今、世界で一番新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでいるのがイスラエルだ。昨年2020年12月に接種が始まり、国民900万人の約4割が少なくとも1回は接種。2回の接種を終えた人は人口の2割を超える。なぜこれほどのスピードで接種が進んでいるのか。イスラエル在住のテルアビブ大学講師、山森みかさんがリポートする――。

約40日で60歳以上に「全員接種」

イスラエルでの新型コロナウイルスのワクチン接種は、2020年12月19日の夜、ネタニヤフ首相とエデルシュタイン保健相が接種を受ける様子を映し出したテレビ生中継で始まった。

山森みかさん(筆者提供)
山森みかさん(筆者提供)

翌20日朝からは、まずは医療関係者、次に60歳以上と基礎疾患をもっている人から予約ができるということで、私が属している保健機構からも携帯電話にメッセージが送られてきた。

イスラエルには4つの保健機構がある。国民はそのいずれかに加入しなければならず、外国人でも滞在ビザによっては加入が義務だったり任意だったりする。私はイスラエル国籍はもっていないが、もうかれこれ30年ぐらいこの保健機構に加入している。

保健機構はそれぞれ自前のクリニックを運営しており、加入者の通院、健康診断の結果、予防接種歴等の情報をIDナンバーで一括管理している。加入者はふだんからネットや携帯アプリのマイページでホームドクターや歯科、その他の専門医を予約することに慣れている。またネットを使わない人は、予約センターに電話してIDナンバーを伝えると、オペレーターが代わりに予約してくれる。

保健機構アプリのワクチン接種予約画面。空いている日時と場所が表示される(筆者提供)
保健機構アプリのワクチン接種予約画面。空いている日時と場所が表示される(筆者提供)

私は60歳でぎりぎり対象枠内だったのだが、最初の10日ほどはネット予約システムも電話予約センターも混乱しており、なかなかつながらなかった。ようやくつながって取れた予約は2月半ばだった。

だが政府は、60歳以上と基礎疾患を持っている人への第1回接種は1月末までに終わる予定だと言っている。イスラエルではふだんから、口コミで現場の情報が回ることが多く、「ワクチンへの抵抗が強いアラブ人居住区のクリニックは予約が取りやすい」という情報が伝わってきた。それで12月29日に、ネットや予約センターを通さず、ナザレという町のクリニックに直接電話してみたら、1月1日の予約が取れた。自分が属している保健機構のクリニックなら、全国どこでも受け付けてもらえるのである。

接種はたった5分で終わり

そして2021年1月1日の予約当日、接種ブースに入ると、看護師が私のカードをコンピュータに通し、名前と過去のワクチン接種歴、アレルギー既往症をチェックしただけですぐに接種。「1回目の接種をしても、数日後にようやく効果が50%になるだけだから、くれぐれもマスク装着とディスタンスを守るように」と念を押された。

1回目の接種後にもらった証明書。ファイザー社のワクチンのロット番号や副反応に関する説明がある(筆者提供)
1回目の接種後にもらった証明書。ファイザー社のワクチンのロット番号や副反応に関する説明がある(筆者提供)

1回目の接種が終わると、かならず3週間後の2回目の予約が入れられることになっており、帰り際に受付で同クリニックに予約を入れてもらった。

接種はブースに入ってから5分ほどで完了。それから15分ほど待機してアレルギー反応などが出ないか確認して終わりとなった。結局そこで話をしたのは案内係兼保安要員、接種担当看護師、受付の人だけで、医師の問診はなかった。

2日間ぐらいは腕が少し重かったが、それ以上の副反応はなかった。1回目に接種を受けたナザレは少し遠いので、「2回目の予約をどうしよう」と思って保健機構のマイページに入ってみると、システムは問題なく動き、またずいぶん予約可能な場所が増えていた。それで1月22日の予約を、家に近いユダヤ人居住地のクリニックに簡単に変更することができた。

22日の朝8時7分の予約だったので、8時前にクリニック入口に来てみると、事前予約がない人たちも数人いて「今日午後、別の場所に予約を入れているのだけど、都合が悪くなったからこっちに来てみた」などと案内係の男性に言っている。案内係は特に何もチェックせず、予約なしに来た人たちには順に整理券を配っていた。8時になると、予約がある人とない人は別々の待合室に通された。

