仮想通貨への関心から金融業界へ
清水さんがマイクロファイナンスに携わるようになったきっかけは、今から6、7年ほど前、紙幣や硬貨がなくインターネット上だけでやりとりするお金、暗号資産(仮想通貨)に興味を持ったこと。お金持ちのマネーゲームのイメージが強い暗号資産ですが、清水さんは別の側面を知ったそうです。
「途上国出身の人が他国で働き、母国に仕送りしようとしても、金融機関の海外送金手数料や決済手数料ってすごく高いんです。仮想通貨は、それを安く抑える目的で作られた部分もあるんだということを大学時代に知りました」
そこから興味が広がって金融インフラに関心を持つようになり、就職先も国際的な業務ができる金融機関を選びました。
「希望が叶って、外国機関などの対応を行う部署に配属されました。その一方で、『自分がやっていることは、現地に住む一般の人たちの生活を良くすることにつながっているのかな?』と疑問に思うこともあったんです。それで、もう少し地に足の着いた活動に携わってみたいと、マイクロファイナンスについて調べ始めました。そこで、途上国のマイクロファイナンス機関を支援しているNPOのLiving in Peace(LIP)に行き着きました」
マイクロファイナンスとは、一般的な金融機関からお金を借りることができないような貧しい人たちのための金融サービスです。例えば、金融インフラが脆弱な国で不安定な生活、貧しい生活を強いられている人たちは、何かを作って売るなどの小さなビジネスをしようにも資金がなく、担保もないので銀行からお金を借りることもできません。また、子どもの教育のためにお金を貯めようと考えても、口座が開けず貯金することもできません。
マイクロファイナンスは、こうした人に向けて担保なしで少額の資金を貸し付けたり、預金や送金、保険などのサービスを提供したりすることで、経済的な自立を促します。
LIPはこれまで、カンボジア、ベトナム、ミャンマー、スリランカのマイクロファイナンスを行う団体を支援しています。清水さんは2020年1月から、LIPにプロボノとして参加。アフリカの難民向けにマイクロファイナンスを行っている機関の支援活動を行っており、定期的なオンラインミーティングに参加するなどしています。
「会議は必ず予定通りに終える」時間をムダにしない工夫
LIPでは、清水さんが携わっている途上国のマイクロファイナンス支援のほか、国内の児童養護施設で暮らす子どもの支援、日本に住む難民の自立支援なども行っています。NPOとしては珍しく、LIPにはフルタイムのスタッフがいません。126人のメンバー全員が清水さんのようなプロボノで、本業を持つビジネスパーソンとして社会貢献活動を行っているのも大きな特徴。では皆さん、どのようにして本業との両立を可能にしているのでしょう?
「ミーティングのやりかたひとつ取っても工夫されています。まずは、1時間なら1時間と時間を決める。そして、そこでぴったり終わることが多いですね。事前に『このミーティングのアジェンダはこれとこれで、これは何分、これには何分かけましょう』と時間配分も定めます。さらに、ミーティングでは結論を出すのか、アイデア出しだけにするのかといった、ゴールまで決めるんです。きっちりタイムキープしてくださる方もいて、いい意味でカルチャーショックを受けました」
仕事と違い、プロボノの活動は給料が発生しませんし、残業の概念もありません。全員が、何らかの強い「思い」を持って参加しているので、時には議論が白熱することもあるでしょう。しかし、それぞれが忙しい本業の合間を縫って参加しているわけです。そのため、時間を大切にし、効率性を重視したさまざまな工夫が行われているようです。
上下関係ナシ、根回しナシの文化
本業では一からプロジェクトを立ち上げる機会がなく、スピード感を持ってゼロからプロジェクトを形にしていくLIPの活動に刺激を受けたと清水さん。組織としての風土も本業の金融機関とは大きく異なり、自身の思考も少しずつ変化していったといいます。
「LIPには上下関係がなくて、その時々によってリーダー的な役割をする人はいますが、決まった人が差配することはありません。『こんなことをやってみたい』と思ったら誰でも提案できますし、『根回しをしない』文化もあります。すべてのやり取りは、全員にあてたメールとビジネスチャットツールのSlack(スラック)で公開されているので、プロジェクトの立ち上げから完了まで、誰でも見ることができるし、参加もできるんです」
広島の集中豪雨から「気候変動」に関心
本業で携わる「金融」が、一般の人びと、特に貧しい人たちの生活にどうつながっているのか。LIPでそこに触れたことは、意識の変化につながりました。
