現在85歳の若宮正子さんは、81歳でプログラミングを学び始めて以来、世界のアプリ開発者が集まるイベントに招かれたり、政府の「人生100年時代構想会議」の有識者メンバーに選ばれたりと、大きく人生が変わったといいます。「好きなことに飛び込めば世界が変わる」といいますが、そもそもどうやったら「好きなこと」や「趣味」を見つけることができるのでしょうか。

プログラミングで世界が広がった

iPhoneのゲームアプリ「hinadan(ひな壇)」をつくったのは約3年前です。「年寄りでも楽しめるアプリを作ってよ」と若い人に頼んだら、「お年寄りがどんなアプリが楽しめるかがわかりません。自分で作ったらどうですか」と言われたのがきっかけなんです。

もちろん最初は何もわからないので、周りの人に聞きまくり、プログラミングを一から学びながら作ったんですよ。

2017年にアメリカ・カリフォルニア州で行われたWWDCに招かれ、アップル社CEOのティム・クックさんと話す若宮正子さん
2017年にアメリカ・カリフォルニア州で行われたWWDCに招かれ、アップル社CEOのティム・クックさんと話す若宮正子さん(写真=本人提供)

アプリを2017年2月に公開したところ、「世界最高齢プログラマー」ということでたくさんのメディアに取り上げていただきました。そしてその年6月には、アップル社の製品に関わる技術者が世界中から集まるイベント、WWDC(世界開発者会議)に招待されCEOのティム・クックさんとお話しすることもできました。hinadanがきっかけで、さらにワクワクするような機会が広がったのです。

コンピューターのおかげで叱られなくなった現役時代

自分で思い切ってパソコンを買い、使い方を学び始めたのは50代の終わりごろでしたが、実はもっと若いころから、コンピューターには助けてもらっていたんです。

銀行に勤めていたころの若宮さん
銀行に勤めていたころの若宮さん(写真=本人提供)

私は高校を卒業してから60歳で定年退職するまで、銀行員として働いていました。

私が銀行に入ったころは、今から見ると江戸時代みたいなもんです(笑)。お札は指で数えて、計算はそろばん、ペンにインクをつけて帳簿をつけていました。でも私は不器用ですから、仕事が遅いんです。私が終わらないとみんな帰れないものだから「まだなの」「早くして」って、いつも先輩から叱られていました。

そのうち銀行にもコンピューターが導入されました。すると一気に潮目が変わったんです。どんなに人間が頑張っても、お札を数えるのは、機械のほうが早いに決まっている。字が下手でも、ワープロを使えばきれいに書いてくれます。「コンピューター様」のおかげで、私は叱られずにすむようになりました。

先端技術は私の味方

最近は、「人間の仕事がAI(人工知能)に奪われてしまうのでは」と脅威を感じている人もいるようですが、私はそんなふうでしたから、全然そうは思っていなくて、むしろ「AIなどの先端技術が、私の苦手なことをやってくれて助かっている」という感覚なんです。

例えば、hinadanのアプリを公開してすぐあと、アメリカのCNNの記者から「ネットニュースで取り上げたい」という英語のメールが届いたんです。

すぐにグーグル翻訳を使いました。文面をコピペして和訳して読み、返事を日本語で書いて、グーグル翻訳で英訳して返信しました。機械翻訳なので、多少おかしなところはあったかもしれませんが、何とか通じたようで、その日のうちにCNNに英語の記事が出ることになりました。英語の読み書きができなくても、グーグル翻訳という先端技術のおかげで、コミュニケーションができてしまったわけです。

定年退職後の世界を広げたパソコン

私がパソコンの使い方を学ぼうと思ったきっかけは、定年退職と親の介護でした。退職後は、家で母を介護することが決まっていて、そうするとなかなか外にも出られなくなるだろうと思ったんです。ただ、当時話題になっていた「パソコン通信」を使うと、家にいながらにしてたくさんの人とコミュニケーションができるらしいと聞いて関心を持ち、思い切ってパソコンを買ったんです。

早速、シニアの交流サイトを見つけて入会しました。このサイトは形を変えて現在は「メロウ倶楽部」として活動を続けており、私は副会長を務めています。ここでは大切なお友達がたくさんできました。

「インターネットの老人会」といわれるような会なので、とにかく車椅子の人でも寝たきりの人でも、すべてのサービスをエンジョイできるように、とやってきました。ですから、今回のコロナ禍で外出できなくても、運営に全く支障はきたしませんでした。随分前に、先輩方が電子投票の仕組みを作ってくれていたので、年次総会もオンラインでできました。

「誰かのために役に立つこと」を考えてみる

私はこれまで、高齢者にパソコンを教えたりという活動も行ってきました。そのときに、まず大事だと思ったのは、「コンピューターとは、どんなふうに使うと便利なものなのか」をわかってもらうこと。ですから、まずはエクセルで「お花見の会計報告を作ってみましょう」と提案しました。そうすれば、エクセルがどういう役割を果たしているかわかりますから。

しかし生徒さんたちは猛反発。「数字やカタカナ、アルファベットがいっぱいあって面白くない」というのです。だったら何か面白いものを作ろうと「エクセルアート」を考案したんです。

