「地方に住む女性の起業やキャリアをサポートしたい」。そんな思いを抱きながら、福岡県北九州市で、女性起業家向けのセミナーや研修などを行うVIコンサルティングの社長を務める郷田郁子さん。仕事の指針になっている先輩の言葉や今後の展望について聞きました――。

スタッフはデンマークからリモートワーク

新型コロナウイルスの影響で、世界中が未曾有の事態に巻き込まれた2020年。多くの企業が危機に直面しましたが、郷田さんが経営するVIコンサルティングは、行政からの受注が大半のため、業績にさほど大きな影響はなかったと言います。

郷田郁子さん
郷田郁子さん 写真=本人提供

VIコンサルティングは、女性のキャリア支援を行う会社ということもあり、スタッフの働き方も柔軟です。

「スタッフの一人は、個人で鍼灸師をやっている人です。私が主催する起業塾に来てくれたのですが、『事務の仕事に興味がある』というので手伝ってもらうことになりました。お子さんがいるので、勤務時間は10時から14時や15時までのパートタイムです」

また別のスタッフは、最近までデンマークでリモートワークをしていました。「もともと、バレエ教室の講師をしている方で、空いた時間で働いてもらっていました。とても優秀な方なのですが、ある時、デンマークに留学することになったんです。私たちは、彼女が抜けると困ってしまう。彼女は収入が欲しい。利害が一致して、1年間デンマークでリモートワークをしてもらっていました」

約8時間という時差が、うまく働きました。日中に仕事の進捗をチャットで送っておけば、日本が夜の間、デンマークのスタッフが現地の昼間に作業し、日本が朝になると成果物が届く――。2020年は日本各地でリモートワークが進みましたが、VIコンサルティングの柔軟な勤務体系はさらに半歩進んでいたようです。

かつて手掛けていた補助金申請支援事業

今は、女性のキャリア支援事業をメインで手掛けているVIコンサルティングですが、ほんの数年前までは、もう1本の柱がありました。補助金の申請支援です。

「例えば、中小企業が技術開発のための大型の機械など、事業のための投資が必要になったとき、申請すれば国や自治体が補助金を出してくれることがあるんです。夫が起業・経営している福祉・医療ソフトウエアの会社もよく申請するんですが、その申請書類が事業計画書のような形式で、書くのが結構大変。夫の会社では書く余裕のある社員がいなかったので、入社前から私が書いていたんです」

何度か申請を行ううち、郷田さんに補助金申請のノウハウが蓄積されていきました。その時、はたと思いついたのが、「ほかの会社でも、この業務で困っているのでは?」ということ。

「人材が豊富な大企業ならともかく、限られた人数でやっている中小企業では10枚20枚の事業計画書を書くのは大変。パソコンを日常的に使わない業種にとってはワードで書くこと自体が大変です。創業当初に入ってもらった取締役が同様の支援を手掛けていたこともあり、『その書類、書けますよ』というサービスを始めました。実績が出るほどに評判が広まり、『補助金申請支援では福岡でトップクラス』というぐらいに成長したんです」

あっさり手放した高収入の事業

この時のVIコンサルティングのスタッフは、フルタイムの社員一人に非常勤の役員と郷田さん。さらには外注のライターを駆使し、瞬間最大風速で10人ほどのパートタイムスタッフを抱えるほどに。売り上げは数千万円に及んだと言います。

まさに順風満帆といったところですが、郷田さんはこの事業をほかの役員に譲り、自分の会社から切り離しました。

「たくさんのお客さまが何度も利用してくださるのは、私たちのサービスを評価していただいたということなので、とてもうれしいことです。成長したい中小企業のお手伝いもできて貢献できているという実感もありました。ですが、補助金は締め切りがあり、その時期にかなり多忙になるのが体力的にも精神的にもきつく感じてきて……」

しかも、補助金は国の予算に左右され、補助金がなくなれば仕事も終わってしまいます。「組織が小さいうちはいいのですが、事業が成長して組織が大きくなるにつれて、これは何か環境変化があったときに私では支えきれないと思いました。何より同じような事業を毎年していることに新鮮味を感じられなくなってきている自分がいました。このまま続けてはいけないと、当時の取締役が経営している会社に補助金申請支援の事業を移管したんです」

