東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の発言が国内外、男女を問わず多くの批判を呼んだ。学習院大学 経済経営研究所の清水直美さんは「残念ながら日本の企業には、まだまだ森喜朗氏のようなオジサンがたくさん潜んでいる」と指摘する。今回のように口に出して大きな問題にはならないだけにかえって厄介なオジサンたちの意識改革に、本気で取り組む企業も増えてきている――。
日本オリンピック委員会の女性理事増員方針をめぐる発言について記者会見する東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長=2021年2月4日、東京都中央区[代表撮影]
写真=時事通信フォト
日本オリンピック委員会の女性理事増員方針をめぐる発言について記者会見する東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長=2021年2月4日、東京都中央区[代表撮影]

日本企業に大量に潜む森喜朗のようなオジサンたち

東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長による、臨時評議員会での女性を巡る発言について、波紋が広がっている。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」「組織委員会にも女性はいるが、みんなわきまえておられる」……こうした発言は女性蔑視としてニュースで取り上げられ、海外メディアにまで報じられる事態となった。

一方で、この状況はジェンダーギャップ世界121位の日本社会における女性活躍の現状と受け取ることもできる。言うならば、日本の企業にはまだまだ森喜朗氏のようなオジサンがたくさん潜んでいるのだ。

日本企業の女性活躍促進には、トップの意思決定による「トップダウン」が重要であり、それが結果に大きく影響することは近年周知されている。例えば、新浪剛史氏(現サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長)がローソンのCEOだった際にダイバーシティと女性活用の重要性を説き、まずは意思決定の場である取締役から女性を増やし、その下の層に浸透を図ったことから、現在ローソンでは新卒採用の男女比は同率であり女性管理職比率も上昇しているなどの成果を上げている。強力なトップダウンによる成功事例である。

トップの下の「偉いオジサン」たちに潜む女性活躍反対派

しかし私は大手企業の人事部へのインタビューを重ねるうち、そうした達成に至るまでには、人事側の地道な努力が不可欠であったことを実感した。例えばとある大企業では、トップであるCEOが女性活躍促進の重要性を説いているにもかかわらず、トップの少し下の「偉いオジサン」たちには依然として「女性活用反対派」が多く存在し、その層が大きな障壁となっているというのである。

女性活躍に反対するオジサン3つのパターン

彼らは①「女性にそんな大きなプロジェクトを任せたら家庭のこともあるのにかわいそうだろう」という親切心(のつもり)の場合もあるが、②「女性にできるはずがない。女性がいなくてもうまくいっていたのだからその必要はない」と過去の成功体験にしがみ付くオジサンも多くいるという。彼らはリスク回避という意識で女性排除を正当化したり、「6割の女性が出産を機に仕事を辞める」といった過去のデータに基づいた「統計的差別」によって合理的判断として正当化する場合もある。

また③「自分たちの立場が侵される」という無意識の脅威から反対しているオジサンもいるという。たとえトップダウンで会社としての意思決定があっても、そして現場にその意欲があっても、その実現には内部の「偉いオジサン」たちの意識改革が不可欠であるというのである。

オフィスでコーヒーを飲みながらタブレットを使用する男性
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです

今回、森氏はトップの立場でありながら、女性活躍の重要性を認識していなかったことの問題もあるが、83歳という高齢により「これまで女性がいなくてもうまくいっていた」という過去のあまりにも長い成功体験が、女性蔑視ともされる発言につながっていたのではないかと考えられる。

現状の「女性管理職」は社内で誰もが知るような稀少な存在

一方で今回の事態は働く女性側の現状も映し出している。森氏の「女性っていうのは優れているところですが競争意識が強い。誰か一人が手を上げると、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです」という発言に関してであるが、これには女性を取り巻く世代構造的な現状も表していると考えられる。

1985年に男女雇用機会均等法が制定され「キャリアウーマン」の誕生を社会が期待したものの、その均等法世代が管理職の年になった頃には、期待したほど女性管理職は誕生しなかった。その背景には、当時は職場の理解も両立支援も十分に整っていなかったことがあるが、そうした状況を経て今、管理職に就いている均等法世代の女性は、大変優秀で、タフな人材であることが多い。

例えば先日発表されたインタビュー調査によると、キリンホールディングスでは、現在女性で管理職に就いている社員もいるが、彼女たちは社内で誰もが知る存在であり、まだ稀少である現状がある。同社は、女性管理職の「ロールモデルが少ない」という問題を抱えているが、同時に現在管理職に就いている女性たちが極めて優秀な社員であるため、多くの女性社員は逆に「あそこまではできない」と委縮してしまうのではないのかという懸念も抱えているという。つまりそれほどまれで優秀なのである。

