緊急事態宣言が発令されたのに出勤する人たち
「安倍首相が最低でも7割減と言っているのに、まだ出勤する人いるんだ」
ネットニュースのコメント欄に、こんな書き込みを見つけた。
「何を考えているんだろう? クラスターが発生したらどうするんだ」
「もっとはっきり言わないとわかんないのかなァ。自分の命は自分で守らなくちゃいけないのに」
同調する書き込みも散見される。コメント欄を見るかぎりでは、緊急事態宣言を受け、テレワークもせずオフィスに出勤する人はまるで「非常識」な人間だ、と言わんばかり。
しかしこんな状況でもオフィスへ出勤する彼ら彼女らは本当に「常識外れ」なのだろうか。他者視点に欠けた、自己中心的な人たちなのだろうか。
私はそうではない、と思っている。それどころか犠牲者ではないかとまで受け止めている。それはなぜか?
65%の企業が何も対策をしていない
ここに、驚くべき調査データがある。
厚生労働省がLINEと共同で行った新型コロナウイルス対策の調査結果だ。この調査を実施し、その結果を発表したのは4月4日。
回答した2400万人のうち、この時点で、65%の人が十分な対策をとっていないことが明らかになった(三密を避ける。テレワークの未実施)。
7都府県に緊急事態宣言が発令されたのは、この直後。4月7日である。それから冒頭に書いたとおり、安倍首相が出勤者を「最低でも7割減、極力8割減に」と強く要請した。
さすがに、これでオフィス出勤者は急減するだろうと、誰もが思ったはずだ。しかし、そうはならなかった。減るには減ったが、政府や世間が期待するほど出勤者が減っていない。微減である。
だから冒頭のような嘆き節が、ネットに書きこまれたのだ。
筆者がこの記事を書いているのが4月13日。
Yahoo!ニュース「みんなの意見」では、『緊急事態宣言、あなたの会社はどう対応?』というアンケートを実施中だが、現時点でも、「特に対応なし」が62.8%。「テレワークを推奨」が15.5%、「テレワークと時差出勤の両方を推奨」が11.1%となっている。
調査対象や調査の方法が異なるが、厚生労働省×LINEが行った調査と同じように過半数の企業が対策をしていないという結果になっている。
個人ではなく会社が変わらなければ
個人ではなく企業が動き出さなければ「最低7割減」が達成する見込みは薄そうだ。
医療従事者はもちろんのこと、公共交通機関や社会インフラ事業で働く人の出勤を止めることはできない。そう考えたら、一般企業のほとんどの社員が出勤を控えなければ達成しないのは誰でもわかることだ。それなのになぜ、企業はこれほどまでに動きが鈍く、このような緊急事態にも対応できないのか。私は、日本企業がいつの間にか「主体性依存型」の組織と化してしまったことが大きいとみている。
業績目標を達成できない企業の特徴
私は企業の現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントだ。現場に入って経営者やマネジャーの愚痴を、さんざん聞かされている。
「社長が今年こそ目標達成と言っているのに、まだ達成できない人いるんだ」
営業部長がこう言うと、
「何を考えているんだろう? このまま業績が下降していったらどうするんだ」
「ハッキリ言わないと、わからないのかなァ。最近の若い人は」
と、同調する課長たちがいる。
目標を達成できない組織の特徴はいろいろあるが、ここ数年、顕著に出ている例が、個人の「主体性」に依存した組織運営がうまくいっていないことだ。
たとえば、業績が低迷している企業に、私どもが以下のように具体的に介入することがある。しかし歯切れの悪い返答しか返ってこないのだ。
次の会話文を読んでほしい。
【コンサルタント】「既存のお客様だけの対応では、中期経営計画を達成させることができません。マーケットの概況をみると、こちらの業界に対するマーケティング活動を強化したほうがいいです」
【営業課長】「いやあ、そうは言われても……」
【コンサルタント】「何か問題でもあるのですか」
【営業課長】「仰ることはわかりますが、私としては部下の主体性を尊重したいのです」
【コンサルタント】「主体性は尊重されたらいいと思います」
【営業課長】「ですから、このように上から押し付けるようなやり方はどうかと……」
【コンサルタント】「何を言ってるんですか」
すでに答えがわかっていることでも、部下たち自身で主体的に考えてほしいと言ってきかない。
「そんな悠長なことを言っていられないでしょう」と私どもが主張しても、部課長たちは、「個人の『やりがい』を尊重したい」「『やらされ感』を覚えるような言い方はマズイ」などと言って譲らない。
