性の何がタブーになっているのか
遠藤さんは全国5カ所で、セクシャルマイノリティや、あるいはそうかもしれないと悩む若者や子どもが、安心して性のことをオープンに話せる場を展開している。頻度は地域によって異なるが、2、3カ月に1回~月1回程度。
一方、現役大学生である中島さんは、意図しない妊娠や性感染症など、性に関する問題で傷つける人、傷つけられる人を一人でも減らそうと、高校生の頃から性教育の活動を行ってきた。
日本では、学校や家の中で性の話をオープンに話せないのがふつう。いったい何がタブーになっているのだろうか。遠藤さんはこう話し始めた。
「性といっても様々なレイヤーがあり、様々な話題がありますが、セクシャルマイノリティやLGBTに関しては、そもそもそこに多様性があることがタブーになっていて、つべこべ言わずに男はこう、女はこう、と性に多様性があることを見えなくさせている可能性があります。話が勝手に進んでいって『ちょっと待って』と言えないという感じです」
オフィシャルな場面で性別を問う方法についても改善の余地があるのではないかと指摘する。何のために聞くのか、聞く側が目的を明確にして聞くことで初めて、「男」「女」にとどまらない多様で適格な答え方が生まれる。
「例えば旅館で女性だとおしゃれな浴衣を選べます、などサービスを提供するために聞く場合もあるし、病院で適切な医療を受けられるように聞く場合もある。これを聞いて、こう使いますということがわかれば、それに合ったかたちで詳しく答えることができるはずなんです」
「思春期になると異性を好きになる」と書く教科書について
中島さんは「性について話せる機会や学ぶ機会、知識を得る機会がすごく少ない。そこにタブーを感じる」と話す。学校での性教育にも物足りなさを感じている。
「教科書に『この年齢になると“異性”に関心を持ち始める』という風に教科書に書いてあったりとか、そういうところをもうちょっと考えてほしいと思いますね」
遠藤さんは中学校で授業をしたときのエピソードを話してくれた。
「先日、中学校で授業をしましたが、『思春期になると皆、異性を好きになると書いてある教科書についてどう思いますか』と聞くと、みんな、それはおかしいって。では何て書くのがいいか聞くと『人に興味を持つことがある、ないこともある』とか『私だったら十人十色って言葉を載せたい』とか、みんなけっこう考えて書いてくれているんです。ですからこうした機会を増やして考えてもらうのはいいことかなと思いました」
性別や性の在り方を勝手に決めつけない
遠藤さんは、性がタブーになっているのは子どもたちの間でも同じだと指摘する。
「自分がLGBTであるとか、そうかもしれないということは、学校や家の中で子どもたちはオープンにしゃべれません。ですが、“にじーず”に来ると、話しても『ああ、そうなんだ』という具合に別に驚かれたりしない。子どもたちにとって安全な場所にするために“性別や性の在り方を他の人が勝手に決めつけない”というルールがあるからです」
2人に共通しているのが、10~20代を対象にしていること。アイデンティティの向き合い方が難しいこの年齢の若者たちと関わるとき、二人はどんなことを大切にしているのだろうか。
「その子の感じていることが、どうやったら尊重されるのかなということはいつも考えています。自分の考えていることや、何がイヤで何が好き、自分はどうしたいのかといったことを言語化するのはけっこう難しいんです。自分でやってみて、友だちのリアクションを見てわかることもある。すぐには答えが出ないことだから、その子なりに探るというペースを大切にしたいですね。
来てくれた子たちの感想で興味深いのが、『同年代でもさまざまな人がいることを目の当たりにしたことで、自分がどんな人間なのかを決定する必要はないと教えられた』というものです。にじーずに来たら、自分が同性愛なのかバイセクシャルなのかなどを決めなきゃいけないと思っている子が結構いるんです。でも参加しているうちに、決めても決めなくてもいいし、どの道自分は自分なんだということがわかってくるわけです」(遠藤さん)
わからないことは大人がアドバイスするのではなく、「あの子に聞いてみたら」と子どもたち同士のコミュニケーションで解決できるのがいちばんいい、と遠藤さんは力を込める。
母親がコンドームを見つけて激怒
中島さんが大切にしているのは「いつでも来ていいよ」ということ。
「悩んでいるのは、あなただけじゃないし、性の知識が得られるところや性の相談ができるところ、頼れるところはいっぱいあるということを伝えたいですね」
そして、自分の性とアイデンティティについて、中島さんは改めて自身の経験について話してくれた。
「私自身、高校生のときに自分の使っていたコンドームを母親に見られて、めちゃくちゃ怒られたことがあって、それをいまだに引きずっているんです。そのときに、もし母親が『私がいるから、もし何かイヤなことがあったら、いつでも相談してね』と言ってくれたり、改めて性について話し合う機会を設けてくれたりしたら、そこで私も性に対する印象が変わったし、これほど引きずることもなかっただろうと思います。常日頃から性について話し合う必要はないけれど、いざとなったら相談できる人なんだよということを大切な人に伝えるのは大事かなと思って、自分でも実践しています」
コンドームは自分の体を守るための選択肢として使っているもの。だから怒らないでほしかったという。
性について、もっと学びたい場合は
これから性教育の勉強をしたい、知識を得たいという人は、どんなふうに学べばいいのだろうか。遠藤さんのおすすめは、学会のイベントに参加することだ。
「GID(性同一性障害)学会は、法律学者や心理学者、外科医など、いろいろな人が集まって、それぞれの研究分野の成果を発表していて面白い。もちろん当事者もいます。日本性科学会も、同じようにいろいろな分野の人がいっしょに考えていて興味深いですよ」
中島さんは性教育を学べる専門機関を教えてくれた。
「やはり産婦人科や助産師の方が性教育を担当している場合が多いので、大学なら看護学部や医学部で学べるのではないでしょうか。私の場合は、公衆衛生の予防のひとつに性教育があると思っているので、公衆衛生の分野で研究しています。またジェンダーもからめるなら、社会学系でもいい。日本家族計画協会では、思春期保健相談士という資格もとれます。私もこれからとろうと思っています」
“性のタブー”をテーマにしたセッション、最後は遠藤さんの言葉でしめくくった。
「新しい情報を知ることで、自分が変わって周りの付き合い方も変わると思うので、性をタブーにせず、もっとみんなで話せる場所があるといいですね」