているように見える。あと、ジェンダー問題はもう解決されているという間違った認識を植えつけてしまう可能性もあるから、よく考えると、少し分かった気もします。
【原田】普段はジェンダー問題を意識してないけど、今回の件でそれに目を向けるZ世代も増えた、という良い面はあったのかもしれないね。ジェンダー問題に普段から関心が高い末石さんや山田さんはどう思っているのかな?
世代を超えて議論する必要のある問題
【末石さん】私は大学に入る前からジェンダー問題に興味があって、今もそうした授業を取ったり講演会に参加したりしています。私自身はあのCMに差別表現は感じませんでしたが、「ジェンダー平等を掲げるなんて時代遅れ」って言っちゃうのはよくないと思いました。日本はまだ全然進んでいないんだから、そこは批判しなきゃいけないと思う。広告は色々な層の人が見る媒体だし、作り手はもっと気をつけるべきですよね。ただ、「赤ちゃんを産むことが女性の幸せだと押しつけている」など、たたいている人たちの意見については、ちょっと過激で飛躍しすぎている気はしました。
【山田さん】私の周りにはジェンダー論に関心の高い子が多いですが、このCMはほとんど問題になっていません。ターゲットの私たちより、上の世代の方たちが過剰に反応している印象はあります。若者の無知なところをバカにしないであげてとか、若者向けの発言にはもっと気をつけるべきだとか、私たちのために言ってくださっている部分もあると思うんですが、それがちょっと過剰だったり、「君たちを理解しているよ」っていう姿勢を押し出し過ぎているように見える時があって。今回のように炎上してしまうと、ちょっと頑張り過ぎているのかなって感じます。
【原田】今回の皆とのディスカッションをまとめると、Z世代はジェンダー意識の高まりの中で育ってきているので、おそらく、そうした意識は上の世代よりそもそも持っている。でも一方で、今回の炎上や過剰と思える解釈の部分には違和感を覚える子も多い。
「若者=無知」という描き方や広告の意図がわかりにくいという点には疑問を持つ人がいるものの、「ジェンダー平等を掲げることが時代遅れ」というワードが独り歩きしているように感じる若者も多く、それは過剰反応な面もあるのではないか、という指摘が多くありました。
世界的に見て日本のジェンダー意識はこんなに遅れているのだから、もっと声高に言わないといけない、と思う上の世代は多いのだと思いますが、ジェンダー意識は育った時代背景によっても、感じ方に大きな差があるので、世代を超えて有意義で冷静な議論がしていける社会になることをZ世代の若者たちは求めているのかもしれないですね。