熱心な指導で後輩に泣かれ、人それぞれの仕事観を知る
デパートでハイブランドのバッグやアクセサリーが飛ぶように売れ、人気ブランドのセールでは開店待ちの行列ができる。そんなファッション業界盛況の1988年、坪田紅さんは東武百貨店に入社した。大好きなデパートで働けるのが楽しくて「最初は“腰掛け”気分だった」というが、売り場での仕事ぶりが認められ、4年後、池袋本店が売り場を拡大し日本一(当時)の巨艦店となったタイミングでインポート雑貨売り場のリーダーに。しかし、いわゆる“バブル入社組”として入ってきた後輩への指導でつまずいたという。
「私はもともと思い込みが強く、気負ってしまいがち。リーダーになったからにはきちんと指導しなければという思いで、指導の仕方に熱が入りすぎてしまいました。それが強すぎて、後輩に泣かれてしまったんです。私としてもショックでしたね。それに、後輩たちは人数が多いので、『これは新入社員が初めに覚える仕事』と教えても『そんなの、気づいた人がやればいい』と全員で反論されてしまう。多勢に無勢という状況になり、チームマネジメントがうまくできませんでした」
自分が仕事優先の生き方でも、部下や後輩はそうではない場合も。仕事は給料をもらうためのものと割り切りプライベートを優先する人もいる。このギャップは管理職になると誰もが直面する壁かもしれない。
「職場ではみんなで同じ目的に向かって動かなければならないけれど、ひとりずつ人生観と仕事観は違う。だから、こちらから後輩に歩み寄り、話し合っていくしかないんですよね。たとえ相手と価値観が違っても、『あなたを理解しようとしている』ということは伝えるようにしています。コミュニケーションに正解はない。逆に、正解があると思ってしまうと、苦しいのだと思います」
自身も多忙ゆえに父親の介護がうまくいかず私生活との両立に悩んだことも。離職も考えていた37歳のときに父親が亡くなり、そこで仕事をして生きていく覚悟を決めたという。婦人服部に異動し、やる気満々で新しい仕事に臨んだが、基本的な知識が足りないことに気づき、洋裁の教室で洋服の基礎を学んだ。
「いつもそうなんですよ。辞令が出てからアタフタと勉強する(笑)。おそらく上の人には『坪田は、こちらが言ったら、なんとかして頑張るから』と思われていたのかも」
20年前のアパレルは男社会。データを示して信頼された
40歳目前でバイヤーに抜てきされ、アパレル業界も男性社会であることを思い知らされた。20年前の当時は「女性はアシスタント」と見なされ、取引先に悪気はなかったものの、先入観によって展示会に案内されないことも。相手にしてもらえないのは自分に力がないからだと落ち込んだ。
そのとき、社内のファッションアドバイザーが助言をくれた。「取引先の人たちは女性に慣れていないんだから、実績をつくらなきゃ」と言われ、「自分がダメなのではなく、女性だからなんだ」と気づいて奮起。販売員や顧客の生の声を集め、百貨店バイヤーにしかできない分析を作って取引先に見せ、プレゼンした。
「それを続けていたら『坪田さんは数字でくるから、いやだね(笑)』と言われたぐらい。でも、それでようやく認めてもらえました」
男性より劣っている部分は人一倍努力し、残業もして実績をつくった。しかし、パンフレットの校正ミスで取引先に激怒され「あなたは信用できない」と言われてしまったり、売れると思って発注した商品がまったく売れなかったりと、胃が痛くなることも。逆に、ブランドに何度もかけあって販売にこぎつけたオリジナル商品がヒットするなど、バイヤーとしての酸いも甘いも味わった。
売れたとしても自分の力じゃない
「失敗と成功は同じ数ぐらい(笑)。バイヤーになりたての頃は例によって『私がなんとかしなきゃ』と気負っていたんですが、続けていくほど、周囲に感謝することを覚えました。売れたとしても自分の力じゃない。商品を作ってくれる人、販売してくれる人あってのことですから」
震災のあった2011年以降、アパレル業界が苦戦する中で婦人服の商品責任者、営業の部長職、出向を経ての広報部長、そして執行役員へと大きくキャリアアップしてきた。
「部長になったときは、女性がひとりだけなので、断崖絶壁に立たされたような気分でした。それまでが無計画すぎたのかもしれませんが、常に目の前の仕事にベストを尽くすことで、いつのまにかトンネルを抜け、結果は忘れた頃に付いてきた」
がむしゃらに、だが、出世欲はなくここまで来たという坪田さん。「より良く働くことがより良く生きることだと思ってきました。今は役員だからというより、会社員生活も終盤に入ったので、会社と後輩に何かを残したいという気持ちが強くなっています」と語る。その利他的な精神こそが、周囲の信頼を集めてきた一番の理由かもしれない。
■役員の素顔に迫るQ&A
Q 好きな言葉、座右の銘
「あきらめたらそこで試合終了」
漫画『スラムダンク』に出てくる有名なセリフ。「作品自体は読んだことがないのですが、この言葉は好きです」
Q 趣味
美術館巡り、ライブ鑑賞
Q ストレス解消法
ヨガ、合唱
Q 愛読書
フィリップ・デュマ著『はじまりもなくおわりもなく』
Q Favorite item
リバティプリントの手帳
「仕事中も女子の気分を大事にしたいので、花柄のものを愛用しています」