竹田明香さんは、大手コンサルティング会社でITコンサルタントとして働いている。大型プロジェクトを担当することが多く、チームリーダーを担うことも増えてきた。順風満帆なキャリアに見えるが、ずっと「この仕事でいいのか」と悩み続けていたという。その悩みを払拭し、チーム運営のスタイルまで変えたのは、会社外の「プロボノ」の体験だった――。

有名大学から大手企業、それでも抱えていた仕事の悩み

現在社会人7年目の竹田さんが最初に行き当たった壁は、関西の有名国立大学に在学中の就職活動だった。

竹田明香さん(写真=本人提供)
竹田明香さん(写真=本人提供)

「実は当時は、大学のブランドに頼っていたところもあって……。今から思えばすごく浅はかなんですが『いい大学に行けばいい会社に入れる』と思い込んでいたところもあったんですよね」

書類選考には通るが、面接の志望動機では「なんでこの会社を受けたんだっけ?」と思考が止まってしまう。何をしたいのか悩む中で「何かを作って人に喜んでもらうことが楽しい」ことに気づいた。

「ただ、ものづくりといっても製造業や建築などの業界は、そうした専門の学部出身でないと入りにくい。ソフトウエアを作るIT業界なら文系学部でも大丈夫なので、IT業界に絞って就職活動をして、大手金融機関のシステム子会社にシステムエンジニア(SE)として入社しました」

入社して1、2年は、大型のプロジェクトに恵まれてやりがいを感じながら仕事に取り組むことができたが、その後はなかなか「これだ」というものがつかめない。システムエンジニアとしてさらに広い世界で力をつけようと転職を考えたが、ソフトウエアの「作り手」からは離れてITコンサルタントになった。

本当にこの仕事が自分に合っているのか、自分は成長できているのか。漠然とした悩みを抱えていた2017年、Facebookで目にしたのがNPO法人「二枚目の名刺」の告知だった。

手応えを感じられなかった最初のプロジェクト

二枚目の名刺」は、会社の外に活動の場を広げて自分の夢を実現させたい、社会に役立ちたいと考える社会人が集まる団体だ。夢を実現するための複業を支援しているほか、社会貢献したい社会人と支援を求めるNPOなどの団体をコーディネートする。一般的なプロボノとは違い、支援団体に専門的なスキルを提供することよりも、支援団体と想いでつながることを重視している。

竹田さんが目にしたのは、さまざまな業種・職種の社会人がチームを組み、NPOなど社会課題に取り組む団体と一緒に活動する3~4カ月のプロジェクトの案内だった。「会社の仕事を続けながら、違う世界を見ることができるのはおもしろそう。ただ悩んでいても仕方がない。とにかくやってみよう」と考えて飛び込んだ。

最初に参加したのは、“誰もが病気になっても自分らしく生きられる世の中をつくる”ことを目指し、がんなどの病気の人やその家族を支援する一般社団法人CAN netのマーケティング施策を考える3カ月間のプロジェクトだ。プロジェクトのゴール設定、進め方などもすべてチームで決めていく。しかし、ゴール設定からなかなか決まらず、あまり成果を感じられないままでプロジェクト終了を迎えてしまった。

「正直、手応えがなく、モヤモヤが残りました。仕事では明確なゴールがあって、いつまでに何をすればいいかわかります。参加する人も、それぞれ役割がはっきりしていて、淡々と役割をこなすことができれば、おのずとゴールに到達する。でもこのプロジェクトは、さまざまな想いやバックグランドを持つ方が集まっているため、仕事のようにわかりやすい役割分担や、あらかじめ共有しているゴールがありません。『なんだこれは! 価値観が全然合わない!』と思いました」

「私って冷たい人なのかしら」

消化不良だった竹田さんは2018年にもプロジェクトに参加することにした。「もう1回やってみたら、あのときのモヤモヤが何だったのか、わかるかもしれないと思ったんです」

AfriMedicoのプロジェクトに参加中の竹田さん(右から3人目)(写真=本人提供)
AfriMedicoのプロジェクトに参加中の竹田さん(右から3人目)(写真=本人提供)

