役員以外は全員がフリーランスで正社員はゼロ。基本的に全員フルリモートで働き、会議もしない。そんなベンチャー企業が右肩上がりで急成長しているという。一見特殊な組織の成長の秘密に迫る――。

役員以外は皆フリーランス

多くの企業がコロナの影響で業績悪化に苦しんでいる中、急成長しているベンチャー企業がある。東証1部上場のユーグレナグループでヘルスケア事業を展開するMEJだ。自社で企画・開発した化粧品などのブランド商品をECサイトで直接消費者に販売するD2C(Direct to Consumer)企業であるが、コロナ前の2020年1月と比べた直近月売上高は約5倍、定期購入者数は約10倍と絶好調だ(ユーグレナの2020年9月期第3四半期決算)。

MEJ 古賀徹社長
MEJ 古賀徹社長

急成長の秘密は、D2Cというビジネスモデルはもちろんだが、商品開発や広告のブランディングなどを支える“人”の存在だ。じつは約30人の従業員がいるが正社員は一人もいない。役員を除く全員が業務委託契約によるフリーランスの「プロ人材」だ。

なぜ正社員ではなくフリーランスなのか。同社の古賀徹社長は「実績のあるプロ人材を活用することでビジネスを最速で立ち上げ、成長することができる」と言い切る。実際に商品開発・マーケティング、広告プランニング、CRM(顧客管理)、人事担当など複数の企業と契約しているプロ人材が勢ぞろいしている。基本の契約期間は半年間。成果を見て随時更新するがほとんどのメンバーが継続して働いているという。働き方は成果を明確にし成果にコミットする人材と、一定の職務をこなす人材の大きく2パターンに分類され、後者は週3日、月50時間程度稼働する。

全員が業務委託契約というのは日本企業では珍しい組織だが、じつはもともとは新卒の正社員を雇う普通の会社だった。なぜこの形態に行き着いたのか。

プロ人材が半数を超えたとき、社員の反発も

「最初は新卒採用にも力を入れました。良い人材を採るために大学3年の早期に内定を出し、その間内定フォローしながら入社までに丸2年もかかり、入社しても戦力になるには教育に時間がかかります。そういう状態で会社を運営していましたが、事業が伸び悩む時期が続き、成長軌道に乗るにはどうすればよいのか日々考えるようになりました。そんな時にプロ人材を紹介するサーキュレーションさんの「プロシェアリング」というサービスを利用し、2018年に業務委託で人材を迎えることにチャレンジしたのです」(古賀社長)

当時社員は15人程度いた。それでも新卒など正社員中心の会社に突然外から業務委託の人が割って入るのは社員の抵抗もある。それを緩和するために社員を採用面談に同席させて相手の実力を知ってもらう機会を設けた。

「この人どうかな、と聞くと、誰もが『優秀な人じゃないですか、ぜひ一緒に仕事をしたいと』と納得してくれました」(古賀社長)

しかし最初はそれでよかったが、プロ人材が半数を超えると社員の反発が広がった。

「せっかく人生をかけてこの会社に入ったのに、社長は社員を採る気がないんだと落胆し、去っていく社員もいました。その結果、従来の社員2人が業務委託契約に転換し、2020年には全員が業務委託になりました」(古賀社長)

プロ人材として働く魅力3つ

今ではプロ人材の活躍が事業の成長を支えているが、それにしても優秀な人材を簡単に獲得できるものなのか。古賀社長は「買い手市場だ」と言う。

「プロのフリーランスを積極的に受け入れている企業が少ないからだと思います。中途人材をヘッドハンティングした経験もありますが、口説くのに半年ぐらいかかり、しかも人材紹介会社経由だと年収の3分の1の手数料もとられます。しかし、プロのフリーランスは会ってから最短で1週間後には来てくれます」

しかも今はコロナの影響で働き方も一変した。出社の必要もなく、フルリモートの働き方も可能になった。

「テレワークが可能になり、首都圏以外に住む優秀な人も活躍の道が広がりました。当社にも東京以外で働く人がたくさんいます。出社するにしてもスーパーフレックスなのでいつ出社してもいいですし、どこで仕事をしてもかまいません」

その一人である澤田清恵さんはソフトバンクで13年間人事畑を中心に歩み、現在複数の企業の支援をしている人事専門のプロだ。その澤田さんは業務委託契約の魅力は3つあると言う。