尊敬する先輩の言葉「『困った』で止まるな」

数千万円の売り上げがあり、依頼や問い合わせも絶えない――。そんな状況で事業を移管してしまうのは考えにくいことですが、郷田さんには売り上げよりも優先順位が高いものがありました。

「『こんなサービスを出したら、喜ばれるんじゃないか』『こういうサービスなら欲しい人がいるんじゃないか』とアイデアを考えて、大きく育てていくのが楽しいんです。もともと、起業する前に働いていたシステム開発やコンサルティング会社でも、一つのプロジェクトの長さは2、3年。造船会社のシステムの次は、百貨店、次は冠婚葬祭の企業……と、2、3年ごとに新しいプロジェクトに取り組むので、その周期に慣れてしまったのかもしれません」

自ら考え、学び、成長を感じられる環境にいることが楽しいと語る郷田さん。そのスピリットを培ったのは、SE時代にお世話になった先輩のこんな言葉でした。

「いい先輩に育てていただきました。その方の指導が、『“困ったね”で止まるな』だったんです。例えばシステムがトラブルにあった時、『困った』と頭を抱えて止まってしまうのではなく、そこから現状の課題を洗い出す。そして、『自分たちが目指したものとのギャップを埋めるために、お前はどうしたいんだ? 思考停止するな』とたたき込まれたんです」

この姿勢は、仕事だけでなく、プライベートでも大きな力になっているようです。

「『夫が話を聞いてくれない』『子どもが言うことをきかない』ということはあるんですけど、文句を言ったところで改善しない。『では、どうするか?』と考えたいと思っています」

時には「学歴」のカードを切ることも

ここまで話をお伺いしていて、ひとつ気になったことがありました。それは、東京よりも男尊女卑のイメージが強い土地で、新たな事業に着手するたびに、「女性だから」という圧を感じる場面はなかったのか、ということ。質問を向けると、自分自身が女性だからということで、面と向かって不快なことを言われたり、差別を受けたことはないそう。

「多分それは、私がラッキーだったのだと思います。九州に来た当初は、コンサルティング会社に入ったわけですが、仕事柄、スーツを着てコンサルタントとして相手先の企業に行くと、それなりに尊重して接してもらえましたから」

コンサルティング会社では実力主義で、女性で子どもがいるからといって差別はされないけど、甘やかされることもない。お客様とも、真摯しんしに向き合えば男女関係なく信頼関係が結べたと感じられたそうです。

「ただ、独立したての時は、実績もないし、まだ30代前半で若く、初対面の時に『なんだこいつは』という感じになると思ったので、名刺の裏に「東京大学卒業」と入れました(笑)。学歴なんて現在の仕事の成果に関係ないと思ってますが、名刺交換の時、裏にこれがあるとインパクトがあります。特に権威を重んじられる方には……(笑)。使えるものは何でも使おうと思いました」

実は郷田さん、身長が150センチと、ちょっと小柄です。「特に20代の頃は、『若くてちっちゃい女が来た』となると、信頼されにくいのではという場面もありました。そんな時は、当時の上司が初めにさらりと『ウチの郷田は東京大学を卒業していまして』と伝えていたりしてたんですよ(笑)」

女性の中に眠っているスキルを活かしたい

とはいえ、理不尽な話が全くない訳ではありません。多くの女性と接するうちに、こんな話が耳に入ってきたこともあったと郷田さん。

昔は、女性が起業のために融資を受けようと銀行に足を運んでも、「旦那さんはどう思っているんですか?」「経営はあなただけで? 男性は入らないんですか?」と言われたという話を耳にしたこともあるそうです。

「今は理解が進んできたので、イヤな思いをする方は減っていると思います。ただ、趣味の延長で事業を考えていた女性が起業相談窓口に行ったところ、窓口にいた高齢の男性に、『こんなふわふわしたもので起業だなんて、君は起業をなめているのか』と言われて、トラウマになったという話は聞きました。いろんな方がいるので、端々でこういう話はあるのかもしれません」

