映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の興行収入は、公開から24日間で204億円を突破し社会現象となりました。なぜこれほどまでに日本人を熱狂させるのでしょうか。心理カウンセラーで、マンガを使った講義・研修・セミナーが人気を博している井島由佳さんが、その背景を分析します。

※禰豆子の禰は「ネ」に「爾」が正式表記

疲れ切ったビジネスウーマン
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「鬼滅の刃」爆発ヒットの流れ、総おさらい

鬼滅の刃』は、呼吸と技と刀で鬼と対峙する戦闘シーンが印象的な吾峠呼世晴先生の大正剣戟マンガで、『週刊少年ジャンプ』に4年3カ月(2016年2月15日から2020年5月18日)にわたって連載していた少年マンガです。TVアニメ化されたのは、連載から3年後の2019年4月から9月の半年間で、TOKYO MXほか全20局で放映されていました。

TVアニメは深夜番組であり、東京ローカルと地方都市局の放映であり、いわゆる「全国放送」ではありませんでした。

しかし、配信プラットフォームは現在でも22媒体あり、有料・無料問わずアニメがいつでも観ることができる状態にあります。

コミックスは、2020年10月に22巻が発刊されており、コミックス累計発行部数が1億部(電子版含む)を突破しました。現在公開されている『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』は、TVアニメの続きであり、コミックス7、8巻部分の映像化です。映画の興行収入はヒットを計る指標の1つですが、コミックスの発行部数や売り上げも指標となります。【図表1】は、アニメ化直前から劇場版公開までのコミックス累計発行部数の推移です。アニメ化直前の2019年3月時点で累計発行部数が450万部であり、アニメ終了後には1200万部となりました。

『鬼滅の刃』コミックス累計発行部数推移
※集英社発表の発行部数を基に筆者作成

そして、現在の劇場版公開時である2020年10月時点で累計発行部数は1億部となり、アニメ化直前に比べると22倍強となっています。アニメ化により徐々に発行部数は上がっていきますが、顕著に上がり始めたのは「アニメ終了後」の2019年9月以降です。

コミックス6巻までがアニメ化された状態であり、その後の話はコミックスで読むという行動が表われています。

アニメ→コミックスの追随現象が顕著に

しかし、それだけで全体の極端な向上をみる訳ではなく、ここには配信プラットフォームの存在が大きいと考えられます。アニメ放送時に観ることができていなくても、何らかの配信プラットフォームによって観ることが可能となり、その後にコミックスを読むという追随現象が見られます。

アニメ終了後から週刊誌での連載終了月までの発行部数は5倍になっており、後追いでアニメ視聴→コミックス購読という流れが出来上がっています。アニメ終了後から劇場版公開までの約1年で、累計発行部数は8倍強となりました。

理不尽極まりない状況と閉塞感

累計発行部数が1億を超えているマンガは、4億の『ONE PIECE』をはじめ、2億を超える『ドラゴンボール』や『NARUTO』、『名探偵コナン』など長年連載を続けてきたものがほとんどです。

鬼滅の刃』は、わずか4年3カ月で連載終了としたマンガでありアニメ化も半年でしたが、短い期間で圧倒するヒットを遂げたことが判ります。

全てのマンガがアニメ化されたからといって爆発的なヒットとなるとは限りません。 そこには『鬼滅の刃』をヒットに押し上げた背景があります。

その1つはコロナ禍の状況が考えられます。

2020年2月22日、渋谷のスクランブル交差点をマスクを着けて歩く人々
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今年の3月以降は世界的に新型コロナウイルス感染問題が進行し、日本も理不尽な状況に苛まれて閉塞感が増していきました。『鬼滅の刃』のストーリーは、鬼という厄災に巻き込まれて生き死にを懸けて戦うものであり、理不尽極まりない状況が描かれています。

コロナ禍によって変化するどうにもできない理不尽さと『鬼滅の刃』の鬼という理不尽さを重ね合わせて見ることも後押しした背景であると考えられます。

しかし、それだけでもないと推察できるのは、過去に何か不幸が起こったときにはやっていたマンガやアニメが必ずしも爆発ヒットをしたとも限らなかったからです。

「大人」がハマった

注目したい背景のもう1つは、スマートフォンを日常的なツールとしている人たちが格段に増えている時代であることです。

これは、配信プラットフォームを多くすることとSNS戦略にプラスの影響を与えました。 『鬼滅の刃』のヒットは、従来の週刊誌購読者だけで支えられているものではなく、アニメ化以降の新たなファン層によって支えられています。それは、小中学生ではなく「大人」です。アニメ化がヒットのきっかけであったことは、累計発行部数からもわかります。

アニメが良かったから、週刊誌を読んでいなかった層がコミックスを購入するという流れが出来上がったのです。特に「大人」はコミックスも「おとな買い」をします。この新たな層の多くは、テレビ放送時のリアルタイムではなく配信でアニメを視聴しています。時折、特集を組んで一挙配信するプラットフォームもあり、スマートフォンでも観る機会が数多く得られています。コロナ自粛のときに一気に観たという人も少なくありません。

