新卒で入社し、30代半ばで東京におけるたった一人の広報部員になった鈴木久美子さん。以来、広報一筋に歩み続け、現在は国内外の広報活動を統括する立場に。だが、順調そうに見えるキャリアの裏では、ずっとモヤモヤした感情を抱えていたという。大学院での学び直しを経てわかった“謎のモヤモヤ”の正体とは──。

上司評は「広報なのに暴言失言多し」

日本サンスターグループで初の女性役員が誕生したのは2014年。女性3人が第1期生として役員に昇格し、鈴木久美子さんもその一人としてグループ会社の取締役に就任した。そして、4年後にはサンスターの広報担当執行役員に。

サンスターグループ コーポレートマネジメント アジア-日本ブロック執行役員 鈴木 久美子さん(撮影=小林久井)
サンスターグループ コーポレートマネジメント アジア-日本ブロック執行役員 鈴木 久美子さん(撮影=小林久井)

現在は広報活動のほかグループのサステナビリティ活動も担っており、そのコメントが「サンスターの言葉」としてメディアで取り上げられることも少なくない。

「広報になった頃は、私のコメントが名前入りで記事に掲載されることにびくびくしていました。これって言ってもよかったのかな? と後から反省してばかりで、上司にも『広報なのに暴言失言多し』と言われていましたね。でも、そこは今も変わっていないかも。私のコメントで社内がざわつくこともたびたびです(笑)」

サンスターに入社したのは1983年、男女雇用機会均等法の施行より前のこと。当時、短大卒の女性は事務職採用が一般的で、鈴木さんも東京の人事・総務部門の補助業務からキャリアをスタートした。男性社員にお茶を淹れたり、上司の灰皿を洗ったりということも経験したが、仕事自体はとても楽しかったという。

当時の上司は、部下がやりたいことをやらせてくれるタイプで、鈴木さんも入社案内の制作を通して、自分のアイデアを形にする楽しさや評価される喜びを知った。この時期に知った「働くことの醍醐味」は、今も自分の原点になっていると振り返る。

社内をざわつかせた「結婚ではない転勤」

ところが6年が過ぎた時、秘書室に異動になり、あらためて「自分は何かを生み出す仕事がしたいんだ」と気づく。今とは違う仕事がしたいと上司に訴えたが、サンスターの本社は大阪。鈴木さんが勤務していた東京オフィスには職種の選択肢があまりなく、勧められたのは大阪本社にできた新しい部署だった。

「社員福祉組織の設立に携わる仕事で面白そうだったので、じゃあ大阪に行きますと。普通は転勤って大きな決断なのかもしれませんが、私はあまり深く考えていなくて、どこで働いても一緒かなと思ったんです。ただ『新しい仕事ができる』という思いだけで転勤を決めました」

とはいえ、結婚ではない理由で女性が転勤するのは、社内ではほぼ初のこと。鈴木さんは「赴任先で皆に驚かれたことに驚いた」と笑う。

社内行事の稲荷祭にて。(写真提供=本人)
2016年、サンスターの社内行事「稲荷祭」にて(写真提供=本人)

こうしたマイペースなところや、自分の思いに対して正直に、素直に行動できるところは大きな強みだろう。実際、この行動は後に続く女性社員たちに、結婚ではなく希望する仕事のために転勤するという選択肢を与えるきっかけにもなった。

大阪での仕事は楽しかったが、2年が過ぎた頃、生まれ育った関東へ戻りたいと思い始める。タイミングよく、会社は東京オフィスにも広報部員を置こうとしていた。鈴木さんは上司に勧められ、東京ではたった一人の広報部員として新たなスタートを切った。

「多少の失言では会社は傾かない」上司からの励ましで成長

当時は広報について何の知識もなく、協業していたPR会社の女性社長に一から育ててもらったという。この時教わったことは、今も大事な心構えとして胸に刻んでいると語る。

「広報は、広告を含めた企業のコミュニケーション活動全体を俯瞰する目線と、対応力や情報力を含めた“人間力”が問われると教えてもらいました。広報のイロハを教わり、早いうちに自分の役割が腑に落ちたので、本当に恵まれていたと思います」

同時に、大阪本社広報室の上司からも多くのことを学ぶ。上司は、メディア対応にびくびくしていた鈴木さんを「取材で多少失言しても会社は傾かないから大丈夫」と励まし、記者が何を知りたいのかをよく考えて誠実に答えること、そのためにも事前に入念な準備をするようにと指導してくれた。

この時期は多くのことを学び、自分の成長を実感できた時期でもあった。加えて、企業広報は会社と社会をつなぐ仕事。鈴木さんにとっては、会社と社会のどちらにも寄り過ぎない“中間の立ち位置”が心地よく、「広報って楽しいな」と充実した気持ちで働いていた。

男性同期が次々昇進する中で、一大決断

しかし、40歳が近づくにつれて自分のキャリアに悩み始める。仕事にも慣れてそこそこ楽にこなせるようになり、成長を感じることが少なくなった。しかも男性の同期が次々と幹部になっていく中、自分はまだ一社員のまま。

