働き方改革や女性活用に取り組むワーク・ライフバランスは、新型コロナウイルスの感染が急拡大し始めた今年3月から緊急事態宣言が解除される5月までの間、霞が関の官僚たちの働き方について調査を行った。結果から見えてきた霞が関の「危機的な働き方」やその原因について、同社代表の小室淑恵さんに話を聞いた。

震源地の霞が関を変えないと、日本は変わらない

ワーク・ライフバランス代表の小室淑恵さん
ワーク・ライフバランス代表の小室淑恵さん(同社提供)

私たちが多くの民間企業の働き方改革を手掛けてきた中で、気づいたことがあります。それは、労働時間がどうしても減らない企業に共通しているのは、霞が関にある中央省庁と深い関わりがある業界が多いということ。国土交通省と関わりが深い建設業界、厚生労働省と関わりが深い医療業界……という具合に、行政とのやりとりが頻繁に発生する業界ほど労働時間が長い傾向があります。

民間企業は、自分たちでできる範囲の働き方改革は進めていますが、結局は効率化が進んでいない行政とのやりとりが大きなハードルになっています。金曜の深夜に来た依頼の締め切りが月曜日の朝だったり、大量の捺印が必要な書類やファクスのやりとりがあったり。さらに、行政とのやりとりが多いとその影響を受けて、社内にも同じようなヒエラルキーの文化のコピーを作ってしまう。そして下請け会社には、自分たちが行政から要求されたように、短納期を要求する傾向があるように思います。「震源地である霞が関を変えないことには、この国の働き方の文化が変わらないのではないか」と考えるようになりました。

約4割の残業時間が“過労死レベル”超え

まずは霞が関の現状を知る必要があると考えた私たちは、過去15年の間に自主勉強会などでつながりのできた、霞が関の国家公務員のみなさんに協力を仰ぎ、480人の若手官僚にアンケートを取って「コロナ禍における政府・省庁の働き方に関する実態調査」という報告書を8月に公表しました。

驚くほどの反響がありました。私自身が衝撃を受けたデータもたくさんあります。たとえば、緊急事態宣言が出され、外出自粛が求められる中で、回答者の約4割にあたる176人の残業時間が、“過労死レベル”とされる単月100時間以上でした。中には300時間超えたという人が5人おり、そのうち4人が厚生労働省の職員でした。

全体の単月の残業時間(3~5月の最繁忙月)
ワーク・ライフバランス「コロナ禍における政府・省庁の働き方に関する実態調査」より

また、議員が国会質疑を行う前に、意見交換や想定問答づくりを行うレクチャー(事前打ち合わせ)を行うことも官僚の主な仕事の1つなのですが、その際に「国会議員が官僚に対して、感染予防の配慮を見せていたか?」という問いには、実に回答の9割が「配慮なし」だったと答えています。緊急事態宣言下の外出自粛の中でもオンライン会議がほとんど使われず、直接面会してレクチャーを行ったりしていたというのです。

議員とのやり取りで、官僚の働き方の質を高めるための配慮を感じる変化が起きた
ワーク・ライフバランス「コロナ禍における政府・省庁の働き方に関する実態調査」より

自由記述欄には、「レクに行ったらマスクを外させられた」(厚生労働省40代、防衛省40代など複数)、「国会議員のレクのためだけに出勤せざるを得ない状況だった」(内閣府40代)、「3密の状態でのレクが常であった(15人以上が部屋に膝を詰めてレクを実施)」(財務省20代)、「順番のため事務所の前で密の状態で何十分も立ったまま待たされる。その揚げ句、議員からは、質問要旨に書いてある通りだけど質問ある? と聞かれるに過ぎず、特に質問がない場合はレク自体は5秒で終わる」(文部科学省20代)、「緊急事態宣言解除後は対面に戻ってしまった」(内閣府30代)……などのエピソードが書き込まれていました。

“ファクス約9割”の永田町が、霞が関をブラックに

ツイッターなどで特に反応が大きかったのは、国会議員とのやりとりについて「メールでなくファクスを使う」と回答した人が86.1%もいたことでした。もちろんファクスそのものが悪いわけではなく、場合によっては非常に便利なツールではあります。

議員とのやり取りがFAXからメールに移行した
ワーク・ライフバランス「コロナ禍における政府・省庁の働き方に関する実態調査」より

ファクスの一番の罪は、受信した紙を受け取る人が必要なため、誰かが出勤せざるを得ないところにあります。コロナ禍でリモートワークを進めるうえで大きな壁になりますし、働き方改革の足を引っ張る元凶ともいえます。

オンライン会議1回だけで「デジタル化」自慢?

