35歳以上の出産を指す、「高齢出産」。実際には、妊娠後もアクティブに仕事を続け、「高齢? 実感ない!」という妊婦さんも多いでしょう。しかし、見た目や気持ちは若々しくても、体の内側は確実に年を重ねているもの。35歳以上の妊娠では妊娠中に妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病などの合併リスクが高くなることが知られています。高齢出産で、とくに分娩時に気をつけたいこと、リスクを減らす方法について、産婦人科医の月花瑶子さんに伺いました。
妊婦がノートパソコンとスマホを使って仕事をしている様子
※写真はイメージです(写真=iStock.com/shutter_m)

大出血につながることもある「前置胎盤」

高齢出産の分娩リスクをあげるものの一つが、前置胎盤。子宮口の一部、または全部をふさぐ場所に胎盤があることを指します。子宮口をふさがなくても、子宮口に非常に近い位置にある「低置胎盤」も分娩時のリスクを高めます。

前置胎盤の原因はまだしっかりわかっていませんが、高齢出産、多胎妊娠、過去の流産処置や人工中絶などがリスク因子と考えられています。

「赤ちゃんが通る道を胎盤がふさいでしまっているため、リスクを避けるために出産は予定帝王切開が基本です。更に、帝王切開時の出血も通常の手術より多くなることが予想されるため、各症例に応じて万全の準備をして帝王切開を実施する必要があります。また、お産の前に胎盤がはがれて大出血を起こしてしまう危険もあります。」

ただ、妊娠中に胎盤が低いと医師から言われても、妊娠週数が進むうちに自然と改善し最終的に、胎盤が正常の位置になることも。

「胎盤は妊娠と同時に完成するのではなく、ゆっくりつくられていきます。妊娠初期から中期は子宮の出口付近にあった胎盤が、子宮が大きくなるにつれて引き上げられ、位置が上がっていくこともあります。妊娠30週前後に胎盤の位置が正常であれば、前置胎盤や低置胎盤の診断はつかず、経膣分娩が可能になることもありますよ」

前置胎盤と診断されたら、少量の出血にも注意

検診時、医師は胎児だけでなく、胎盤の位置も見ています。胎盤が低めだと言われた場合は、日頃から激しい運動は控えめにする必要があるそう。

「胎盤が低い場所にあると、おなかが張ったときなどに胎盤の一部がはがれて出血してしまうリスクがあります。少量出血ならばすぐに赤ちゃんに大きな影響はありませんが、「警告出血」と呼ばれ、少量の出血で痛みが伴わなくても、その後、大出血につながることもあるので注意が必要です。そのため、少量出血が続く場合は管理入院をする場合もあります」

もし胎盤がはがれて大出血となれば、妊娠週数や状況によりますが、緊急で帝王切開をしなければならない場合があります。胎盤が低めと医師から言われていたり、前置胎盤と診断されている人は、少量の出血でも放っておかずに病院を受診しましょう。

「胎盤が正常の位置にあるのに、出産前に胎盤がはがれてしまうこともあります。これは常位胎盤早期剥離といわれる症状です。喫煙者は、常位胎盤早期剥離のリスクが非常に高まることが知られています。ただし前置胎盤の方は、喫煙をしていなくても出産前の胎盤剥離のリスクがあり、慎重に経過を見ていく必要があります」

経膣分娩にこだわりすぎないで

高齢出産では、帝王切開率が高まることもわかっています。40歳以上の初産の場合は、帝王切開が必要となるケースは30代以下と比べて2倍に増加するという報告も。

「高齢で帝王切開が増える理由は、加齢にともなういくつかの要素が関わっています。加齢と共に婦人科に限らずもともとの病気がある人の割合が多かったり、妊娠高血圧症候群や前述の前置胎盤も増加します。また子宮の筋肉の加齢に伴う伸縮性の低下なども考えられます。この場合は陣痛がじわじわ続いていたり、破水もしたのに、子宮の出口がなかなか開かききらず、赤ちゃんは降りて来られません。お産が長引くと体力の消耗も激しいうえ、子宮内の感染リスクも高まり赤ちゃんの心拍も落ちやすくなります。お産が進まず、分娩が始まったのに停止または遷延してしまっている場合は、帝王切開に切り替えるという判断も必要です」

出産で何より大切なのは、母子の安全。自然分娩を予定している場合でも、帝王切開の可能性があることも頭に入れておくといいでしょう。

「とはいえ、お産の真っ只中で『緊急帝王切開にしましょう!』と言われたら、パニックになるのも当然。詳しい状況は少し違いましたが、産婦人科医の私ですら、自分の出産のときに『次の陣痛で産まれなかったら帝王切開に』と言われたときには、陣痛の痛みもありますし、内心はパニックになりかけました。いろいろなパターンを想定して心の準備をしておき、分娩の際は冷静に判断してくれる産婦人科の医師を信頼し、納得したうえでお任せすることが大事だなと思いました」

自然分娩を予定している場合でも、帝王切開の流れや手術後の予定について、ひと通り予習をしておくといいかもしれません。

超高齢の場合は陣痛が来ないことも

40代後半以降の超高齢出産では、なかなか陣痛が来ないことも多いと言います。

「予定日を過ぎても陣痛が起きない、さらに陣痛誘発剤を使っても、子宮口がなかなか開かないことも多くなります。超高齢の妊婦さんの場合は、妊娠後期の経過を見ながら、さまざまなリスクを回避するために予定帝王切開にすることも多いです。

ただ、子宮口が開くか、分娩が進むかどうかは、年齢だけでなく、個人差も大きいものです。妊娠中の過ごし方やケアで子宮口は極端にやわらかくできるものでもない。心配しすぎず、『そのときはそのとき!』と腹をくくることも大事かな、と思います」

高齢での出産はハイリスクなのは事実。一方で、仕事やプライベートでさまざまな経験を積んできたからこそ、精神的な余裕をもって妊娠・出産・育児を楽しめる、というメリットもあるでしょう。

「高齢出産のリスクを事前に知っておくことはとても大切だと思いますが、実際にはすんなりと出産される方がほとんどです。リスクの話をすると、怖い事ばかりだと思わせてしまうかもしれませんが、現代は35歳以上の妊婦さんは決して珍しくありません。みなさんこれまで築いてきたキャリアやライフスタイルを生かして楽しくマタニティーライフを送っていらっしゃり、その姿が眩しいことすらありますよ。しっかり検診を受け、医師の指示を必ず守るようにしていれば、高齢出産だからといって恐れることはありません。心配しすぎず、安全で幸せな出産、そしてその後の育児にむけての体力づくりと心構えを行うなど、準備をしていけるといいですね」