コロナ前、米国市場で起きていた本当のこと
株価の目安としてPERという指標がある。株価の時価総額と利益のバランスを見たもので、ざっくり言えば、1円利益を上げるのに、いくらの投資が必要か、と考えればいい。標準的には13~16圏に収まる。日欧中はほぼここに入る。つまり株価は妥当。対して米国は2月時点で22とかなり高かった。それでもバブルの頃の日本は80とかだからそれよりずっと低かったが、ただ、その上がり方がとても「悪い」。
簡単に言うと、中央銀行が市場操作で金利を下げると、株価は上がる。それは以下のようなメカニズムとなる。
①企業が金を借りて投資を行い成長する。
②利子が低いから皆、貯金より株に金を回す。
ここまではまあ、良い意味の株価上昇だが、昨今米国で起きていたのは、別の株高。
それは、
③金利が安いから借金してお金を用立てし、その金で自社株を買う。
これで株の買い手が増えればまず株価は上がるし、結果、市中に出回る株数が減れば、希少価値が高まり、また、1株当たりの配当も増えるので、ますます株価が上がる。
何でそんなことをするかというと、経営者はストックオプションにより安価で自社株を調達できるので、株価が上がればそれを売って大儲けできるからだ。
さらに金融工学はとんでもないいたずらをしている。そういう企業の借金(社債)は、集められて他社の社債と混ぜて証券にして売られるのだ。トランシェ(切り身)なんて呼ばれていたが、今じゃそれは、ミンチにされたハンバーグだ。一般市民は、低金利で貯蓄しても利子がもらえないから、そんな危ないハンバーグを買う。こうしてよこしまな経営者は、いろんな人からの出資でたやすく借金ができ、それで自社株を買う。トランプはそのサイクルをうまく利用して株高を演出した。
ユニコーンの化けの皮もはがれ……
こうして上場株が上がりすぎると、資金は別の動きをする。それがユニコーンだ。設立10年以内の時価総額1000億円企業。これが現在世界に330社もあるという。行き場の失った金はここに向かう。それも、金余りの中国と、孫さんのファンドがジャンジャン投資するから、つられて大人の米系ファンドも買う。ただし、ほとんどのユニコーン企業はたいした利益など出ていないのが実態だ。
たとえばウーバーなどのシェアライドは、創業以来一度も黒字化したことはない。元々、手の空いた主婦や学生が自家用車を利用して小金を儲けるものだった。ところが利用者が増えるとそれではドライバー不足になるから、今は、移民や貧困層が専業で運転している。それでもタクシーより安く使えるその理由は「彼らの給料が低い」から。それだけのビジネスモデルなのだ。こうした窮状を救うために方々でドライバー労組が生まれ、もう青息吐息。だから、上場前の想定価格の1/3にしか時価総額はなっていない。
コロナがなくても潰れていた
それでもまだ彼らはいい方で、WeWorkなどという華美なバーチャルオフィス会社は、あまりにも会費が高くて会員が集まっていない。結果、上場できずに、資金不足で孫さんに泣きつき、昨年11月に860億円の資金補填で生き延びた。
中にはBirdなどという「電動スケボのシェアライド」でユニコーンになっている企業さえもある。
こういうめちゃくちゃな状態に対し、金融筋からは、「それでも2000年前後のITバブルよりはいい。あの頃は事業さえしていない企業が目論見書だけで上場していた」と擁護の声も出る。
でも、そういうレベルだから負債も少なかったともいえる。今回は、下手にビジネスをしていて、それが社会に浸透していたりもするから、負債額はどんどん大きくなる。
どうだろう? 借金して自社株買いして財務体質は最悪になった大手と、張りぼてのユニコーン。もうそういうインチキ株高も潰れるか、という時期だったのだ。コロナ禍がなくても潰れていた。株価は3~4割下がって、正常に戻るだけのことだ。
中国経済はどうなるか
さて、もう一方の中国。こちらは徹底的なロックダウンにより早々と感染は終息しつつある。ただし、原材料などのサプライチェーンの問題、欧米日などの主要供給先のニーズ不足などにより、本格稼働はまだ先になりそうだ。
半年から一年後、ワクチンや特効薬が開発され、世界中は正常軌道に戻る。ただし、中国の経済成長はもう、元には戻らないと考えている。直近でも年率6%あった成長率は、数年かけて低下し、4%弱で安定するのではないか。
