営業女子たちの社内改革を追う短期連載、第2回目は製薬会社「日本イーライリリー」の事例をご紹介。MR(医薬情報担当者)の女性たちが発案した新しいスタイルの説明会に、92%もの顧客が「満足」と答えた理由とは──。

営業職も医師も「時間がない」と悩んでいた

製薬会社の営業職「MR」は、1対1の対面営業が基本と言われている。しかし、医師に医薬品の情報を伝えるという仕事の性質上、顧客訪問は診察終了後の夕方~夜になることがほとんど。各社のMRが同じ時間帯に訪れるため、面会まで長時間待つことも多く、1人で複数の医療施設を回るため移動時間も長くなりがちだ。

大阪支店営業課長の藤原幸恵さん
大阪支店営業課長の藤原幸恵さん

日本イーライリリーでは、個別の対面営業以外にも、複数の顧客が参加できる説明会や講演会などを開催しているそうだが、こちらにも課題は少なくない。資料づくりや会場準備などに時間がかかる上、参加できる顧客や提供できる情報量にも限りがある。

MRを務める大阪支店営業課長の藤原幸恵さんは、以前から時間調整の難しさや顧客のニーズに迅速に応えられないもどかしさを感じており、加えて自分の仕事の「生産性の低さ」も気になっていたという。

「先生がたもご都合のいい時間帯がかぶるので、せっかくお会いできても短時間で説明を済ませて次の病院に向かわなければなりません。予定がなかなか合わず、情報をお伝えするまでに日数が空いてしまうことも。もっと迅速に、かつじっくりご説明できる方法はないだろうかと思っていました」

実際、顧客である医師からも「薬剤の情報はできるだけ早く知りたい」「説明会や講演会には参加したくても時間がとれない」という声が上がっていたという。

スタートは「当たり前を疑うこと」から

そこで、藤原さんを含む女性MR4人が、異業種合同のプロジェクト「新世代エイジョカレッジ」への参加をきっかけに、課題解決に向けた取り組みを開始。「まず、訪問して説明するという『当たり前』を疑ってみた」結果、複数の顧客が同時に参加できる“相乗りスタイル”のオンライン説明会という案が生まれた。

実証実験を行った丸山晴香さんと渡辺あゆみさん
実証実験を行った丸山晴香さん(上)と渡辺あゆみさん(下)。

1人のMRが複数の顧客をつないで説明を行うことから「つ・な・ぐ説明会」と名付け、全社展開を目指してまずは実証実験を行ったという。4人のメンバーがそれぞれ顧客のニーズと参加できる時間帯を調整し、1カ月間で12回のオンライン説明会を実施。おのおのが所属する大阪支店や北日本支店などで、自ら顧客に参加を呼びかけた。

当時はコロナショックが起きる前。今と違ってオンライン会議なども普及しておらず、「イメージできない」と参加をためらう顧客もいた。だが、実証実験であることを伝え、興味を持ってくれた顧客から実施していくと、顧客にとってもMRにとってもさまざまなメリットがあることがわかり始めた。

参加した医師からは「病院からでも自宅からでも参加できて便利」「他の医師の意見が聞けて勉強になった」という声が上がり、説明会後のアンケートでは92%もの顧客が「満足した」と回答。

週の労働時間7時間減、売り上げ増

また、MRの側では訪問先での待ち時間が従来の53%になり、週の労働時間は7時間近く減少。移動がないため顧客と面会できる時間も164%増となり、業績は対前年同期比で137%にものぼった。

北日本支店のMR、渡邊あゆみさんは「通常は忙しくて面会できない先生も『オンラインなら』と参加してくれた。より多くの先生にスピーディーに、正確な情報を提供できた実感がある」と語る。

実験結果の数値と渡邊さんのコメントからは、オンライン説明会がいかに効果的・効率的だったかがよくわかる。顧客のニーズに真摯に向き合ったこと、業界で長らく「当たり前」とされてきた営業手法を疑ってかかったことが、予想以上の成果をもたらしたのだ。

支店長は「そんな発想、全然なかった」

こうした逆転の発想を、上司はどう感じたのだろうか。藤原さんの上司で大阪支店長の中村哲也さんは「恥ずかしながら、私にはそもそもそういう発想自体がなかった」と振り返る。

大阪支店長の中村哲也さん。
大阪支店長の中村哲也さん。

最初にオンライン説明会の案を聞いた時は驚いたそうだが、実証実験での顧客の反応を知って進めるべきだと判断。今では「組織にすばらしいイノベーションをもたらしてくれた」と賞賛を送る。

実証実験後、「つ・な・ぐ説明会」は大阪支店で試験運用が行われた。彼女たちの熱意が支店長を動かし、その支店長が会社に働きかけ、たった4人で始めた企画は大きく動き出していった。もともと新しい試みが認められやすい社風だったことも大きかっただろう。

「つ・な・ぐ説明会」の全国展開が決定

この試験運用は今年(2020年)2月後半に行われ、実験と同じく顧客から高い評価を得た。そして3月にコロナウイルスの影響が拡大。MRの訪問を禁止する医療施設が増える中、会社は4月から「つ・な・ぐ説明会」の全国展開を決めた。

「一歩踏み出すのは怖かったけど、メンバーと会議を重ねてはげまし合うことで乗り越えられた」と、中央日本支店MRの丸山晴香さん。メンバー4人は勤務地も担当領域もバラバラ。リアルで会える機会は少なかったが、くじけそうになった時は電話やオンラインで支え合ったという。

全国展開が始まっておよそ5カ月。今では、当初は予想していなかったメリットにも気づき始めた。ひとつは、他のMRの手法を学べること。対面営業では先輩に同行したくてもなかなか時間が合わなかったそうだが、これが気軽に、しかも複数の説明会に同席できるようになったのだ。

営業職のOJTは、顧客への配慮も必要なため難しいことが多い。だが、複数の顧客が参加するオンライン説明会なら、このハードルはぐんと低くなるだろう。同席すれば他のMRの説明や伝え方を学べる上、顧客のニーズに関してもより幅広い情報が得られる。これはMRとしての成長にも大きく役立つはずだ。

顧客の反応がリアル説明会よりよく見える

もうひとつは、顧客が対面よりも積極的な姿勢で聞いてくれること。画面を見つめる姿勢になるためか資料をよく見てくれるようになり、表情や反応などリアルの説明会や講演会ではわかりにくかった部分も、しっかり感じとれるようになった。

さらに、移動やイベント準備、会場撤収などにかかる時間的負担もなくなり、MRの生活にもよい変化が起きたという。

「会社にいられる時間が増え、内勤業務をデイタイムに終えられるようになりました。そのおかげで、今は子どもと過ごす時間や自分のための時間を確保できています」(藤原さん)

顧客のニーズに応えられないことや生産性の低さを解消しようと始めた取り組みは、結果的にMRのワークライフバランス改善にもつながった。これは、同社の女性MRが仕事を続ける上で、大きな後押しになるのではないだろうか。

コロナショック以降、オンライン化は多くの業種で加速している。今後も、彼女たちが考案した「つ・な・ぐ説明会」を活用する顧客は、増えこそすれ減ることはないだろう。

日本イーライリリーの事例は、社内改革をボトムアップで成功させた好例でもある。業界の当たり前を疑ってみること、一歩踏み出す勇気を持つこと──。メンバーたちが語った言葉は、会社を変えたいと願う人すべてにとって大きなヒントになりそうだ。