宇宙デブリの掃除人は衛星を愛する熱血エンジニア
「宇宙デブリ(ゴミ)」とは運用を終えた人工衛星やロケットの残骸。地球の軌道上に大小分布し、10cm超の大きなゴミで3万個以上※というデータもある。それは弾丸より速く飛び回り、現役の衛星などに衝突して破損事故を起こす現実の脅威だ。
※欧州宇宙機関(ESA)データより:10cmより大きい宇宙ゴミの数は約3万4000個(2020年2月時点)
「宇宙デブリをこのまま放置すると地球はゴミに覆われ、宇宙空間に出ることができなくなるかもしれません。国際的な規制への取り組みもはじまっていますが、回収のめどは立ちませんでした。そこで民間でゴミの回収代行、高速道路で事故車をレッカーするような宇宙のロードサービスを提供しようというのが、私どもの事業です」
伊藤美樹さんは2019年2月までエンジニア兼社長としてアストロスケールの技術部門を統括してきた。
「簡単に言うとデブリ除去用衛星を打ち上げてゴミを捕獲し、衛星ごと大気圏に落として燃やし尽くす方法です」
宇宙掃除の技術開発を担う伊藤さんは映画に登場した宇宙船の美しさに魅了されエンジニアになった。大学時代に人工衛星に出合い、以来この道一筋。在学中に小型衛星の打上げを2回も経験している。
「東京の秋葉原で部品を買って、ハンダ付けからつくった機械が動いたときは嬉しかったですね。徹夜になり、机の下に梱包材を敷いて寝ることも。体重は10kg落ちましたが、ものづくりに没頭し、根性と粘り強さが身につきました」
卒業後は、内閣府が若手技術者育成のために主催した超小型衛星プロジェクトに参加した。短期間の事業で終了後の仕事の保証はなかった。
「不安よりやりたい気持ちが勝っていて。数年後にはスキルも上がる、なんとかなるさと思っていました」
思惑どおりその数年後、アストロスケールを立ち上げたばかりの現CEO岡田光信氏にスカウトされ、宇宙ベンチャーのエンジニア兼社長に就任した。
「楽しそうに働いていたことが採用理由」と笑う伊藤さんだが、実験的で低コストな小型衛星打上げの実績があることや、関係者の折り紙付きのタフさと柔軟な対応力が、人跡未踏の領域へ乗り出す宇宙ベンチャーには、うってつけだったのだ。
「宇宙ミッションのリーダーになるなんてそうあることではないでしょう。この会社は宇宙ビジネスで成功する最初の民間企業になると思いましたし、中小の参入が難しい業界に技術革新で風穴を開けたいという気概もありました。社長業には不安もありましたが、やりたい気持ちを優先した先には、身につくものがあり、必ずその先につながるものです」
A内閣府のプロジェクト、超小型人工衛星「ほどよし」。高コスト実績主義で中小企業が参入しにくく、技術革新が起きにくい衛星開発分野で、予算も機能も程よく抑え実績を上げようというのが名前の由来。B「ほどよし」時代のいつも楽しそうで、タフでありながらしなやかな仕事ぶりが高く評価され、指導していた教授の推薦でアストロスケールに招かれた。C伊藤さんの専門分野のひとつが熱制御技術。太陽光線の影響で寒暖差が200℃以上ある宇宙空間で、人工衛星の内部を電子機器が作動できる、ほどよい温度に保つように設計する。D実際の宇宙ゴミ除去衛星の実証実験機ELSA-dは、横65cm×高さ120cm×奥行き60cmで重さ約180kg。模擬ゴミを持って上がり、宇宙空間に1度離した模擬ゴミを見つけて再度接近し、捕獲するまでの全段階を宇宙空間でテストし、データを取る。
エキスパートを束ねるには常に聞く耳を持つボスであれ
開発の現場では男性多数のチームを率いる立場だが、「叱咤激励で若手を鍛える」やり方には疑問を感じるという。
「問題があれば、理論的に諭せば伝わります。『部下に甘い』と言われることもありますが、相手の言い分を聞いて、納得するまで話し合えばいい。一方的に叱っていてはわだかまりが残り、うまくいきません」
特に宇宙開発のようにおのおのの専門性が高く、代わりがいないエキスパートばかりの職場では、調整型のリーダーシップのほうが向いているという。
「リーダーはメンバーのことを第一に考えなくてはならないと思います。何かあって手遅れになる前に相談できる雰囲気づくりや、個々の事情を尊重することが大事ですね」
先端技術を扱うものづくりの現場では、メンバーのやる気とチームワークこそが開発の原動力なのだ。
20年夏、伊藤さんたちは大きな一歩を踏み出す。初の実証実験のために宇宙ゴミ除去衛星を打ち上げるのだ。
「昔見つけて感動した流れ星が、実は宇宙ゴミだったこともあったのではと、今になって思います。海洋プラスチックの問題と同様に深刻な環境問題だということに、多くの人に気づいてほしいのです」