#ワークマン女子、オープン前に社内から酷評が殺到
2020年10月、「ワークマン」が運営する「#ワークマン女子」1号店がJR桜木町駅前の商業施設「コレットマーレ」にオープンした。カラフルな店内にはバラをあしらったディスプレーやフォトスポットもあり、同社の象徴ともいうべき作業服は置かれていない。ちなみに店名の頭に“#”をつけたのはSNSとの親和性を意識したからだ。
「開店に向けて、男性社員が責任者となり準備を進めていました。途中で女性の意見も聞こうということで企画畑などの社員に答えてもらったところ、超のつく酷評でした(笑)。例えば、フォトスポットで顔を隠すための熊のぬいぐるみがかわいくないとか、インスタグラムに投稿するには縦の画像が必要なのに横の画像をつくってしまったといった具合。それならいっそ女性に任せてしまおうと。結果的に、それが大成功に結びついています」
こう話すのは、ワークマン専務取締役の土屋哲雄氏。実は彼こそがワークマンの新しい市場を切り拓いてきた立役者と言っていい。三井物産に30年以上勤め、2012年に創業者で叔父でもある土屋嘉雄会長(当時)に乞われて同社の経営に参画した。還暦直前での常務取締役CIO(最高情報責任者)就任である。
入社早々、「何もしなくていい」と言われる
当時、ワークマンは創業してから30年。高品質・低価格をポリシーに順調に業績を伸ばし、作業服の分野ではニッチトップの地位にいた。競合らしい競合もなく、ブルーオーシャン戦略を展開できる優良企業といってよかった。だから、土屋氏は嘉雄会長から「うちはいい会社だから、何もしなくていい」と言われた。
「最近では“働き方改革”が取りざたされていますが、ワークマンはもともと働きやすい会社でした。圧倒的なナンバーワンなので、社員もガツガツしなくてすんだのでしょう。押しつけられた目標もありませんでした。その背景には、数字はストレスになるという考え方があり、あえていえば頑張らない企業文化だったのです。冗談のような話ですが、その頃は在庫データすらありませんでしたから(笑)。そこで私は社員教育に取り掛かろうと考え、とりあえず8月からエクセルを使ったデータ研修をはじめました」
トップダウンの会社だった
入社後4カ月、土屋氏にはワークマンがトップダウンの会社だということが見えはじめていた。と同時に、同社の成長の限界もはっきりと感じられたのである。現状の経営戦略のままだと2025年に1000店舗、売上高1000億円に達し、そこで頭打ちになってしまう。だからこそ、いま手を打たなければジリ貧になってしまう。
土屋氏が採用したのが、全社的「データ経営」と、これまで以上に「しない経営」を推進することだ。前者はデータを活用することで経営陣と社員が平等に議論できるボトムアップの雰囲気づくり。後者は第2のブルーオーシャンを発見し、客層を拡大していくためにワークマンらしさにより一層磨きをかけていくことにほかならない。
「現在はコロナ禍にしても、度重なる自然災害による損失発生にしても、これまでの経験則が役立ちません。AI(人工知能)もある時代に、あえてエクセルにこだわったのは社員一人ひとりにじっくり考えて、結論を出す大切さを知ってほしかったから。研修でデータリテラシーを高め、現場にある情報を正しく分析・判断して上司に伝えてくれということです」
改革への反発を解消した秘策
もちろん、慣れないパソコンに向き合うことについては、それまで経験と人脈で業績を積み上げてきたベテラン社員からの反発もなかったわけではない。だが、14年の「中期業態変革ビジョン」策定時にデータ分析の能力を人事制度に反映させ、一定の活用能力を部長への昇格要件にした。もっと驚くのは、会社がスキルアップを要求する見返りに、5年間で100万円のベースアップを約束したことだ。
「売上増を前面に掲げる会社はあっても、賃上げをコミットする経営者はまずいません。これは結構インパクトがありました。しかし、これから社内の改革をやり抜こうとするからには絶対に必要なことだったと確信しています。実際、その後のマネジャー以上の退職者はゼロ。皆さんが理解してくれたからでしょう」
経営幹部は極力出社しない
この間「しない経営」も着実に進んだ。土屋氏は基本的なスタンスとして「もしダメだったらやめればいい」と考えていたという。そんな彼が決断したことの1つが、社内行事や夜の付き合いをなくすこと。おそらく、女性社員たちは大歓迎したに違いない。パート募集にもその旨を明記すると、応募者数は4倍に増えた。
経営幹部は極力出社しないというのも意表を突く。会社で部下の顔を見ると、ついしなくてもいい指示を口に出してしまう。それらは往々にしてムダな仕事で価値を生むことはまずない。そんな考えから、極力出社せず現場に行くことを重視しているのだ。
女性社員の活躍が目立つワークマンプラス
こうした取り組みが成果として現れたのが、18年9月に大型ショッピングモールのららぽーと立川立飛に初出店した「ワークマンプラス」だろう。データ分析が方向性を示し、ワークマンらしさも損なわない一般向けのアウトドアウエアを扱う新業態のショップだ。このマーケットの規模は、土屋氏の試算では4000億円。まさに同社の新たな大海原になりうる。
「幸い、出だしから好調で、2年強で270店舗を数えるまでになりました。ここでは女性社員の活躍が目立ちます。従来のワークマンであれば製品は棚に並べ、ハンガーに吊るすだけでしたが、新たにマネキンを使ったりしています。ショップにデザインとアートが加味されたわけです。ショッピングバッグの上に製品を置くとインスタ映えするとか、まさに女性社員ならではのセンスを生かしてくれています。それまで隠れていた才能が頭角を現すようになりました」
それは「#ワークマン女子」により顕著だ。とにかく、これから伸ばしていく店舗形態なので、女性スタッフの成長が成否を握っているのは間違いない。土屋氏の入社当時の男女比率では1割にすぎなかった女性社員が、いまは2割に増え、明らかに現場の主力となっている。一線に立つ彼女たちの登用についてはどう考えているのだろうか。企業によっては管理職になりたがらない女性が多いことを嘆く人事担当者もいるが、その点にも一家言ある。
トップデザイナーは役員クラスの報酬
「現場のリーダーは男性が多いがバトンタッチしていこうと。冒頭で話しましたように、『#ワークマン女子』をつくったときにクーデターが起きたので(笑)、店舗作りは女性に代わり、男性を上回る成果を上げています。もともと、男女関係なくゼネラリストというよりスペシャリストとしての製品開発や店づくりのセンスを重視しています。いま、トップデザイナーは役員クラスの報酬を得ていますよ。下手にゼネラリストになると余計な仕事をするので……」
ムダな社員をゼロにする
土屋氏がひそかに決意しているのは“冗員”、すなわちムダな社員をゼロにすることだ。会社でがんばろうと決意して入社してきても、過重なノルマを与えられたり、得意分野を活かせない部署に配属されたりすれば、誰でも腐ってしまう。適材適所の人事ができれば社内の活力はアップする。
「自分の役割を見つけた社員が『それは私の仕事ではありません』と主張できるぐらいが理想。『それは会社の仕事ではない』と言えればもっといい。誰か休んだらカバーしようというのもいけない。休み明けの4日後にでも回答すればいい。それが『超しない経営』ということです。だから子育てしながらでも、在宅でも問題は起こらないはずです。10年、20年とかかるかもしれないが、期限を決めず気長に、かつ着実に進めていきます」