「1つは社員であれば上に行くほどいろんな役割を期待されますが、(業務委託契約であれば)好きな仕事、やりたいことにフォーカスできることです。2番目は時間に縛られずに働くことができる。自分の生き方、暮らし方、働き方をデザインできるのが魅力です。3番目は仕事をクライアントから評価されることで自分のマーケットバリューを知ることができることです。自分に足りない部分があれば改善を繰り返して努力する学びも得られます」

MEJで働くフリーランスは6割が女性

驚いたことに同社で働く女性は澤田さんも含めて6割強を占めるという。

「化粧品会社で顧客管理の経験がある人、広告の運用、クリエイターも女性です。結婚し、子育て中の女性もいますし、産休・育休後に会社に戻りたくないので独立した人もいます。子どもが熱を出したとか、どんな事情であろうと自己裁量でいつ休んでもいいし、自分で決めることができます」(古賀社長)

こうした自由度の高い働き方も優秀な女性を引きつける魅力なのかもしれない。

同社の急成長の秘密は優秀なパートナーの存在だけではない。業務の効率化や迅速な意思決定などパフォーマンスを最大化するための「徹底した仕組み化」もその一つだ。たとえばあらゆる業務がオンライン上ですべて完結する仕組みを整えている。組織はヒエラルキー型ではなく、役員が各事業部のヘッドとしてPM(プロジェクトマネジメント)的役割を担うが、全社を貫いているのはメンバー全員による財務状況など会社のあらゆる情報の共有だ。

「各事業部のプロジェクトのデータなどの情報をすべて可視化しています。誰がどんな業務を担い、今どんな状況にあり、いつ頃終わるのかといった進捗状況もすべて見える化しています。さらに日々の意思決定を含む個別のチャットのやりとりも記入式にしてすべてオープンにし、誰でも見ることができます」(古賀社長)

Zoomを使わない理由

プロジェクトを進行するには意思疎通や意思決定などを行う「会議」も必要になるが、同社には会議がないと言う。

「会議の主な目的は意志決定と情報共有です。一般的な会議では多くの資料を事前に用意し、単に情報共有するだけになっています。それをなくしたいと思い、情報共有の仕組み化をオンライン上で実現している。残る意思決定は、すぐにやりたいものについてはWebのテレカン(電話会議)を多用し、それですませるようにしています」

ところで今では会議といえばZoomを使うが、同社ではZoomを使っていない。

「なぜならZoomの会議はあらかじめ参加者の日時を調整し、予約しないといけません。オフラインの会議と同じで日程が合わないと1週間先、2週間先になってしまう。また女性の中にはZoomだとお化粧したり、子どもが画面に出るので恥ずかしいといった煩わしさもあります。そこで相談や打ち合わせはSlackの電話機能を使って5分、10分のプチ会議を積極的に行い、必要に応じて意思決定をしています。Zoomを禁止しているわけではありませんが、うちでは必要ありません」(古賀社長)

Zoom会議はオフィスに一堂に集まる必要がないという利便性はあってもムダな会議もあり得る。同社はオンラインを駆使した見える化で情報共有し、電話で意思決定を図っている。とはいってもコミュニケーションの重要性はリモートワークでも変わらない。とくにコロナ禍で社員同士の何気ない会話がいかに大切なのかが浮き彫りになった。古賀社長が実践しているのが、メンバーとの電話での1on1だ。

週一の会議より毎日5分の電話が有効

「以前であれば週1回、あるいは月1回程度集まって会議をするのが当たり前でした。普通の会社では月1回、月次の報告会を開いています。しかし毎回数時間かけて行うよりも今は毎日の5分の電話での会話のほうが大事であることを実感しています。『昨日の進捗はどうですか』と、軽い感じで声をかけると『これちょっと困っているんですがどうしましょう』といった相談事も出てくる。何気ないフワッとした会話はじつはチャットでは出てこないし、電話だと話しやすいのです」

前出の澤田さんがまさに取り組んでいるのが生産性を高めるためのコミュニケーションマネジメントだ。

「今はオンラインのフルリモートで働いていますが、メンバー間のコミュニケーションを高める仕組みを開発し、個々の持つ能力が化学反応を起こし、シナジーを生み出すようにしたいと考えています。今後、プロ人材やジョブ型で働く人が増えてくると思いますが、優秀な人がMEJで一緒に働きたい、何かをやってみたいと思えるような仕組みをさらに進化させていきたい」と語る。

ウィズコロナ時代の中で従来のビジネスモデルや働き方も大きな転換点を迎えている。社員ゼロ、自立したキャリアを持つフリーランス人材の活用という同社のスタイルもその1つだ。