今回の調査では、霞が関でデジタル化が進まない、働き方が変わらないそもそもの原因が、この“ファクス86.1%”を強いている国会議員のいる永田町にあったことがわかりました。

台湾然り、シンガポール然り、他のアジア諸国の新型コロナの対応はデジタル技術を駆使していました。技術力だけを比べると、日本はそう劣っているはずはないのですが、国民の命を守ろうというときに、それをどう活用するかという最終判断する人たちがファクスを使い、官僚に出勤を強いている。そこが大きな差として表れたように思います。

私たちは、国会議員の変革を促そうと「せめてオンラインで会議ができるようになってください」という働きかけをしてきました。しかし、新型コロナの感染が拡大していた3月ごろ、地元の後援者とオンライン会議をして「デジタル化していますよ」おっしゃる議員さんがいたのにはがっくりしました。それは、有権者の支持が大事だから、何とかオンライン会議を実施したということだと思います。

でも「本当のデジタル化は、そうじゃないんです!」と声を大にして言いたい。官僚など、自分よりも立場が弱い人たちに対して、自ら「直接来なくていいよ。オンライン会議にしよう」と働きかけてこそ真のデジタル化です。

自由記述欄にはたくさんの議員の名前が

アンケートには、自由記述欄をたっぷり設けました。あえて「個人名は書かないでください」というただし書きは入れなかったのですが、みなさん、「どの議員がどのような対応をしていたか」をかなり具体的に書いてくださったんです。議員の名前までは公表しませんでしたが、デジタル化ができている議員とできていない議員で、二極化しているのがよくわかりました。

これには面白い反応がありました。調査結果を公表した直後の8月8日から10日の3連休に、議員の方々がツイッターなどで「今日はオンライン会議に挑戦しています」といった投稿をしている例がかなり目立ったのです。「私はちゃんとやっていますよ」とPRしているのですが、SNS上のコメントでは「え、今ごろですか?」「何を自慢してるんですか?」というコメントがついてしまっていました。

「官僚を呼びつけた議員名を公開してほしい」とか、逆に「次の投票の参考にしたいので、デジタル化が進んでいる議員の名前を公表してほしい」という声もありました。

「デジタル化が進んでいる議員」については、昨年から公開している「デジタル実践議員宣言」というサイトを参考にしていただきたいと思います。「議員自らが率先してデジタル化しているならば宣言してください」と呼びかけ、9月末時点で67人の国会議員が宣言しています。皆さんの投票行動の参考にしてください。

ここに名を連ねている議員のみなさんは、「デジタルツールを活用して自らWEB会議やペーパーレスを実践し、社会全体の働き方革新を推進します」という宣言をされています。それと同時に、「そう宣言しているくらいですから、まさか官僚に対面レクを求めたりはしませんよね?」と念押しする意味も込めています。

デジタル化の足を引っ張る“忖度競争”

国会議員ばかりを責めているように見えるかもしれませんが、実は議員と同じくらい足を引っ張っているのが、各省庁の幹部クラスです。幹部の出世への道は、“どれだけ上に気を使えるのか競争”であり、“どれだけ忖度できるか比べ”なので、求められてもいないのに対面で説明しに出向くことを決めて、部下にも強要した幹部も多かったようです。

背景には、「議員はデジタル化を嫌がっているだろう」という思い込みと、自分自身がデジタルツールを使いこなせないことの2つがあると思います。おそらく、議員に求められたことによる対面レクと、議員に直接求められていないのに忖度した対面レクが半々くらいではないかと思います。

クラスター発生や大災害でも行政を止めないために

こうした体質を変えるためにまずやるべきなのは、予行演習です。今回のコロナ禍のようなケースだけでなく、大きな災害が起きて職員が登庁できなくなることを想定し、全員が2週間リモートワークを行うのです。災害で道路が寸断されたら復旧に2週間くらいはかかりますし、新型コロナのような感染症のクラスターが省庁内で発生したら、消毒作業や職員の検査などが必要ですから、自宅待機が解けるまでに2週間くらいかかります。

もし本当に、災害や感染症のクラスター発生などで、大臣や職員が登庁できなくなり、リモートワークに切り替えざるをえない事態となったとき、「想定していなかった」「回線の状態が悪くて大臣の声が聞こえない」ではすまないはずです。

実際にやってみれば、意外と問題なく業務が進むものだということがわかるかもしれませんし、ネットの回線やパソコンなどの機器、書類のデジタル化など、インフラの整備に本気で投資しようという動きも出てくると思います。