複数の研究から、ある一定の年収をピークに幸福度は頭打ちになることがわかっています。164カ国170万人の人々への調査から、日本を含む東アジアでは、その額は660万円あたりだそうです。一方、脳科学が専門の細田千尋先生は「3000万円~5000万円の世帯年収がある人は人生への評価は高いが、それで幸福度が伸びるわけではない」と指摘。その理由とは——。
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個人収入と幸福度の関係

新しい年を迎え、今年の抱負(目標)を決めることと同時に、こんな時代だからこそ、今年も幸せでいられますように、と願わずにはいられません。幸せを持続的に感じるために、私たちには何が必要なのでしょうか。

いくつもの研究が、幸福度は収入が増えるに応じて上昇する一方、ある金額まで達するとそれ以上は頭打ちとなり、収入と幸福度の相関関係がなくなることを示しています。米国人45万人を対象とした調査では、その金額は、年収7万5000ドル(約700万円)でした。

さらに2018年、164カ国で170万人の「個人収入と幸せ」について調査した結果がNature Human Behaviorという国際紙に発表されました(所得の比較条件を揃えるため、各国の現地通貨に世界銀行の購買力平価比率を反映させ、米ドルに換算。日本円へは1ドル=110円で換算)。

幸福度がピークになるのは年収660万円あたり

その結果、楽しみや笑顔といったポジティブな感情と相関する所得は、日本を含む東アジアでは6万ドル(約660万円)をピークに頭打ちになることが明らかになりました。つまり、6万ドル以上の年収があって贅沢な日々を送っていても、年収のあがりに応じて楽しみや笑顔が増えることはないということです。

一方でストレス、怒り、不安など、ネガティブな感情がわかなくなる所得は、東アジアでは5万ドル(約550万円)で頭打ちになり、5万ドル以上の所得の人たちでは、収入が増えているからといってネガティブな感情が少なくならない、つまり、ストレスが減るわけでもなかったのです。

ポジティブな感情が高まり、ネガティブな感情が減る所得を合わせて考えると、年収約700万円で感情的安定が得られることを意味します。

世帯年収3000~5000万円で「人生への評価」がピークに

ポジティブな感情が高くなったり、ネガティブな感情が減ったりする感情的な安定とは別個の評価としての、人生における全体的な満足度(人生への評価)というものがあります。これは東アジアでの飽和値が11万ドル(約1,210万円)と、上述の感情的安定をもたらす額と比べると、はるかに高い水準となっていることがわかりました。

日本で2020年に内閣府の発表した「満足度・生活の質に関する調査では、世帯年収が3000万円~5000万円までは年収の上昇に応じて総合主観満足度が高まるがここで頭打ちになり、そこからは年収の増加に伴って満足度が下がることが示されています。

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他人と比較して「人生に満足」しても「幸せ」ではない

「満足・評価」とは、人より高いゴールを達成したか、他人と比べてどうなのか、といった比較の影響を受けるものです。つまり他人と比較して満足するには、より多くの所得が必要であると考えられています。

また、人生に対する評価は、年収だけでなく学歴も強く相関することや、学歴によって、満足する年収が異なってくることが他の研究からも示されています。

何れにせよ、年収が増えるにつれて自分の人生を高く評価する度合いは高まるにも関わらず、日々感じる幸福感はある年収額を超えると高まってはいかない、つまり、お金で買える幸せは限られているのです。

目標達成による自己実現で長期に幸せになる

心理学や経済学においては、金・物・地位を目指す幸せは、ヘドニック・トレッドミル現象と呼ばれ、一時的な幸福には繋がるものの、慣れてしまうことで、その効果は時間とともに薄れていってしまうことも言われています。

では、お金を超えた何が幸せの持続に繋がるのでしょうか?

非地位財という、「他人と比較しない財」を得ることが幸せにつながります。その一つとして、自分自身の成長や進歩のため、自身の所属する会社や組織のため、などとして立てた目標に対し、努力をし、その目標を達成することが挙げられます。目標達成により得られる自己効力感や自己肯定感は、長期的幸福に繋がることが明らかになっています。また、目標達成有無にかかわらず、努力をした過程そのものが幸福に繋がるという報告もあります。

脳をトレーニングする

持続的に幸せだと感じることと、非地位財に関するポジティブな出来事に直面した時に発生する一時的な幸福はお互いを強化しあう関係があります。実はこの、長期的と一時的、両方の幸福には、脳の中で共通の場所(吻側前部帯状回)が関連しており、長期的な幸福は吻側前部帯状回の体積に関係して、一時的な幸福は神経活動に関係していることがわかりました。

最近の研究で、脳は筋肉と同じように、鍛えれば鍛えるほど特定の脳領域の体積が大きくなることが分かっているので、楽しい過去の記憶の想起や、明るい未来を想像するといったトレーニングにより、持続的な幸福が増強する可能性もありそうです。

<参考文献>
・Jebb, A.T., Tay, L., Diener, E. et al. Happiness, income satiation and turning points around the world. Nat Hum Behav 2, 33-38 (2018).
・Kahneman D, Deaton A. High income improves evaluation of life but not emotional well-being. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Sep 21;107(38):16489-93. doi: 10.1073/pnas.1011492107. Epub 2010 Sep 7. PMID: 20823223; PMCID: PMC2944762.
https://www5.cao.go.jp/keizai2/manzoku/pdf/report04.pdf
・Janina Larissa Bühler, Rebekka Weidmann, Jana Nikitin, Alexander Grob. A Closer Look at Life Goals Across Adulthood: Applying a Developmental Perspective to Content, Dynamics, and Outcomes of Goal Importance and Goal Attainability. European Journal of Personality, 2019; DOI: 10.1002/per.2194
・Matsunaga M, Kawamichi H, Koike T, Yoshihara K, Yoshida Y, Takahashi HK, Nakagawa E, Sadato N. Structural and functional associations of the rostral anterior cingulate cortex with subjective happiness. Neuroimage. 2016 Jul 1;134:132-141. doi: 10.1016/j.neuroimage.2016.04.020. Epub 2016 Apr 13. PMID: 27085503.