変化の激しい時代だからこそ、企業も生半可な専門知識や戦略だけではなく、本質的な人間力を求めている。まさに、「答えのない問題に取り組む時代」が始まった。
教養を身に付ける女性
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Jacob Ammentorp Lund)

歴史、宗教、哲学などが複雑に絡み合っている

21世紀に入り、世界は多くの危機に直面しました。解決の行方が見えない問題も多く抱えています。原発事故やパンデミック、経済不況は、どんなに科学技術が進歩しても、人間が自然や社会を合理的に設計してコントロールすることはできない、ということを教えています。戦後のがむしゃらな経済成長期を過ぎた今、個人も社会も、もう少し成熟した教養を求める時代になってきていると思います。

特に今回の新型コロナウイルス問題では、個々の「専門知」では対応しきれない複合性が明らかになりました。医療や経済にはそれぞれ専門家がいますが、リーダーの役割は、それらの人々の意見を聞いたうえで、総合的な判断をすることです。これは、会社などの組織でも同じでしょう。会社員、フリーランスなど、さまざまな形態でキャリアを積んでいるビジネスパーソンであるみなさんにも、混沌こんとんとしたこれからの時代をしっかりとした目を持って進んでいただきたいと思います。

すべての専門知を自分で持つことは不可能ですし、そんな必要もありません。しかし、自分の知らないことについて、どこに行って調べ、誰に聞いたらよいかを知っていなければなりません。そして専門知を持つ人々と協力し、対話できるだけの知識は必要です。

「教養を持つ」ということは、そういう知の習得と統合の方法を知っている、ということではないでしょうか。

学びの基礎代謝を上げる

よく「教養を身に付ける」といいますが、教養とは高価なアクセサリーで身を飾りたてることではなく、その人自身の内面的な成長で魅力を増すことです。教養を得るには、ある程度の時間と努力が必要です。

ビジネスの場面では、初対面の人に会う前に相手に合わせて、それとなく話題になりそうな知識を仕入れておくということもあるでしょうが、そんな付け焼き刃はすぐに見抜かれてしまうものです。簡単に入手した情報は「1週間で痩せる魔法の薬」と同じで、あまり役に立ちません。実際に汗を流して努力を続けてしっかりした体力や筋肉をつけるように、教養も継続的な時間と努力が欠かせません。

そして、いったん自分で学ぶことのおもしろさを知った人は、その後も学び続ける姿勢が自然と備わります。1つの問いが別の問いを生み、次々に深掘りしたくなる。自分の内にそういうエンジンを備え付けることができれば、いつの間にか基礎代謝が上がり、体形も体力も向上して、自分に自信が持てるようになります。そうなれば、ビジネスの場面でも、たじろがず正面から向き合うことができるようになるでしょう。

私もビジネスパーソン向けのリベラルアーツ講座の講師を務めることがあります。将来、経営を担うことを嘱望されているマネジメントや役員クラスの方が参加されますが、その内容は歴史的、文明論的視点から世界の構造を見極め、日本の問題点や強さを洗い出すものです。それによってリーダーシップを育てるのです。

そこで学ぶ内容はまさに高度な教養。世界の宗教、歴史、倫理、AI(人工知能)などの最新のITや国際情勢、政治などです。まさに今回の特集でみなさんが学ぶことにも近いテーマかもしれません。どんなに最先端の技術や資金があっても、そうした教養がなければ、さまざまな危機的局面において正しい方向にリーダーシップを発揮することは難しいでしょう。

これからは考えや価値観が似ている人ばかりでなく、多様なバックグラウンドを持つ人と協力していかなければ、社会的問題もビジネスも進んでいかない時代です。教養は、互いを理解して協働するためには、不可欠なのです。

異なる意見でも対話する

教養を深めるためには、自分と違うものの考え方や背景を持った人との出会いと対話が不可欠になります。それまで自分が当然だと思い込んでいたことが、ほかの人にはまったく通用しない、という体験をすると、思考の体幹が鍛えられます。

さらに、対話によって、相手のことだけではなく、自分のこともよくわかるようになります。自分はなぜそう思っていたのかを振り返り、相手にわかる言葉で説明する能力が養われるからです。

対話には、お互いへの敬意と礼儀も大切です。「教養とは、気分を害さず、自信も失わずに、人の意見を聞く能力のことだ」と言った人がいます(アメリカの詩人、ロバート・フロスト)。どんなに優れた知性があっても、礼節を欠いた人を「教養がある」とは言わないでしょう。教養は、知識の多寡だけで決まるものではありません。自分の考えを整理して要点を説明し、他人の考えを取り入れて評価し、お互いにもう一段高いところへ進む――こういう積み重ねが役立ちます。

変化の激しい社会を乗り切るには、自分への投資が必要です。就労年限の長期化という傾向からすると、これからはジョブもキャリアも新しい挑戦をする機会が増えるでしょう。思い切った方向転換をしようとするなら、学び続けることを止めてはいけません。

教養に近道はありませんが、注いだ努力は必ず報われます。