「私の行き先はどこなんだろう、この先どう成長していけばいいんだろうってモヤモヤし始めたんです。この状況を変えたほうがいいと思って、一時は転職も考えました」

当時はまだ男性社会の側面が強く、昇進も男性が優先。管理職試験はあったが、受験するには上司の推薦や一定の条件が必要で、同じ部署・同じ年齢なら男性が先に受験するのが当たり前だった。不平等だと感じても、長年の慣習はすぐには壊せない。鈴木さんが行き詰まったのも当然と言えるだろう。

だがここで、上司に「機会があれば受験してみたい」と伝えたのが功を奏した。上司が昇進試験に推薦してくれたのだ。とはいえ、心の底ではそれほど昇進したかったわけではなく、管理職になったら責任も重くなるし、人の育成も大変そう、という消極的な思いもあった。

鈴木久美子さんのLIFE CHART

それでも、モヤモヤした現状を打破するには昇進、異動、転職しかない。広報の仕事は好きだったため異動は考えられず、残る選択肢は昇進か転職だけだった。

非上場の記者発表で会社の最前線に立つ

41歳の時、管理職試験に合格して昇進。周囲に認められたことで、昇進前に感じていた悩みはある程度晴れたが、今度は管理職ならではの悩みがつきまとう。社内調整にかかる気苦労、部下を持つことの大変さ、このままこの会社で幹部として生きていくのかという迷い。鈴木さんは、またしてもモヤモヤ期に突入したのだった。

それが晴れたのは44歳の時。会社が株式の非上場(経営陣と従業員による自社株取得)を決め、鈴木さんは広報としてこの大きな経営判断の記者発表を担当することになった。

「非上場」という衝撃的な内容だけに、ネガティブな伝え方をすれば会社のイメージを損ないかねない。これまでにない緊張感の中、育ててくれた人たちの言葉を思い返しながら、夜を徹して準備に取り組んだという。

「この難題を乗り越えたことが大きな自信になりました。会社の最前線に立つことでこんなに自信がつくんだと気づくと同時に、チームワークの重要性も体感できました。これをきっかけに、将来は私がサンスターの広報部を引っ張っていきたいと心に決めたんです」

大学院と執行役員を両立する中で見えてきたもの

目指す場所がはっきり見えたことで、これまでのモヤモヤはすっかり晴れた。そして49歳の時、会社に抜擢されて広報部長に昇進。自身の先行きに悩み始めてから10年後のことだった。

その後、鈴木さんのキャリアはますます伸びていく。会社が女性登用を進め始めたことも後押しになり、グループ会社の取締役に就任。50代半ばには広報のグローバル展開の一環としてシンガポールでの国際交流イベントを大成功に導き、さらに自信をつけた。会社からの評価も高まり、翌年、サンスターの広報担当執行役員に昇格する。

躍進を続けていたこの頃、実は心の中ではずっとキャリアのあり方を問い直していたという。自分は運よく広報としてキャリアを築いてこられたが、部下の中には会社と自分の意思が一致しないまま歩んでいる人もいる。会社員が、最初から最後まで自律したキャリアを築くにはどうすればいいのか──。

2018年日書展表彰式にて(写真提供=本人)
サンスターが協力する一大書道展「日書展」の表彰式にて(写真提供=本人)

そのうちに会社と個人の関係性を理論立てて学びたくなり、大学院でキャリアデザインを勉強しようと決意。入学後に執行役員に昇格したこともあり、仕事と勉強の両立には苦労したそうだが、それを補って余りある大きな気づきを得た。

「組織の中にいるキャリア中期の人、30代半ばから40代の人は『キャリア・ミスト』という心理状態に陥りやすいそうなんです。霧に覆われたように先行きが不透明な感覚にとらわれるのだと。それが学問として研究されていることに驚きました。私が30〜40代の時に感じていたモヤモヤはまさにこれだったのだと、パッと目が開かれた思いでした」

女性が考える理想のキャリアや理想の組織を提示していきたい

かつてのモヤモヤの正体がわかり、学び直しの効果を実感した鈴木さん。大学院での2年間はとても刺激的かつ充実した日々で、いくつになっても学び続け、人間力を高め続けなくてはと思いを新たにしたという。

今後の目標は、執行役員として自らが手を挙げてスタートしたグローバルでのサステナビリティ活動を牽引していくこと。さらに、個人としても明確な目標がある。

「自分の経験と大学院での学びを生かして、組織で働く女性のキャリア支援をしていきたいですね。女性が考える理想のキャリアや理想の組織を、社会に提示していけたらと考えています」

■役員の素顔に迫るQ&A

Q 好きな言葉
学びて思わざれば則ちくらし、思いて学ばざれば則ちあやうし(論語より)
「『学んでその学びを自分の考えに落とさなければ、身につくことはない。また、自分で考えるだけで人から学ぼうとしなければ、考えが凝り固まってしまい危険である』という意味です」

Q 愛読書
砂糖の世界史』川北稔
現代語訳 論語と算盤』渋沢栄一
十二国記』小野不由美

Q 趣味
読書、スポーツ観戦(サッカークラブ「鹿島アントラーズ」のサポーター)