「エクセルアート」をプリントしたブラウスを着て、オンライン取材に応える若宮さん
「エクセルアート」をプリントしたブラウスを着て、オンライン取材に応える若宮さん

「エクセルアート」とは、手芸のような感覚で、セルに色をつけて図案を描いたもの。その図案を印刷してうちわをつくったり、布にプリントしてブラウスに仕立てたりできます。自由に作品をつくり上げるのは、本当に楽しいですよ。今日の取材で着ているブラウスも、エクセルアートをプリントしたもの。2018年に天皇皇后両陛下主催の園遊会へ招待されたときにも、アクセルアートをプリントしたロングドレスで参加しました。

実は「hinadan」も、生徒さんの声がヒントになりました。高齢者はスマートフォンを持ってはいるけれど、使いこなせていない人が多く、単に「値段が高くて使いにくい携帯電話」になってしまっている。高齢者が楽しめるアプリが少ないというのも、その原因の一つなのではないかと考えたのです。

そこで冒頭でもお伝えした通り、高齢者でも楽しめるゲームアプリをつくったわけです。つまり、「エクセルアート」にしても「hinadan」にしても、「高齢者にパソコンやスマホを面白く使ってもらうにはどうすればいいか」を考えて生まれたもの。「誰かのために」という動機があったのです。

ですから「好きなことや趣味が見つからない」という人は、まず家族や友人、近所の人など、「身の周りの人の役に立つことは何か」という視点を持ってみるといいと思います。

情報発信すると、人が集まってくる

新しいことを始めたり、新しいものを作ったりしたら、どんどん情報発信していくといいですね。私自身、「hinadan」を作って情報発信をしていたら、いろいろなメディアに取り上げられて、にわか有名人になっちゃった。にわか有名人になってからは、今まで行けなかったところに行けたり、めったにお会いできないような方にお会いできたり、さらにいろいろな情報が集まるようになりました。

そうして集まった情報は、抱えて死んでしまっても仕方がありません。それを発信すると、またどんどん集まってくるようになります。

自宅に「まあちゃん放送局」を開設

これまでもSNSやブログなどで情報発信していましたが、新型コロナの外出自粛で、家にいることが増えましたし、やはりホットなものはライブでやりたいと思って、自宅に「まあちゃん放送局」をつくりました。

「まあちゃん放送局」の様子。2台のパソコンの間にあるのがスイッチャー
「まあちゃん放送局」の様子。2台のパソコンの間にあるのがスイッチャー(写真=本人提供)

でもナレーションしたり、パワーポイントのプレゼン資料を表示したり、一人ではなかなか手が回らない。「どうしたらいいかな」と言っていたら、お友達が、画面を簡単に切り替えることができる「スイッチャー」というものを勧めてくれました。これさえあれば、「1番のボタンを押したら1カメ」「2番を押せばパワーポイント資料」と、ボタン一つで操作できるので、ずいぶん楽になりましたね。

日本マイクロソフトの初代社長である古川亨さん、通称サムさんとは、「Samさんとまあちゃんの愉快な冒険」というYouTubeライブをしています。先月は「スマホってこんなに楽しい、面白い」というテーマにしました。

「まあちゃんは、まあちゃんでいてくれればいい」

情報発信するときは、とにかくポジティブな話をするようにしています。年寄りって、ネガティブな話をする人が多いですが、そうするとあまり大勢の人に楽しんでもらえないと思うんです。私は超ポジ人間だから(笑)。

こうやって情報発信していると、いろいろな人が手伝ってくださいます。画面でまあちゃん放送局の様子を見て、「足元にケーブルがあると危ない」と、わざわざ家まで来て、ケーブルをまとめて天井にはわせて固定してくださった人もいます。2018年にニューヨークの国連本部のイベントで講演をすることになったときには、宿探しから英語のスピーチの練習まで、たくさんの若いお友達が助けてくれました。

みんな40~50代くらいになると、「これから自分が年をとったらどうなるか」と考えてしまいます。そうすると病気とか介護とか、マイナスのことばかりであまりいいイメージがわかない。

でも、なんだか楽しそうにやっているおばあちゃんがいる。そういうおばあちゃんをサポートすることで、自分の明るい将来が見えるわけです。だから若い人たちは「まあちゃんはまあちゃんらしくいてくれればいいんだから」って言って助けてくださるんですね。

先のことを考えすぎず、ゆったり構えましょうよ

今回のコロナ禍もそうですが、災害や国際情勢など、今は予測のできないことがたくさん起こる、変化の多い時代です。ですから、先のことを予測しようとしてもしょうがない。ベストな道を探したり、真っすぐわき目もふらず歩こうとしたりするよりも、あちこち見回してキョロキョロしながら「このあたりがベターかな」と探りつつ、肩の力を抜いてゆったり構えた方がいいでしょうね。

私も「次はどんなアプリをつくりたいですか?」とよく聞かれますが、答えてしまうと自分にプレッシャーがかかっちゃうから言わないんです。「また絶対に新しいものを作ろう」とも思っていないんです。世の中も技術も変化していますから、これから自分に合うものがあれば作るかもしれないし、作らないかもしれない。なんでも、あまり先の準備をしたりはしません。先のことはわかりませんから。

ですから「好きなこと」や「趣味」を見つけたいという人も、あまり先のことを考えず、とりあえず「楽しそう」と思ったことに飛びついていけばいいのではないかなと思います。