「いつでも、どこでも観ることができる」という状況を用意した戦略は、確実にファンを拡大させていきました。

アニメの製作と販売促進は、アニプレックスとufotable、集英社の3社によって行われており、それぞれのTwitterやInstagramにおける情報発信は連日投稿されています。

加えて、芸能人などインフルエンサーの『鬼滅の刃』ファンがTwitterを上げると話題となり、SNS上で目にすることが多くなりました。こうした情報は、原作コアファン→アニメファン→知らなかった人の興味拡大というバンドワゴン効果(話題になっているから気になる)をもたらしました。

数年前と比べてSNSを情報収集のメインとする人は増えており、一定層への情報発信はテレビCMよりも効果があると実証検証されている報告もあります。

そして、アニプレックス等はメインキャラクターの声優をMC起用して、インターネット番組やラジオ番組を配信しており、SNSでの幅広い情報拡散を得ています。

このように、現在ではスマートフォンを日常のツールとする層には、インターネットを通じた情報発信と配信がより効果を持つ時代となっており、短期間でヒットを遂げる背景の1つと考えられます。

熱狂してもよい土壌が出来上がった

「アニメ大ヒット」を根幹で支えたのは、やはり物語の素晴らしさであると言えるでしょう。わかりやすい設定で、共感できるキャラクターの背景が、子どもではなく「大人」をとりこにしていきました。

鬼、主人公たち、柱、キャラクターの家族のあり方が、物語が進むに連れて明らかになっていき、共感し感動しロールモデルとなっていきます。

友だち・兄弟・親など立場によってそれぞれの目線でこの物語を解釈していくのです。

そして、『鬼滅の刃』が親子や友人・知人間で共通の話題となり、家庭や職場、学校で話ができることも大きいと考えられます。熱狂していい土壌が出来上がっているのです。

反面くれぐれも、“キメハラ”には注意したいものです。

「鬼」に象徴される人間の弱さと日常のストレス源

物語の中心は、“鬼退治”ですが勧善懲悪ではなく、「悪い奴をやっつける」というダイレクトなものだけではありません。

鬼の背景を知ると、例えばるい猗窩座あかざ妓夫太郎ぎゆうたろう堕姫だき兄妹など鬼になってしまうことに共感できる鬼もいます。

また、個性的なキャラクターである鬼舞辻無惨や上弦の鬼たちの振る舞いは、身勝手で自己中心的に思えますが、自分たちとはかけ離れているのかと問われれば、同種の負の側面を持っていると言わざるを得ません。自分中心な考え方や憂い、空虚さ、怖れ、妬みなど、人間の持つ醜悪な部分が、「鬼」という存在に象徴されているに過ぎないことがわかります。

「鬼」の振る舞いはパワハラやモラハラ、自分勝手な様子で描かれており、実社会で経験する職場の人間関係の構図とも受け取れるのです。鬼は、元は人間ですから人間の弱さと身勝手さを表わし、反面で日常のストレスの元凶を彷彿とさせます。

鬼滅に救いと熱狂を求める人々

そして、主人公の炭治郎は鬼を斬りますが、常に慈悲の心を向けます。優しく、努力家で自分のためではないことで動ける人間です。善逸はいつも怖がりますが、恐怖を自己防衛で眠らせ力を発揮します。伊之助は粗暴な様子が、炭治郎たち周囲と触れることで成長していくさまが明らかになっています。

この3人とヒロインとなる禰豆子の4人の関係は、見事に役割分化しており、憧れる反面で、ほほ笑ましく応援したい気持ちを湧かせます。

9人の柱も物語の大きな存在です。主人公をしのぐ人気を見せる柱もいるほどであり、物語の序盤で出てくる冨岡義勇や劇場版で描かれる煉獄杏寿郎は良い例です。お館様を筆頭に、鬼を殲滅することに懸ける中心人物ですが、その背景を見るとマイナスから上がってきた人たちであることが解り、生きざまに心が動かされるのです。

そして、時折描かれる炭治郎の両親である炭十郎・葵枝、先祖の炭吉・すやこ、杏寿郎の母親瑠火、胡蝶しのぶの姉カナエ、伊之助の母琴葉、育手の鱗滝左近次・桑島慈悟郎などが、「親心」である慈愛や真の正しさを感じさせる様子が描かれており、親・子それぞれの目線で感動を得て心を揺さぶります。

鬼滅の刃』には、実社会から受けるダメージと人間の負の部分を鬼が象徴し、諦めず前向きに立ち上がるレジリエンス(再起力)、許す心、託す心、未来を捉える視点が描かれており、この両方が観る者・読む者の心をとらえ、それぞれの解釈で物語を堪能できるのです。

ある意味で懸命に「身勝手さ」を出す鬼と、「正しく生きよう」とする鬼殺隊の相反する姿が、どちらも人間らしさを感じさせ、観る者・読む者の心に触れます。

コロナ禍を含めストレス過多社会の世では、人々は「救い」を求め、「熱狂」する何かを求めます。その「救い」と「熱狂」が『鬼滅の刃』にはあるからこそ、人々の心つかんでやまないのだと考えられます。