「例えば、本業で『気候変動』というワードを耳にする機会が増えたのですが、今までだったら『国がこう言っていた』『みんなもそう言ってるよね』で終わっていたと思うんです。でも今は、『気候変動で海面が上昇した場合、海の近くに住む人びとの生活にはどんな影響が出るんだろう』『そこで、どういう行動を起こせばいいんだろう』といったところまで考えるようになりました」
気候変動によって自然災害が増えたり、海面の上昇で塩害が起きて農作物に被害が出たりすると、貧困を拡大させたり深刻化させたりすることにもつながります。「気候変動のような世界的な問題に対する“解像度”が上がりました」
「気候変動」というワードを意識するようになったきっかけは、本業の転勤で広島に住んでいた時に経験した、2018年の「平成30年七月豪雨」にありました。西日本を中心に広い範囲で発生した集中豪雨は、山間部の土砂を押し流し、多くの方が避難を余儀なくされ、流通の要である数多の道路が寸断されました。
「地域によってはコンビニの棚が1カ月近く空の状態だったのを覚えています。それは、人が押し寄せて買い占めが起きたからではなく、土砂崩れで物流がストップしてしまったからなんですね。建物が浸水して起きるワンタイムの経済ロスはもちろんですが、道路が元に戻るまでの数カ月間、道路が寸断されて物流が滞ったことの地元経済への影響が、とてつもなく大きかった」
インドネシアの農家も支援
気候変動による自然災害が、人びとの生活に大きな影響を与えてしまう。それを目の当たりにした経験から、清水さんはLIPで、マイクロファイナンスに加えてもう一つの活動にも参加し始めました。インドネシアのバリ島に拠点を置くsu-re.co(シュアコ)という団体と協力し、気候変動の影響を受けやすい農家の収入を安定・向上させ、持続するための仕組みづくりです。
従来の稲作よりも気候変動に強い、コーヒー豆やカカオ豆への転作支援や、電気やガスを利用できない農家に、家畜の排せつ物などから清潔なガスを作り出すバイオガスキットを提供する活動など、その支援は多岐に渡ります。清水さんたちは昨年2020年にクラウドファンディングを行い、出資者へのリターンとしてコーヒー豆やチョコレート、石鹸やアロマキャンドルといった商品を用意しました。
2007年にLIPが設立されてから、10年以上が経っています。マイクロファイナンスの支援に参加するメンバーから「お金の支援以外に、知識や技術を教える支援があってもいいんじゃないか」という声が挙がり、清水さんが携わっているsu-re.coの活動が始まりました。
「いま、地球規模で気候変動が起きていて、途上国の農家はダイレクトにその影響を受けています。ゆくゆくは、ここの製品を日本で売りたいと思っています。売り上げの一部が農家さんに還元され、かつ気候変動に関心を持つ方がひとりでも増えたら……それが現在の活動のモチベーションになっています」
早朝に勉強、昼休みはジム通い
本業とLIPの活動に加えて、趣味はボクシングにポールダンス、筋トレと常に体を動かしていると聞き、どうやってその時間を捻出しているのか気になりました。
「もともと退社後にジム通いをしていたのですが、ある時、『お昼にジムに行けばいいのでは』と気が付いたんです。LIPのミーティングは平日夜に行われることもありますから。お昼休みは1時間なので、そのうち30分はジムに行って、残りの時間でお昼を食べています。食べているものですか? コンビニでチョコレートとか適当です(笑)。雑な食生活なんですけど、時間を有効に使いたいので」
学びは、朝の時間を当てているそうです。午前5時に起きて2時間ほど金融、英語やフランス語などを勉強。LIPに参加するようになり、こうした学びへのモチベーションは一段と高まったそう。
「LIPで、ほかのみなさんが本業で磨いたさまざまなスキルや経験を役立てていらっしゃる姿を見て、少し焦りもありました。本業が全く役に立たないわけではないのですが、やはり法律のことなら私より弁護士の方が詳しいし、アイデアを分かりやすく図にまとめるのはコンサルの方が上手かったりするんです。自分の役割をどうすればいいんだろう、って」
将来は大学院留学も
小さなきっかけから自分の興味を洗い出し、進むべき道を手繰り寄せてきた清水さん。ゆくゆくは金融と国際関係について学ぶため、海外の大学院への進学を考えています。LIPには海外に住みながら参加しているメンバーもいますし、活動も続けられそうです。実はsu-re.coの代表を務めているのもLIPのOBだそう。
「新たなネットワークもできましたし、途上国との繋がりも出来たので、そこには引き続き携わってゆきたいですね。ゆくゆくは途上国の金融インフラに関われたらと思っています。それが叶ったら、それが一番私にとって嬉しいこと。そのため、今から会社や周りの方に自分が進みたい先の話をして、自分にそういうキャラ付けをしている最中です」