2回目の接種が済むと、仮の接種済み証明書が発行された。また保健機構クラリットのグッズ(「私もコロナワクチン接種済み」と書かれた腕輪)ももらった。そしてすぐ、携帯電話に、すべての情報は保健省に送られ、後に正式な証明が来るというメッセージが届いた。

2回目の方が、副反応が強く出ると言われていたので少し不安だったのだが、確かに腕は1回目よりも重く、夕方には歯の根が合わないほどの寒気に襲われた。しかし夕食に温かいものを食べて寝たら、翌日には寒気はおさまっていた。

私は最初のワクチン接種対象グループに入っていたが、その後、対象は対面授業再開を視野に入れて高校までの教員に広げられ、年齢も徐々に引き下げられて、今では16歳以上及び、新型コロナウイルス感染症が重症化した妊婦が出たことを受けて、妊婦にも開かれている。

クリニックの入口。「みんなワクチン接種してコロナに勝つ」という標語が見える
筆者提供
クリニックの入口。「みんなワクチン接種してコロナに勝つ」という標語が見える

世界最速ワクチン接種の理由

なぜイスラエルでこれほど迅速にワクチン接種が進んだかについては、既に様々な指摘がある。

クリニック内の待合室。「予防接種して勝つ」「私もコロナ予防接種済」等の標語(筆者提供)
クリニック内の待合室。「予防接種して勝つ」「私もコロナ予防接種済」等の標語(筆者提供)

もちろん、短期間に多くのワクチンを確保できたことが理由の一つだが、その前段階として、国民の中に「ロックダウンの繰り返しは、ワクチンあるいは特効薬開発までの時間稼ぎに過ぎない」というコンセンサスがあったことが大きい。

いくら厳しいロックダウンをしていても、ユダヤ教超正統派地区には、宗教的な集会を続ける人々が存在する。彼らは人口の10%に過ぎないが、連立政権のキャスティングボードを握っているため、政府も強硬な措置が取れない。

またアラブ人居住区でも、イスラエル政府の方針への不信感や、伝統的生活の価値観が強いため、長期の厳しい集会制限は不可能である。さらに、宗教的な価値観からは比較的自由なユダヤ教世俗派の人々も、ロックダウン下であっても(主として反政府)デモを行う政治的集会権だけは死守しており、いつまでも移動や集会の自由の制限が続けられないのは自明であった。

仮の接種済み証明書と腕輪(筆者提供)
仮の接種済み証明書と腕輪(筆者提供)

ロックダウンによって収入が絶たれた自営業者への補償は十分でなく、「規則に反して宗教的集会を続ける人々がいるのに」との不公平感が高まり、こっそり、あるいは確信犯的に開店する小売店も後を絶たなかった。

さらに昨年末、非常にうまくコントロールしているように見えたドイツでも感染が急増し、ロックダウンに入ったという報道があり、「ドイツですらできないのであれば、イスラエルではもはや政策による感染の封じ込めは無理であり、ワクチンの導入しかない」という気運が醸成されていた。

その結果、事前の世論調査では「ワクチンは信用できない」とか「様子見だ」という人が半数ぐらいだったのだが、いざ始まってみると予約が殺到してシステムがダウンしたのは前述の通りである。汚職裁判や総選挙を控えたネタニヤフ首相が、自分の力量を見せて人気を回復するためにこのワクチンプロジェクトを利用しているのは明白であっても、それとワクチンの効果への期待は別なのであった。

「規則を守ること」よりも「目的達成」

ワクチン接種プロジェクトが進むにつれ、不具合も出てきた。特にファイザー社製のワクチンは-80℃で保存しなければならず、いったん解凍すると使用期限がある。そのため廃棄処分になりそうな余剰がある場合は、予約なしで来た人や付き添いの若い人にも接種したり、夕方になってから近隣住民に接種会場に来ることを呼び掛けるという事例が自然発生した。