そもそも、中国の成長率はおおよそ経済や産業を見てきた研究者の予想を大きく上回り続けた。世界中の多くの国で年率10%以上の高度経済成長期はあったが、そうして国家が裕福になり、一人当たりの国民所得が1万ドルに迫るころ、成長は急激に鈍化し安定成長期に入る。一つには賃金が上がりすぎて海外からの投資が減り、空洞化が起きるからだ。そしてもう一つは、農村から都市部に人口が移動しつくし、新たな労働力が確保しづらくなることがあげられえる。こうして成長率が収まり足踏みすることを「中進国の罠」とか「ルイスの転換点超え」などと呼ぶ。
さらにもう一つ。15~65歳までの生産年齢人口――すなわち労働しやすい年齢層の人口が減り始めると、国家経済は安定成長期からゼロ成長期へと移行する。日本は1996年にこの時期を迎えた。
こうしたな経済発展則に照らしてみて、中国はまさに「異常」なのだ。所得レベル、農村人口、生産年齢人口、すべてが転換点を超えているのに、まだ年率6%も成長していた。まさに今までが奇跡だったのだ。
トランプ関税が壊した夢の世界
なぜ高成長が続いたか。その理由は、工場の海外移転――空洞化が起きなかったことにある。ではなぜ空洞化が起きなかったかというと、①14億人という巨大な国内市場があるため、そちら向けの生産でも十分儲かる。②知的水準が高く、言語も世界最多話者数を誇る中国語で通じる利便性の高い社会。この二つがあるため、多少賃金が上がっても、工場を海外に移すという選択肢がとられなかった。
そのため、国民所得が1万ドルに迫る中でも、GDPの第二次産業比率が4割と高止まりした。先進国なら2割、中進国でも3割強という中で明らかに「過剰な工場」が残っていたといえよう。
日・欧米企業は、こうした生産の中国一極化に危うさを感じ、2013年ころから「Chaina+1」(中国以外にもう一拠点設ける)戦略を謳ったが、上記①②の心地よさのため、それは掛け声倒れだったのだ。
この風向きが変わるのが、トランプ関税が始まってからだ。多くの製品に15%もの関税が載せられる。これは人件費が1.5倍になったのと同じで、明らかに採算はとれない。そこで、ようやく重い腰を上げ、昨今、ベトナム、タイなどの生産比率を上げだした。その結果、2018年以降、中国のGDPに対する第二次産業の比率は、毎年1%強下がり、現在は36.8%にまで落ちた。
この流れが、コロナ禍でさらに激しくなると予想する。
生産拠点を一極集中させると、災害が起きた時にサプライチェーンが寸断される。東日本大震災でも起こったこの問題を、改めて今回多くの企業が感じただろう。
だから、中国からの工場の逃避は歩速を上げる。その結果、中国のGDP成長率は毎年0.5%程度低下し続け4%程度に落ち着くだろう。
2010年代民という世界的なバブル世代
この中国経済の成長鈍化は、経済史的に大きな出来事だと気づくべきだ。
14億人もの国民が毎年のように給与アップ・生活向上し、消費や貯蓄が増えることで、世界全体が潤った。おりしも、スマートフォンなどという生活史を変える大発明がなされ、それが普及する時代に重なった。スマート決済、eコマースなど生活を変えたツールもそこを起点にしている。
こうした社会の大激変かつ大充実期が2010年代だったのだ。もうスマホ並みのエポックはしばらく生まれない。
そして中国並みの経済的スーパースターも、インドの成熟を待つしかないが、それはまだまだ先のことだ。
氷河期世代、ふたたび
50代後半になった筆者は、日本の80年代バブル期をよく覚えている。あのころ、私たちは「それが普通のこと」と思い、夢のようなことを当たり前に語っていた。
2010年代という「世界史的バブル」のただ中にいた世界民は、今、そろそろ「夢のようなこと」を当たり前に思う過ちに、気づくのではないか。
たとえば、ちょっとしたアイデアとITを結び付ければ、出資が募れてすぐにビジネスオーナーになれた。Wワークだ、会社にとらわれない生き方だと、枠を気にせず自由も謳歌できた。ユーチューバーが小学生の人気の職業となり、個性的な芸で億を稼ぐ人たちも少なくない。そんな時代を過ごした若者たちは、キャリアの原点に「夢」や「自由」を置くのではないか。代わって2020年代が、まるでバブル崩壊後の日本のように、世界中に「停滞」が蔓延する可能性は高い。この隣り合わせる2010世代と2020世代は、大正と戦前、バブル世代と氷河期世代と同様に、対照的で相いれない人たちとなっていくのではないか。