女性経営者の産後体験談「睡眠不足でいい仕事はできない」
焦りを時間でキャッチアップするのはNG
「まず注意しなければいけないのが、『育児のせいで皆から遅れている』と焦りを感じてしまうこと」だと小室さんは語る。その焦りを埋めるべく復帰後すぐ家に仕事を持ち帰り、休む間も惜しんで遅れを取り戻そうとする女性が少なくないが、実は、それこそが一番のNG行動なのだという。
「私の場合、産後3週間で今の会社を起こしたのですが、当時は焦りがあったのでしょうね。夜中に授乳のために起きたあと、どうせ数時間したら次の授乳タイムが来るからと、そのままパソコンを開いてメール処理を行うなどしていました。でも、そんな睡眠不足のフラフラ状態でメールを書くと何が起こるかというと、社内に向けたメールの文面が、ほぼほぼきつい調子になるわけです。なんでなの? とか、詰問口調ですよね。さらには、メールの送り先を間違えるなどという致命的なミスまでしてしまいました。これは本当に本末転倒で、一歩でも先に仕事を進めようと焦ったために、翌日は謝罪から始めないといけない。むしろ後退しているわけです。ですから復帰後すぐは、生産性が低くなっている時間に仕事をすることは、自分を律して断固としてやめなければいけません」
睡眠不足がつづいた結果、産後うつに陥り①人にきつく当たる、②他の人の言った何げない一言を、人格を否定されたように受け取ってしまうなどの現象が起こるようだ。育児中とそうでない人のトラブルが多くなるのには、そんな背景があるという。
□ 疲労感や不安
□ 不安・緊張・パニック
□ イライラ
□ せかせかする
□ 物事に対する興味が薄れやすい
□ つい自分を責めてしまう
□ 涙が出てきてしまう
□ 子供や夫に対する愛情を感じられない
□ 食欲がなくなるなど
経営者でない限り、産後3週間で職場に復帰することはないが、「焦りを時間でキャッチアップ」しようとして、睡眠不足に陥り、せっかく職場に復帰したものの、復帰一カ月ほどで「死にたい。辞めたい」という心境に陥ってしまった女性たちの声は、過去取材でも幾度となく聞いてきた。産後うつが長期化し深刻化すると、感情がなくなり子どもをかわいいと思えないなどの症状が出て、自殺や子どもの虐待等の原因にもなる。自分を律して産後うつを予防することが何よりも大切だ。
産後、健やかに働くためのコツ4選
では復帰後、どのようにして産後うつを予防しながら職場復帰していけば良いのか。具体的なコツを紹介する。
①最重要! 7時間睡眠を意識的に確保する
②強い朝日を浴びながら散歩やランニングなどのリズム運動を行う
「①と②を行うことで、心を元気にして自律神経を整えるセロトニン(幸せホルモン)を増やせます。これがすごく重要で、うつの治療や予防に有効だと言われてるんです」
7時間睡眠については、研究の結果、人の睡眠は前半で身体の疲れを、後半で精神の疲れを取ることが分かっており、しかも最新の研究では、精神の疲れがとれる後半とは、なんと寝始めて6時間以降のことを指すという(石川善樹 医学博士『疲れない脳をつくる生活習慣』より)。
「4~5時間の睡眠で眠気がとれて仕事ができた、私はショートスリーパーなんです! と言う人は、身体は確かに大丈夫なのですが、心をコップに例えるなら、コップに前日受けたストレスはたまったままなんです。それが減らないまま翌日のストレスもたまっていき、3日目にはコップからストレスが溢れ出てしまう。その結果、この場からいなくなりたいとか死んでしまいたいなどと思うようになる産後うつの症状が悪化していくんですね」
とは言っても産後は2時間ごとの授乳などが避けられず、仕事に復帰後はさらに睡眠時間が短くなってしまいがちである。一体どうすればよいのだろうか。
③夫を育児に巻き込むことが不可欠
①と②を確保するために、重要なのが男性の育休取得です。まとまった睡眠や外の光を浴びながらの散歩は、ひとりでワンオペ育児をやっている限り絶対にできないですから。夜中の授乳は粉ミルクにして夫に協力してもらうなど、とにかくまとまった睡眠時間を可能な限り確保するように努め、精神的に安定した状態で出社することが、育休明けに健やかに働けるようになるための一番の近道となります」