2度目に参加したのは、“すべてのアフリカの人々へ健康と笑顔を”を掲げ、置き薬によって、特に都市から離れたアフリカの農村部の家庭により良い医療を届けるために活動する、認定NPO法人AfriMedico(アフリメディコ)のプロジェクト。資金基盤を強化するため、団体の認知を高め寄付者を増やすことを目指して目標数値を設定し、ホームページの改善案をまとめたり、Facebook広告を打つなどの計画を立てて実行した。

「1回目のプロジェクトと比べると、ゴールも明確に定まり、最終的に目標数値には届かなかったですが寄付者も増やすことができた。いろいろなバックグラウンドや価値観を持つ方と議論ができて楽しかったですし、今も関係は続いていて、参加して本当によかったです。けれど……」

「アフリカにより良い医療を届けたい」という熱い想いを持った団体の方々が活動している様子を目の当たりにしたプロジェクトメンバーの中には、プロジェクト終了後に団体のメンバーとなり、活動を継続する人もいた。「でも、そこまで強い気持ちにはなれない自分がいたんです」

社会課題には関心がある。それぞれの団体で活動する人たちは心から尊敬でき、また想いにとても共感するけれど、貧困、病気、環境など、特定の分野にのめり込めるわけではない。「『私って冷たい人なのかしら』と考え込んだりもしました」と振り返る。

そんなとき、二枚目の名刺の事務局から、「今度は、二枚目の名刺のプロジェクト・デザイナーの立場で、プロジェクトに参加しませんか?」と声がかかった。

「ピンと来た」ファシリテーター役

プロジェクト・デザイナーは、サポート先の団体と、社会人メンバーの間に立ち、プロジェクトが円滑に進むように支援するファシリテーターの役割を担う。

「すごく、ピンと来た」と竹田さんは言う。

二枚目の名刺は、社会課題の解決を目指す団体と、「力になりたい」という想いを持つ社会人をつなぐ“中間支援団体”だ。「社会にはいろいろな課題があります。できるだけ多くの人が、社会課題に気づき、興味を持ち、そしてそれを解決するための活動に参加できるようサポートする中間支援団体こそが、私が軸足を置くべき場所なんじゃないかと思いました」

また、プロジェクト・デザイナーという立場も、竹田さんの関心や指向とマッチしていた。「プロジェクト・デザイナーは、役割は決まっているものの、やり方は決まっておらず、それぞれに任されています。私が過去にチームメンバーとして参加したプロジェクトでは、チームメンバーと一緒に手を動かすタイプの人もいました。私は、ファシリテーターに徹しようと思いました」

スキルも価値観も違うメンバーでチームを作る

担当の団体は、“子どもがその子らしく成長できる未来”のために、手や足に障がいのある子どもやその家族をサポートする、一般社団法人ハビリスジャパン。2020年7月から約3カ月にわたるプロジェクトだった。

オンラインで進められたハビリスジャパンのプロジェクト。上段左から2人目が竹田さん(写真=本人提供)
オンラインで進められたハビリスジャパンのプロジェクト。上段左から2人目が竹田さん(写真=本人提供)

最初にプロジェクト・デザイナーの立ち位置や役割を明確化し、チームのメンバーにも説明しました。『取り組む課題やゴールを決めるなどの意思決定を行い、手を動かすのはあくまでもみなさんです。私はファシリテーターとして、チームが脇道に逸れたり立ち止まったりしそうなときに、問いを投げかけて、チームが自走できる環境づくりに徹します』と」

しかし、年齢、業種、職種も違う12人が集まるチームだ。「これまでの経験も、スキルも価値観も違う人が集まっているので、まずは『何を実現したいか』という意識を合わせる必要があります。それぞれ、“1枚目の名刺”(本業)の仕事やプライベートが忙しい中、限られた期間での活動だからこそ、チームビルディングが重要。『ゴールを共有できていること』『みんながいるから頑張れる、と思えるチームであること』の、どちらが欠けても、成果を上げることは難しいですから」

問いを投げかけ気づきを促す

コロナ禍のため、すべての打ち合わせはオンライン。毎週土曜日に2時間の定例会議を行いながら進めていった。チームビルディングやゴール設定では、質問を投げかけるなどして会話のファシリテーションを行い、「議論の動きが鈍って堂々巡りになりそうなときなどには、『このスピードで進めていて成果が出せますか?』という投げかけをしたりしました。みんなが漠然と感じていることを、言葉にすることも必要ですから」というが、チームが自走し始めたらほとんど発言せず見守ることを心掛けたという。