少数派の「女性理事」が目立つ構造

それは均等法世代の話だけではない。2000年前後入社の氷河期世代の女性社員についても言えることである。当時は一般職を廃止し、派遣社員にシフトを始めた時期であり、新卒採用の総合職では現在のように男女比を等しく採用する考えがなかったため、女性の採用は最小限に抑制された。ゆえに氷河期世代で入社した女性社員は入り口の段階から厳しい選抜がなされため、この層もまた優秀であり、狭き門を突破し入社した苦労と誇りから就業継続への意識も強く、タフな女性管理職(管理職候補者)が多いと考えられる。

つまり、現段階では、日本の企業の女性リーダーはまだまれな存在であるだけでなく、突出して優秀であったり、何かしらの能力に秀でていることから企業内で「バイネームで呼ばれる存在」であることが多くあるのである。今回の森氏の会議において、女性理事はまだ少数派であり、彼女たちの発言や存在が極めて目立ったものとも考えられ、これは残念ながら近年の日本企業の現状を反映しているとも言えるのだ。

優良企業は「意識を変えないオジサン」を野放しにしない

しかし現在、女性活躍の優良企業は、こうした偏った意識の「オジサン」たちを野放しにはしていない。彼らの意識改革に全力で取り組んでいる。先日、インタビュー調査を終えた後の私の印象は「大企業がついに女性活躍に向けて本気を出した」「大企業が本気になるとここまでできるのか」というものだった。

まず、オジサンに向けた「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」研修は、ほとんど何処の企業でも行っている。また、かつて男性中心企業だったキリンホールディングスでは、入社3年目の女性社員の研修に、上司も一緒に参加させることで上司が背中を押すことの大切さを学ぶ機会にしている。

そうした中でもオジサンへの取り組みが「本気」であると感じた企業が明治安田生命である。同社は生保レディに代表されるように、元々女性社員が多い企業(約9割が女性)であるにもかかわらず、依然として管理職は男性が多くを占める状況が続いていた(2019年度男性管理職比率75.6%)。

しかし「女性の活躍無くして社の発展はない」との考えから、現在は男性管理職へ意識改革を徹底している。近年「イクボス」(部下の育児参加に理解のある上司)を表彰する企業は増えているが、明治安田生命での「イクボス」への取組みの特徴は、その徹底ぶりにある。

「イクボス」でなければ出世できない!?

まず年度初めに上司は「イクボス宣言」というアクションプランを考え、朝礼や会議で発表を行わなくてはならない。このアクションプランには、上司が込めた思いや背景などを掲示し、全職員が閲覧できるようにイントラネットに掲載することになっている。そして月に1回「イクボスの日」を設け、見直しや修正を行うことになっている。さらに「書いて終わり」にならないよう、それが本当に達成できたのかを所属の全職員が確認、回答するという「イクボス度調査」も行っている。

それだけではない。その調査の結果は所属長としての評価にも反映されるシステムになっているのである。つまりオジサンが「イクボス」かどうかは昇進にもかかわってくるのだ。

こうした地道で、粘り強い取り組みにより、明治安田生命では2020年には女性管理職登用率30%の目標を達成している。このように、今や女性活躍優良企業とされる企業では、「オジサン」の目に見えない「意識」を変えることに対し、現場任せにすることなく、「あえて制度化」することで、計画的に、ただならぬ本気度と地道な努力で取り組んでいるのである。

森喜朗発言を男性も女性も問題視していることは大きな前進

今回、森氏がトップの立場でありながらオフィシャルな場で女性差別的な発言をしたことが、言わずと知れた問題となっているわけだが、言葉にこそ出さないものの、会社の中にはいまだこうした意識を持つオジサンが多く存在している。そして、恐らく「森喜朗のようなオジサン」はどの社会にもいるのだろう。

しかし今回の発言に対し社会がこれだけ問題として取り上げていることは、日本の女性活躍推進に向け、大きな前進であると私は捉えている。これまでのように、一部のフェミニストやジェンダー問題専門家だけではなく、そして女性だけでなく男性も、森氏の発言に違和感を持ち、問題視して声を上げているのである。オジサンの意識改革が一部の先進的な大企業の取り組みにとどまらず、社会全体で変えていこうとの意識や流れに変わってきていることに明るい兆しを実感している。