料理で例えるなら、美味しい食材選びのコツを指南しているのに、「自分たちで主体的に考えさせてほしい」と言い張っているようなもの。そんな遠回りなことをさせて「やりがい」も「働きがい」もないだろう。
緊急時なのに「非ストレート系」の表現が飛び交う
このように、ここ10年近くで、何事も上から押し付けるような言説を控える文化が、多くの企業に浸透した。
だから、今回のコロナ対策でも「要請」とか「推奨」といった「非ストレート系」の表現が組織内でやたらと飛び交う。緊急事態宣言が発令されても、決して「強制ではない」と言い、個人の解釈次第でどうとでもとれるような発信を、社長みずからがしてしまう。
花王のように「出社禁止」といった強い対策がとれる企業はかなり限られている。
だから、企業で働く者たちは上司の顔色をうかがうことになるのだ。
緊急時の「決められない病」は致命的
昭和時代的リーダーであれば、こんなとき「私が白と言ったらシロです」と断言しただろう。「私が言っているようにやりなさい。それでもし問題が起こったら、私がすべて責任をとる。いいですか、私に従いなさい」と。
組織への忠誠心が強かった時代だから、こう言えばみんなついてきた。組織が一体になり、まさに昨年(2019年)流行語大賞となった「One team」になれた。
しかし今の時代は、上司が何も発信しない。発信したとしても曖昧だ。歯切れが悪いので、痺れを切らし、「白なんでしょうか。黒なんでしょうか」と問いただしたくなる組織メンバーが少なからずいる。にもかかわらず、今の上司はこう返す。
「君はどう思うんだ?」と。
「君は白と思うのか。黒と思うのか」
「私が決めたらいいんでしょうか?」
「君は白がいいと言うのかい」
「社長は白を推奨すると言いますが、課長はどうなんですか。はっきりしてもらえませんか」
「推奨といったら、推奨だよ。強制はしない。君の主体性に任せるよ」
「隣の課の人たちは、全員、黒だと言ってるようです」
「隣の課は、隣の課だからなァ」
「社長が白を推奨していますし、安倍首相だって白だと言ってます」
「それぐらい自分で判断してくれないかな。それに安倍さんが言うことだったら、何でも聞くのかい」
白黒はっきりさせたい部下にとっては、「俺が白と言ったらシロだ!」「私が白と言ったらシロなのよ」と断言してもらいたいだろう。一方で「社長は社長、隣の課は隣の課、安倍さんは安倍さん、そしてうちの部署はうちの部署」などと、組織によって判断が分かれるだの、仕事の中身やシチュエーションによって意見が異なるだのと言う中間管理職たち。
強制するのをやめ、中途半端にメンバーの主体性に委ねつづけた組織は、こんな緊急時であっても「決められない病」にかかっている。
平時のリーダー像、有事のリーダー像
私は決して「昭和的リーダーアゲイン」を唱えているわけではない。杓子定規に、主体性を重んじるのはよそう、ということだ。個人の価値観を尊重するのはいい。だが、それは長期的な視点で、その部下の成長を考えてすればいいこと。
短期的に損失を回避するケースや、今回のような緊急時は、みんなが不安なのだ。拠り所をどこかに探すものだ。だからこそ、リーダーのブレない姿勢が大事だ。
今回、在宅勤務の制度が追い付いていないために対応できないという企業もあるだろう。というか、ほとんどの企業がそうだ。
とはいえ、1時間や2時間しか時間がなかったわけではない。情報を集め、議論し、仮説を立てて、意思決定する。そのために何日が必要か。政府が緊急事態宣言を出すほどである。
制度をつくるのに1週間もかけるべきではない。「平時」ではなく「有事」なのだから。
「平時」は、部下とのペーシング(ペースを合わせる)が大事で、「有事」はリーディング(リードする)を強く心がけよう。リーダーたちは自分の信念や自分なりの哲学をしっかり持って組織を率いることだ。
個人ではなく企業の主体性が問われている
繰り返すが「すべての出勤者の7割減」をめざすなら、一般企業はほぼ全員のオフィス出勤をやめる必要がある。過去に例を見ない、未曽有の事態となっているのだから、個人の主体性を重んじている場合ではない。
幸い、欧米と比較してまだ感染者数が爆発的に増えているわけではないし、だから今こそ現状を変えられないという「現状維持バイアス」をはずすのだ。そしてリーダーはリーダーらしく、リスクを冒して力強く組織をけん引してもらいたい。
政府の力も必要だが、一社一社の企業が立ち上がるときだ。部下の主体性ではなく、企業の主体性が問われている。そういう局面だ。他責にせず、周りの決断を待たず、自分で考え、自分で責任をとるリーダーが、こんな時期だからこそ出てきてほしい。