コロナ禍の中で本格復帰に向けて始動
新型コロナウイルスという未知なる脅威に世界中が襲われた2020年春。2011年サッカー女子ワールドカップ優勝メンバー・岩清水梓選手は待望の長男を出産した。「サッカーのことを考える余裕は全くなかった」という4~5月の緊急事態宣言下を慌ただしく過ごし、世の中が徐々に動き始めた頃、彼女は本格復帰に向けて動き出した。
「出産から2カ月が過ぎ、5月の後半くらいからトレーニングを再開しました。といっても最初はJISS(日本スポーツ科学センター)のトレーナーからもらった柔軟体操やストレッチのメニューをこなす程度。6月になって、やっと日テレ・東京ヴェルディベレーザのクラブハウスに行けるようになり、『もっと本格的にやれるな』と考え始めた頃、腹筋に力が入れづらく、思ったように体を動かせないことに気づいたんです」
産後から、起き上がるだけで痛みが出て、「一体、どうしたんだろう」と不安になっていた。「恥骨骨折じゃないか」という疑念も湧いて、復帰が難しくなるのではないかという懸念も抱いた。
「それでも時間が経つごとに少しずつ改善していきました。7月に入ってからは、筋トレも徐々にできるようになったのでホッとしましたが、一時はどうなるかと思いましたね」
まずは子育てとトレーニングの両立
アスリートとしての状態に体を戻すと同時に、母親としても成長しなければならない。新生児は生後3カ月ごろになると首が据わって動きも活発になり、4~5カ月ごろには離乳食も始まる。岩清水さんの場合は、復帰に備えて4カ月で母乳をやめ、ミルクへの完全切り替えを決断。離乳食も段階的に与えるようになった。その一つひとつを手探りで進めていった。
「母乳の量にしても、ミルクの量にしても、教科書はないですよね。自分が与えている量が十分なのか分からなくて困りました。そんな時にアドバイスをくれたのが友人。自分より少し前に2人目を生んでいた彼女は、少し先を行く先輩でした。使わなくなった赤ちゃん用の体重計を贈ってくれて、『赤ちゃんの体重が増えてるのなら大丈夫』と太鼓判を押してくれました。泣きやまなかったり、体調を崩したりしても、彼女に聞けば的確な指示をくれるのでホントに助かりました。早くから断乳してミルクへ移行した時も迷いはなかったですね」
その頃になると、ある程度の時間は子供がまとめて寝てくれるようになったため、岩清水選手もトレーニング時間をより多く取れるようになった。8~9月と、筋トレや有酸素系の運動も増やしながら体を戻し、10月には日テレのチーム練習に復帰。週1回からのスタートではあったが、実戦感覚を取り戻すことに努めた。
初めての離脱、完全復活は道半ば
12月の皇后杯(全日本女子サッカー選手権大会)での復帰を目指し、ゲーム形式のトレーニングにも短時間ながら参加を試みたが、体力的にはまだまだ。日テレは12月29日の同大会決勝で浦和レッズレディースを4-3で撃破。タイトルを勝ち取ったものの、34歳のベテランDFがベンチに入ることはなかった。
「長いサッカー人生の中で、幸いにして大きなケガをしたことがなかったので、これだけ長い離脱は初めてなんです。ブランクを経てピッチに立ってみると、スピード感覚が全然違いましたね。瞬発力や持久力もついていけないところがあります。実際のゲームに求められるレベルは非常に高いので、そこまでどうやって自分を引き上げるのかは本当に難しい。まだまだ道半ばという感じです」と、彼女は2021年を迎えた今も、完全復活の手応えをつかみきれてはいないようだ。
それでも女子サッカー界にとって今年は節目の年。9月に日本女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」が発足するからだ。
名門・日テレはもちろん「オリジナル11」の中に名を連ねており、竹本一彦監督体制の下、新たなスタートを切っている。チームは5月8日のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦から始まるプレシーズンマッチ4試合で試運転し、9月の本番に向かっていくことになるが、その頃までには岩清水選手も本来のレベルを取り戻したいと考えている。長男の1歳の誕生日である3月3日には、長年着けていた背番号を「22」から「33」に変更することを発表。「新たな自分を作っていきたい」と強い決意を口にした。
夫婦、実母、保育園で子育て
