「私の能力、社外で通用しないのでは?」ひとつの会社でコツコツとキャリアを積み上げてきた人の多くが抱える不安だろう。冷凍食品大手「ニチレイ」に19年間務めてきた富永亜矢さんもその一人だ。富永さんは、会社の外で「プロボノ」としてNPOと関わり、他流試合に挑む中で、自分の力を試して不安を払拭ふっしょくできたと語る。
富永亜矢さん
写真=本人提供
富永亜矢さん

同じ会社で19年、「この先やっていけるのか……」という不安

富永さんは、新卒で入社以来15年以上財務・経理の経験を積み、人事総務部に異動して3年目になる。「財務や経理で多くの経験を積んできたけれど、もう頭打ちになっているかも……」と感じていたタイミングでの人事部への異動だったが、人事パーソンとしてはゼロからのスタート。「社歴は長いのに、目の前の仕事に手いっぱいで、時間があっという間に過ぎてしまう」という焦りや、「人生100年時代といわれる世の中、この会社しか知らない自分がこの先何十年もやっていけるだろうか……」という不安を抱えていたという。

こうした悩みを抱えたとき、多くの人は、新しいスキルを学んだり、ビジネススクールに行ったりするかもしれない。しかし、ここで富永さんが目を向けたのは、職業上のスキルや専門知識を生かして行うボランティア活動「プロボノ」だった。

「会社のための試み」が「自分のための活動」に

会社で社員研修を担当していた富永さん。「研修にプロボノを取り入れてはどうか」というアイデアが社内で上がったことから、試しに、支援を必要とする団体とプロボノ希望者をマッチングするNPO法人、サービスグラントによる、企業向けプログラムに参加した。「会社のために」と参加した活動だったが、経験してみると自分自身へのプラスも大きかった。そこで「もっと続けてみよう」と個人で参加することにしたという。

そして、昨年(2019年)5月から12月の約半年間、NPO法人コモンビートを支援するプロジェクトに参画した。

コモンビートの「A COMMON BEAT ミュージカルプロジェクト」
コモンビートの「A COMMON BEATミュージカルプロジェクト」(写真提供=コモンビート)

コモンビートは、表現活動を通じて個々の個性を引き出し、多様な価値観を認めあえる社会づくりを目指す団体だ。主軸事業は、年齢・職業・性別・国籍など、異なるバックグラウンドをもつキャスト100人を公募し、100日間で、異文化理解をテーマとしたミュージカルを作り上げるという「A COMMON BEATミュージカルプロジェクト」。富永さんは、人事総務部に所属して人材育成に関わっていたこともあり、ミュージカルを通じた人の変容をテーマとする同団体に関心を持ち、この団体の支援プロジェクトへの参画を希望した。

見ず知らずの6人が協力し、NPOの事業を評価

富永さんらプロボノチームに託されたのは、ミュージカルプロジェクトの事業評価だ。コモンビートでは、本来、手段であるはずのミュージカルにばかり注目が集まってしまい、目的である「個性が響きあう社会の実現」の発信力が弱いという悩みを抱えていた。また、ミュージカル参加者も、公演後に団体の支援を続ける人は一部の人に限られていたという。そこでプロボノチームには、人びとがミュージカルに参加することでどのように変化・成長しているか、社会的にどんな効果・成果をあげているかを「見える化」して事業評価を行い、報告書としてまとめることが求められた。コンサルティング会社がビジネスとして請け負うようなレベルの、歯ごたえのあるプロジェクトだ。

コモンビートのプロジェクトに参加したプロボノメンバーとの初ミーティング。中央手前が富永さん
コモンビートのプロジェクトに参加したプロボノメンバーとの初ミーティング。中央手前が富永さん(写真提供=サービスグラント)

富永さんは、大手メーカーや情報産業など業界もバラバラ、デジタルマーケティングや営業支援など職種もバラバラの20~50代の人たちと、6人のチームでこのプロジェクトに取り組んだ。人の成長や変化、社会に与える影響をどう計るのか。明確な正解がないものを探ることになるため、議論し始めると話は尽きない。「チームとしての結論を期限内にまとめて、支援先に納得してもらえる形にするとのはとても難しかった」と富永さんは言う。

「意見がぶつかっても大丈夫なチーム」をどう作るか

会社や職種、バックグランドが異なる6人が、本業の合間を縫って集まり、限られた期間内にアウトプットを出すのは、簡単なことではなかった。特に大変だったのは、スケジュール管理とコミュニケーションだ。富永さんがコモンビートのプロボノに割いた時間は平均で週5時間程度。普段はSlackなどのオンラインツールを使ってやりとりし、週1回程度、オンラインやリアルで打ち合わせを行いながら進めた。

コモンビートのスタッフとプロボノとのキックオフミーティング。右から3人目が富永さん
コモンビートのスタッフとプロボノとのキックオフミーティング。右から3人目が富永さん(写真提供=サービスグラント)

ただ、時期によって波があり、支援団体への中間報告や最終報告の前は時間が必要になる。特に会社で人事の仕事が忙しくなる下半期は、プロボノも最終報告を控えた佳境と重なり、「ちょっと泣きが入った」とのこと。それでも、メンバーそれぞれがあらかじめプロジェクトの最初に繁忙期を宣言するなどの工夫をし、お互いをカバーしながら乗り越えた。

それぞれ異なる会社の文化を背負うメンバーが集まると、ミーティングの進め方一つとっても、想定しているものが違う。アジェンダをどう決めるか、資料をどう作るかについても、それぞれイメージしているものが異なるが「自分の会社の常識が、ほかの会社の常識ではないというのがよくわかりました」と富永さんは語る。