2020年9月の中間報告を経て、10月には、団体や社会課題の認知拡大施策の一環として、オンラインイベント(パラテコンドー教室や義肢についての講演)を開催。11月の最終報告会では、「団体および社会課題の認知拡大」「義肢レンタル事業立ち上げ・改善」「資金基盤の強化」という3つのテーマに対するアウトプットを報告することができた。

「ハビリスジャパンの方からは、『プロジェクト・デザイナーがいなければ、短期間でこれほどのアウトプットは出なかったと思う』とおっしゃっていただけました。チームのメンバーからも、『いいタイミングで問いを投げかけてもらい、議論の刺激になった。大きな気付きになった』など、感謝の言葉をいただきました。“1枚目の名刺”の仕事では、こんなに『ありがとう』と言われることはありません。とてもピュアな感謝の気持ちに触れて、ものすごく感動しました」

やりたかったのは、これだった

プロジェクト・デザイナーの経験で、「私がやりたかったことは、これだったんじゃないか」という気付きも得た。

実はこの役割は、本業のITコンサルタントと似たところが多い。システムエンジニアと違って、自分が手を動かして開発をするわけではなく、プロジェクトの目的やチームの方向性がブレないよう意識合わせを行い、遅延なく作業を進められるようコーディネートを行う。

「正直、転職活動時の第一志望はエンジニア職だったので、ITコンサルタントには、『なりたいと思っていたわけではない』という部分もありましたが、『なったからにはしっかりやってみよう』と、ある意味腹をくくることができました。それに、全体像を見ながらプロジェクトを動かしたり、チームのメンバーとコミュニケーションをとったりというスキルが自分の強みだということが、外に出てみて初めてわかりました」

「正しい」道より「楽しい」道を

仕事に対する価値観も変わってきたという。「以前は、『お金をもらっているんだから、仕事なんだからやらないと』という感じでした。“MUST(マスト)”で動く世界しか知らなかった。でも『社会を良くしたい』『ほかの人を助けたい』という気持ちで、本業を持ちながらも2枚目の名刺をもって自主的に活動している人が多い。そういう世界があることがわかって、今まで見ていた世界の狭さを知りました」

「それに、『やりたい!』という気持ちの人と一緒にやると、こんなに楽しいのか、とも思いました」

「有名大学を出て、有名企業のグループ会社に就職して……と、『あるべき姿』を求めて、“正しく”生きようとしていたけれど、もっと楽しんで生きた方がいい。『私は何をやるべきなのか』と悩んでいたところがあったけれど、『やらないといけない』ことを探す必要はなくて、『とりあえず、おもしろそうだからやってみよう』というくらいの軽い気持ちでいいのかもしれない。楽しみながら、流されていけばいいのかもしれないと思うようになりました」

本業でも、チームのマネジメントを任されることが増えている竹田さんだが、二枚目の名刺でのプロジェクト・デザイナーの経験が、変化を与えているようだ。

「会社外で取り組む二枚目の名刺の活動では、それぞれ本業が忙しくなることもありますし『しんどい時に“しんどい”と言えるチーム』を作らないと持たないんです。以前の私は、仕事では『しんどいけど、我慢して自分で頑張れ』と言ってしまうほうでした。自分も、しんどくても、仕事なんだから我慢して、自分自身でなんとかしないといけないとダメだと思っていた。でも今は、『1人で抱え込まないほうがいい。しんどい人がいれば、自分含めてみんなで助けてあげればいいじゃん』と思いますし、職場でもそう言うようにしています」

今後、二枚目の名刺の活動をどのように続けるか、まだ決めていないが、「これからも自分にできる形で関わっていきたい」と話す。

「『社会貢献=自己犠牲』ではありません。プロボノでもボランティアでも寄付でもいい。どの形が『良い/悪い』というものでもない。社会の課題に関心を持ち、どんな形でもいいので、一歩を踏み出す人が少しでも増えたらいいと思います。そこに私も貢献していきたいです」