そのためにも、育児とサッカーの両立体制をより強固にしなければならない。夫に加え、すでに神奈川県相模原市に住む実母から週1回程度のサポートは受けているが、日テレのユニフォームスポンサーである「育児支援の都市型保育園ポポラー」からも支援を受けられるようになった。息子を保育園に預けながらプレーする体制が整ったのはやはり大きい。
「私の方から打診したところ、快く引き受けていただいて、今は火~金曜日まで預ける形を取っています。土曜日も自分で見られる時は見ていますが、難しい時はお願いしています。練習前に預けに行って、練習後にお迎えに行っていますが、東京都稲城市にあるグランドからもそう遠くないので大変助かっています」
「息子は3月に1歳の誕生日を迎えて、ヨチヨチ歩きを始めたところですが、今は『ママ、行かないで~』とぐずったりもしないので、こちらも後ろ髪引かれることなく練習に行けています。もう少し大きくなると人見知りが出てきて泣いたり、体調不良で預けられない日も出てくるかもしれませんが、今のところは母親とサッカー選手をキッチリと分けながらやれています」
岩清水選手が練習している時間帯に子供に何かあれば、夫が迅速に対応できる環境であることもプラス材料と言っていい。
夫は彼女が「外へ出て買い物に行きたい」「美容院に行きたい」と言えば、快く了承してくれる。この1年間で夫婦の協力関係がしっかりと構築できたことも、岩清水さんにとっては間違いなく追い風だ。
「周りの協力のおかげでペースがつかめてきたのは、本当に有難いですね。だからこそ、早く自分のプレーを取り戻したいと強く思います。私には『子供と一緒に入場して公式戦に出る』という大きな夢がある。それをWEリーグ発足時点で達成できれば理想的です。旦那さんも『そうなるといいね』と応援してくれているので、ママさん選手として活躍できるように最大限、頑張りたいです」
また「なでしこジャパン」でプレーを
いずれは先輩である宮本ともみさん(U-19日本女子代表コーチ)のように、出産後になでしこジャパン復帰ができれば理想的だ。今夏に予定される東京五輪での復帰は少しハードルが高いかもしれないが、高倉麻子監督もベテランの力が必要だと考える時が来るかもしれない。読みの鋭さと、敵の芽を摘む素早い反応、頭抜けた統率力と国際経験値を兼ね備えた岩清水選手ならば、全くないとは言い切れないのだ。
「また代表でプレーしたいという気持ちはありますけど、もう34歳ですし、なかなかハードルが高いですよね(苦笑)。今のクラブで若い子とやっていても、速いし、うまいし、走れるなと痛感させられますからね。毎日レベルが高いと感じる日々なので、自分にとってはいい刺激になっています」
「ただ、アメリカなど海外の代表を見ていると、出産して世界舞台に戻るケースは珍しいことではありません。私も『新しい自分』になって、またそういう場所で戦えるようになれたら嬉しい。高い目標を見据えて取り組んでいきます」
先々の女子選手にも、両立する姿を見せたい
本人は意欲を示すが、もしも再び世界を渡り歩くとなれば、子育てとの両立はもっと難しくなってくる。長期間家を空けたり、子供の保育園の行事に参加できないなど、さまざまな問題が生じるからだ。
女子バレーボール日本代表のキャプテンを務める荒木絵里香選手(トヨタ車体)の場合は、実母が全面的に育児を請け負ってくれているため、数カ月にも及ぶ代表活動に参加し、時には海外遠征にも赴くことができる。それを岩清水選手など、他の、子供を持つ女性アスリートができるようになるのか……。今後の日本全体の課題と言っていいだろう。
「私のようなサッカー選手が、関東で試合に行くことを考えても、自宅を出て試合2時間前にスタジアムへ行って、2時間試合をこなし、すぐに帰宅したとしても6~7時間は拘束されることになります。泊まりの遠征になれば、それだけではすみません。親の助けを受けられる人はまだ可能性がありますが、それが難しく、夫の仕事も融通が利かないとなれば、キャリアを断念せざるを得なくなると思います。女性アスリートがプレーを続けながら育児ができるような託児所とか育児サポート体制を作っていかないと、なかなか後に続く人が出てこないのではないかという危惧はあります」
「それでも、自分は可能性を示したいですし、先々の女子選手のためにも、両立する姿を見せたいという気持ちが強い。私が少しでも道を切りひらけるようにしたいです」
9月に開幕するWEリーグは、岩清水選手のように結婚・出産を経てピッチに立つ選手や指導者、スタッフが数多く活躍する場所になってほしい。そのリーグでプロ選手として戦う彼女には先駆者として圧巻の存在感を示すことを強く願う。