子どもを外気に当てないように、薄暗い部屋で一日中、子どもの呼吸を確認し続けるみたいな日々がつづいていくと、ホルモンバランスがどんどん崩れていってしまうので注意が必要だ。特に一番産後うつにかかりやすい時期である産後2週間は、一晩交代で夫に授乳を頼み、別室で7時間の連続睡眠を確保できるようにするのが望ましい産後のあり方である。そのためにも、生まれる前から①と②の重要性について夫によく説明し協力への理解を得ておくことが必要だ。小泉大臣が育休を取った決定打にもなったというドキュメンタリー映画『ママをやめてもいいですか!?』を産前に一緒に見るなどもおすすめである。産後うつの深刻性がよく分かる。
④朝夜メールで「仕事の見える化」を
産後復帰した人が絶対にすべきことは、朝業務を始める前に、業務の流れを5~30分単位で組み立てて上司・同僚に送ることだと小室さんは言う。
「上司って目の前で長い時間働いている人は確実に仕事をしてくれていると思っているんです。たとえメールを3行書いては2行消すような仕事しかやっていなかったとしても。でも多くの場合、復帰直後の人はみんなより早く帰るので、どうしても上司からは仕事ぶりを疑われてしまいがちなんですよね」
実際には、復帰後の女性は時間内で効率的に仕事を終えるようになり、むしろ産休前以上の生産性で職場に貢献していることも多いのだが、勤務内容ではなく早く帰ったという事実だけで、上司から以前より頼りにされなくなり、与えられる仕事の責任範囲が薄くなったり、内容も限定的になったりしがちである。だからこそ、この時期は意識的に“自分の仕事を見える化”する必要があるという。
「朝にメールを送ったあとに、実際には日々突発的に急ぎの要件が飛び込んでくることもあると思います。そんなときは業務の優先順位を付け替えて、明日に回せることは明日に回しましょう。そして一日の最後に、今日は何をしたのかということを上司・同僚に送ってから業務を終了。その一工夫で、目の前で働いている人と同様に、あるいはそれ以上に信頼感を得られることもあるのでおすすめです」
復帰後は、子どもの発熱などで急に休むことも増えるので、そのときに自分の仕事の状況がどうなっているのかを、他の人が引き出しを探せばすぐに見つかる状態にしておくことも重要だ。以上に紹介した4つのコツを意識して実行するだけで、育児と仕事の両立はグッとスムーズになる。
「自分が負担すればいい」という考えは今すぐ捨てよ
場合によっては育休復帰直後からリモートで自宅保育を余儀なくされ、育児と仕事の両立に悩む母親も少なくないだろう。
「今ワンオペ育児をしている人は、今すぐ夫と育児を分担するために話し合いましょう。例えば夫婦共にリモートワークになった家庭であれば、『今日は1日web会議だ』と言い切る夫でも、最低限通勤に使っていた1~2時間は浮いているはずなので、その時間だけでも『子どもを見ててね』と連携していくことが大切です。できるだけ紙とかエクセルに書いてふたりのスケジュールを見える化し、可能ならこの機会に有休の消化も考えていくべきでしょう」
育児は長期戦だ。育児と仕事を両立していくためには、夫と早い段階から育児の分担をしていくことが不可欠になる。「自分が負担すればいい」という考えは即刻捨てて、「困ったね、どうしよう?」と、まずは夫に問うことから始めよう。「いいよ」「やるよ」となんでも一人で抱えることは避け、自己の睡眠時間を確保し、そして心の健康を保つ。それを、育休後の行動指針としてほしい。
それは結果、夫が家庭内で疎外感を感じてしまうなどのありがちな問題の防止策にもなる。家庭内で夫をマネジメントする訓練を積むことを、職場で部下を指導するコツを学べる貴重な機会だと捉え、どうか前向きに、夫との話し合いに取り組んでみてはいかがだろうか。