日本国内でも、新型コロナウイルスによる肺炎が広がりはじめたことを受け、時差通勤やリモートワークを推奨する企業が急に増えてきました。働き方改革や五輪開催時の通勤ラッシュの解消といった目的のためには“本気”にならなかった企業も、変わる可能性があるかもしれません。
マスクを着けて歩く人々
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Tsuji)

リモートワーク導入増加の気配

新型コロナウイルスの感染が日本国内でも広がっており、「満員電車で人の多い都会に通勤するのは怖い」と感じている人も多いのではないでしょうか? ヤフーが全従業員約6500人を対象に時差出勤を、NTTがグループ社員約20万人を対象に時差出勤およびリモートワークを推奨するなど、リスク対策に動く企業も増えています。

こういう時こそ、リモートワークを活用して不要不急の外出を避けたいところですが、政府の調査では、リモートワークを導入済みの企業はまだ19.1%と少数派です(従業員数100人以上の企業における割合。総務省「平成30年通信利用動向調査」より)。

リモートワークについては、もともと働き方改革や、このところ頻発するようになった異常気象による災害への備え、そして東京五輪開催時の交通混雑解消という観点からも注目度が高まっていました。とはいえ、「自社には関係ない」という会社もまだまだ多くありました。

それが、新型コロナウイルスの問題が発生したことで、ひとごととは言っていられない会社がグッと増える可能性があります。

制度はあるのに使えない会社

一方で、リモートワークを導入してもうまく活用できていない会社が少なくありません。前述の調査では、リモートワークを導入している企業でも、利用している従業員の割合が5%未満という回答が半数近くを占めています。

また、すでにあった制度を縮小・廃止する会社もあります。有名なところでは、アメリカのヤフーやIBMがそれぞれ2013年と2017年に「リモートワーク廃止」を打ち出して話題になりました。

こういった事例を取り上げ、「リモートワークなんて一過性の流行にすぎなかった。やっぱり仕事はフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションがないとうまくはずがない」と言う人もいます。

しかし、リモートワークにはメリットもあればデメリットもあり、それをどう捉えるかは、各企業の置かれた状況や戦略にもよります。

米ヤフーやIBMの場合、「リモートワーク廃止」を宣言したのは外から招かれた新しいCEOやCMOでした。彼らはグーグルやフェイスブックなどに押されて低迷した業績を立て直すというミッションを負っていました。社員を1カ所に集め、チームとしての一体感やクリエーティビティを高めることで、会社の再成長を狙ったのだと考えられます。その裏では、通勤不可能な距離に住んでいるなど、リモートワークありきで勤めていた社員の退職といった痛みもあったでしょう。

いざというときのリモートワークを可能にするには

会社の状況によっては、あえてリモートワークをしないという選択もありです。しかし、出社できない(すべきでない)事態への備えという意味では、どんな会社もいざというときにリモートワークができる体制は必要でしょう。

「いざというときにはできる」状態にするためには、何が必要でしょうか?

最低限の準備として、まずはルールと環境の整備が必要です。リモートワークをしようにも社外に持ち出せるPCがなかったり、書類のほとんどが紙に印刷されてオフィスに保管されているという状態であれば、仕事が進みません。社内の情報へのアクセスの仕方や取り扱い方も規定しておかなければ、情報漏洩などの事故につながります。

ルールや環境を整備するときに不可欠なのが、トライアルです。実際にリモートワークをしてみると、「こういうとき、どうするの?」ということが必ず出てきます。事前トライアルで疑問や問題を洗い出し、それを潰していくのです。

ある程度の準備ができたら、個々の社員のレベルでもトライアルをして疑問や不安を解消し、慣れておく必要があります。

リモートワークの制度を導入してもあまり活用されない企業というのは、このような事前準備が足りなかったり、社員に慣れてもらうための機会を作れていなかったり、という点に原因があるケースが多いようです。

成功する会社、失敗する会社の決定的違い2つ

リモートワークを導入してうまくいく会社とそうでない会社の決定的な違い、それは「目的の明確化」とそれを達成しようとする「本気度」でしょう。

リモートワークは、「出社できない事態を乗り切る」ということのほかに、生産性の向上、ワークライフバランスの向上、優秀な人材の確保など、さまざまな効果が見込めます。しかし、「リモートワークをやればいいことがありそうだ」とか「他社もやっているから」というぼんやりとした認識で導入してもうまくいかないでしょう。

目的によって準備すべき環境やルールも、導入の効果をどう評価するのかも変わってきます。何のためにやるのかを明確にし、経営側と社員の共通認識にすることが大切です。

例えば、優秀な人材の採用と定着を目的にするなら、リモートワークをするのはそれを必要とする社員のみという前提で環境整備やルール作りを進めても良いでしょう。しかし事業継続性の観点から導入するなら、全社員が日頃から慣れておかないといけません。

会社としての本気度が低いと、「全社員が」とか「日頃から」という点が徹底されません。そうなると、いざというときに「できない!」という社員が多くてせっかくのリモートワークが混乱に終わる可能性があります。

“大企業の難しさ”を克服するには

ちなみに、リモートワークはベンチャー企業ならうまくいきやすいけれど大企業では難しい、という話をよく聞きます。それは、全社員が共通の目的意識をもって必要な行動を徹底するということが、社員の数が多くなるほど難しいからだと考えられます。その難しさを克服すれば、大企業であってもできるのです。

例えばJALは、パイロットや接客部門などを除く間接業務を行うスタッフ約4000人を対象にリモートワークの制度を整えています。2014年にトライアルを始めた時は使いづらい制度だったそうですが、地道に改善を進め、2018年の上半期には5割以上が利用したそう。各本部長・グループ各社社長など、部門のトップが「変革責任者」としてリモートワークを推進するなど、生産性向上という目的に向かって本気で変革を進めてきた結果だと言えるでしょう。

本気度の低い会社は何かしら問題が起きれば「やっぱりリモートワークはダメだ」と後戻りしがちです。会社の方針は変わらずとも、現場レベルで「リモートワークは使えない」という空気が蔓延まんえんします。

これまでと全然違う働き方をするのですから、何も問題が起きないはずはないのです。きちんと目的が明確化されていて本気度が高い会社なら、「その問題をどう乗り越えるか?」ということに意識を集中し、対応していけるはずです。

リモートワークに消極的な会社を変えたいなら?

世間ではリモートワークが注目されているけれど、「うちの会社は動きが遅い」とか「導入はされたけれど、使われていない」といった状況に歯痒さを感じている方もいるでしょう。そんな会社でリモートワークを有効活用できるようにするには、どうしたら良いでしょうか。

繰り返しになりますが、まずは目的を明確にすることです。その目的に照らして「リモートワークを導入しないことのリスク」と「リモートワークで見込める効果」を説明し、会社の上層部、あるいは実際に実行することになる社員の理解を得ていく、というのが正攻法ですね。

それでも、「部下を自分の目の届かないところで働かせたらサボるんじゃないか」とか、リモートワークのために不可欠なITツールの利用に苦手意識があるとか、論理的な説得では突破できない心理的な壁がなかなか手強かったりします。

そんなときは、できるところから始めるのもいいでしょう。「まずは私たちのチームで実験させてください」と言って、実験で得られた効果や課題をまとめて会社に提言する役を買って出るのです。

自分ではあまりやりたくない上層部の人たちも、このご時世ですから「実験くらいはいいか」と考えるのではないでしょうか。また、チームで始めたリモートワークがうまくいけば、「自分たちもやってみたい」「リモートワーク、意外といけるかも」という社員が増えていき、会社の空気が変わってくるでしょう。