郷田さんが出会う女性起業家は、大きく分けて2種類いるそうです。一つは、デザインやIT技術、不動産関係、飲食など、プロフェッショナルなスキルを活かし、バリバリ働きたいという人。もう一つは、子育てなどの理由から、空き時間に扶養内で稼ぎたいという人。

起業したい女性向けのセミナーで講演する郷田郁子さん。2019年6月、福岡県北九州市で
写真=本人提供
起業したい女性向けのセミナーで講演する郷田郁子さん。2019年6月、福岡県北九州市で

もっと自分の可能性を広げてもいい

「後者の女性には、『もっと自分の可能性を広げてもいい』と思うことがあります。というのは、素晴らしいスキルもあって、『仕組み化』さえすれば、一人で頑張らなくてももっと事業を大きくできるだろう、という人も多いからなんです」

例えば、手作りの雑貨やお菓子を販売していて、人気が高まった女性。「もっとほしい」という声が増えてくると、自分が頑張って無理をしながら作るか、断るかの二択になってしまうことがあるそうです。

「自分が寝ないで頑張り、疲れ切って事業を止めてしまう人のケースも耳にしたことがあります。でも、下準備や事務作業など、必ずしも自分でやらなくてもいいものを整理して、誰かにお願いするなど、うまく仕組みを作れば、自分の働く時間を増やさなくても事業は拡大できるかもしれません。そのほうが、求めている人のところに広く商品が届くし、本人も自分の時間が確保できます」

北九州市には転勤族も多く、高いスキルがあり、働きたい気持ちはあるのに「会社に勤めても数年で退社となると、迷惑をかけてしまうから」という理由で働けないという女性もたくさんいます。

「そこで、例えば経理ができる人を何人か集め、うちで経理事務の受注を取れば、一人が『子どもが急に熱を出したので休みます』となってもほかの人でカバーできますよね」

また、写真やデザインが得意だったりしても、「企業といくらで交渉すればいいのかわからない」「私ごときのレベルでお金をもらうなんて」と、相場よりも安い料金で仕事を受けたり、そもそも事業化をあきらめたりしている人もいます。例えばSNSを使うのが得意だということも仕事にできますが、それに気づいてない人もいます。

「その一方で、地元の中小企業の中には、もっとホームページを充実させたり、SNSなどを活用して製品のPRをしたいけれど、誰に頼んでいいかわからないという会社がたくさんあります。こうした企業と、スキルを持つ女性たちのマッチングもできたら、お互いにとっていいと思うんですよね」

再就職を検討している子育て中の女性向けのセミナーで話す郷田郁子さん。2021年2月、福岡県北九州市で
写真=本人提供
再就職を検討している子育て中の女性向けのセミナーで話す郷田郁子さん。2021年2月、福岡県北九州市で

「自分がしゃべりすぎそうな会議には出ない」

女性が自分のスキルを活かすための情報を積極的に伝えながら、マネジメント業やマッチング業もゆくゆくは考えていきたいと語る郷田さん。今後の展望は?

「自由度高く生きていきたいですね。そして、今後も価値があると思えることに純粋に向き合っていけたら。いま40歳なんですが、年齢が上がってくるとある意味、考え方が固定化してきたところがあると感じているので、停滞しないようにしたいと思っているところです」

心掛けていることとしては、家でも仕事でも、「つい先回りをして言いたくなるたちなので、我慢するようにしている」とか。

「あまり社員の仕事を見すぎない・聞きすぎないようにしたいと思っていて。下手をすると、電話の応対を聞いて、『そこはもっと、こう伝えたほうがいい』とか言いたくなってしまう。でも、それでは言われる方は、監視されているみたいでイヤだろうし、何かあった時に『自分で責任を取ろう』という気持ちもなくなってしまうと思うんです」

さらに、「自分がしゃべりすぎそうだなと思う会議には出ないようにしているんです」とのこと。「いろいろ聞くと『これどういうこと?』ってグリグリ追い詰めちゃう(笑)。特に年下の社員はやりにくいでしょうし、その場にいると言いたくなっちゃうので、出席せず、信頼して任せたいと思っています。まだ修行中ですが」

常にフラットに新しい情報を入れながら、生涯現役でやっていきたいと語る郷田さん。彼女の存在によって、今後も地域の女性活躍の場が広がっていきそうです。