さらに富永さんらのチームでは、初顔合わせのときに、メンバーの中のプロジェクトを統括する役割の「アカウントディレクター」の発案で、互いの価値観を知るワークに時間を割いたそう。それが心理的安全性の醸成に繋がり、意見がぶつかっても大丈夫なチーム作りにつながった。「意見がぶつかり合うことをいとわず、お互いの考えを汲み取ろうとする雰囲気があったからうまくいったと思います」というのが富永さんの感想だ。

「学ぶ」だけでなく、成果を上げて感謝される

成果を出せれば支援先団体に喜んでもらえるだけでなく、その団体が取り組む社会課題の解決にも寄与することになる。さらに、支援先から評価され、感謝されるという経験は、「自分のスキルや経験が、会社の外でも通用するのだろうか」という不安を払拭してくれる。「それに普段の仕事では、あまり人に感謝されることがないので、『ありがとう』と言われるのは本当に嬉しいんですよね」と富永さんは笑顔を見せる。

最終提案では、ワークショップも実施した
最終提案では、ワークショップも実施した(写真提供=サービスグラント)

最終提案では、事業評価報告を行ったうえで、評価を基にした改善視点を出し合うための3時間にわたるワークショップを実施。将来の新プロジェクトや、参加者の継続的な参画を促す仕組み作りにつながるたくさんのアイデアが得られたという。コモンビートからは、「自分たちの考えを整え直せた」「プロボノはもう身内みたい」という感想があがった。

富永さんは、「支援先団体の生命線に関わるところでアウトプットを出さなくてはならないので大変でした。でも、資格取得やビジネススクールのようなインプット型の学びとは違った自信や満足感が得られました」と話す。

プロジェクトの後も、支援先団体のコモンビートとの関係は続いている。富永さんらプロボノチームは、新型コロナ禍のためミュージカルなどの表現活動が制限される中、活動をどう進めるべきかなどについて、相談を受けたりしたという。

会社ではできない、未経験の分野・役割に挑戦

「自分のスキルや経験を生かしたボランティア」というと、かなり専門的なスキルや、特定の分野での長い経験が必要ではないかという印象を受けるが、「定量分析などのテクニカルなスキル以上に、きちんとコミュニケーションを取り、議論を発展させていける力や、支援先の団体の課題にどれだけ関心を持てるかの方が大切」というのが富永さんの実感だ。「社会人経験が数年程度でも十分貢献できる」と強調する。

一方、簡単に異動や転職などがしにくい本業に対し、プロボノにはその時々で自分の関心事に近いテーマや役割を選ぶことができるという気軽さもある。

最終報告会後、コモンビートのスタッフとプロボノメンバー
最終報告会後、コモンビートのスタッフとプロボノメンバー(写真提供=サービスグラント)

富永さんの場合、最初は人事に携わる立場から「人の成長や変容」を促すコモンビートの活動に興味を持ち、業務分析を行う「ビジネスアナリスト」の役割でプロジェクトに参加した。コモンビートのプロジェクトを通してますますプロボノの可能性を感じるようになった今はサービスグラントの、支援団体とプロボノのマッチングシステム「GRANT」に関するマーケティング調査プロジェクトで、スケジュールを管理しながらプロジェクト全体を円滑に進行させるチームリーダー「プロジェクトマネジャー」を務めている。

マーケティング調査もチームリーダーの役割も、富永さんにとっては新たな挑戦だ。「会社と違い、職位や上下関係のない人たちの中でどうやってチームビルディングをすればいいのかは、大きなチャレンジです。また、本業ではマーケティングの経験がまったくないので、すべてが学びになっています」と話す。会社ではなかなか経験できないポジションや業務にチャレンジしてみる機会として、うまく活用しているようだ。

プロボノから企業が学べることがある

富永さんは語る。「リーダーシップというと、『一人でチームを引っ張っていく力』と考える人も多いかもしれません。でも最近は、誰か1人がリーダーシップを発揮するのではなく、チームメンバー全員がそれぞれでリーダーシップを発揮する『シェアド・リーダーシップ』が重要だと言われます。職位や指揮命令系統がないチームで、短期間に成果を出さなければいけないプロボノは、まさにシェアド・リーダーシップを発揮しないとうまくいかない活動。実地でそうした体験ができるのは、プロボノに参加する大きな意義だと思います」

企業のような人事評価や給与などのインセンティブがないプロボノで、協力して高いアウトプットを出すには、一人ひとりがやりがいを持ち、楽しく参加するための仕組みが必要だ。富永さんは、こうしたプロボノの活動をヒントに、社内でも、社員の働き甲斐を高めるための施策として、新たな取り組みを始めたという。

全社的に希望者を募り、役職や所属部署を超えた数人のチームを作ってもらい、それぞれが考えた3~6カ月のプロジェクト活動を行ってもらうというものだ。社員との信頼関係の構築を目的とした経営者を囲むスモールミーティングを開催する活動や、社会貢献活動などを通して仕事を見つめなおす機会を模索する活動など、すでにいくつかのプロジェクトが生まれているという。

プライベートでは、新たな目標を見つけた。「NPOの多くは、ヒト・モノ・カネのすべてが不足しているうえ、課題の優先順位がなかなか整理しきれていないのではないかと思いました。そうした悩みは、中小企業と似ていると気付きました」(富永さん)。これまでの会社での経験に、新たなスキルを加えたら、もっと困っている組織・団体に役立つのではないかと考え、中小企業診断士の資格の勉強を始めたのだ。

自身のスキルアップを考える上でも、会社で成果を出す上でも、プロボノからさまざまなヒントを得ている富永さん。「本当にプロボノに感謝なんです」と笑顔を見せ、会社の中でも外でも、多くの人がプロボノを経験できる機会が増えるような活動もしていきたいと展望を語った。