もともとイスラエルではいろいろなことがスムーズにいかないし、刻々と変わる状況に応じて対応も迅速に変えなければならないことが多い。そういう時は、上司の判断を待たず、現場の人間が臨機応変に対応するのが当然になっている。

「きっちり規則を守るよりも、到達すべき目的をかなえるのが先だ」という合理性が共有されているのだ。そして100%完璧でなくても8割がた目的が達成されればそれでいいのである。この価値観は現場運営に携わる人だけでなく、今回の場合は接種を受ける側にも広く共有されているため、マニュアルから多少はずれてもおおむね物事はうまく進行する。それでもトラブルがあった時のため、接種会場には案内係兼保安要員が配置されているが、彼らもその種の仕事に慣れている。

健康情報はデジタルで一元管理

また、個人の健康情報が一元管理されているので、医師によるていねいな問診は必要ない。コンピュータ画面にすべての情報が表示されるので、筆記用具や紙を使わなくてすむ。

イスラエルでは、健康情報にかぎらずあらゆる情報がIDナンバーで管理されているが、人々は「そういうものだ」と思っているので、特にそれが問題になることはない。

これについてはひと言解説を付け加えたい。イスラエルの人たちは、国に個人情報の一括管理を許す一方で、個人の権利の遵守、個人の思想の尊重もまたきわめて重要視している。子どもたちは「あなたが本当にそう思うのであれば、たとえ家族が、世界中の人々が、神がちがうと言っても、自分が心から納得するまでは絶対に自分の考えを変えてはならない」と言われて育つ。

その一方で、「個人の安全、自由、生存は共同体あってのことだ」ということも身に染みて理解している。ワクチン接種をするかしないかの判断はあくまで個人の自由だが、共同体の存続に必要なのであれば、多少の負担は当然だと考える人は多い。イスラエルにおける徴兵制度(*)も、このような考え方を背景として運営されている。

接種済みを証明する「グリーンパスポート」

「さまざまな特典が与えられる」としてワクチン接種開始時には大々的に広報されていた接種済み証明の「グリーンパスポート」だが、感染力の強い変異株が予想以上に拡大していることが影響し、今のところ濃厚接触時及び海外からの帰国時の隔離免除だけが特典とされている。

だが最近の報道によると、夏の旅行シーズンを視野に入れて、接種済みの人はギリシャなどの国と制限なく往来できるようになるらしい。また接種済みの人だけが、多くの人と接触する職場に出勤したり、文化施設に入ったりできるという案も検討されている。ただこのような区別を設けるのであれば、罹患回復証明と健康上の理由で接種できない人の72時間以内のPCR陰性証明も同時に導入すべきだという議論もある。

1週間後にダウンロード先リンクが送られて来た正式な接種済み証明。発行元は保健省で、「グリーンパスポート」と呼ばれている。紙の証明書はなく、電子ファイルのみ。有効期限は2回目の接種から6カ月と1週間後(筆者提供)
1週間後にダウンロード先リンクが送られて来た正式な接種済み証明。発行元は保健省で、「グリーンパスポート」と呼ばれている。紙の証明書はなく、電子ファイルのみ。有効期限は2回目の接種から6カ月と1週間後(筆者提供)

高齢者などのリスクグループへの接種は概ね終わったが、今後は「自分は重症化しない」と思い込んでいる若年層、また、どれほど広報を重ねてもワクチンへの忌避感が強いユダヤ教超正統派やアラブ人への接種の促しが課題になるだろう。

さらに、イスラエルの人口の3割は16歳未満なので、集団免疫の獲得には12歳以上を接種対象にしていく案も検討されているらしい。

もう少し時間が経つとワクチンの効果についていろいろな事が明らかになってくるだろうが、イスラエルにおけるワクチン接種データが、今後の新型コロナ対策の参考になってほしいと強く思う。移動、集会、文化的な活動への参加の自由がある社会が、一日もはやく回復されることを願ってやまない。

*イスラエル国民は、ユダヤ教超正統派やアラブ人以外は、高校卒業後18歳から男子は3年、女子は約2年の兵役義務があり、その後も予備役がある。