※本稿は橘玲『2億円と専業主婦』(マガジンハウス)の一部を再編集したものです。
「人生100年時代」を迎えて、ファイナンシャルプランナーのなかには、「安心して老後を過ごすには退職時点で5000万円の貯蓄が必要」などと述べて、ハイリスクな金融商品への投資を勧誘するひとがいます。金融庁の「報告書問題」に端を発して、「65歳までに2000万円貯めなければならない」と大騒ぎになったりもしました。
しかしここで、60歳以降もそれまで培った知識や技能(プロフェッション)で年200万円の収入があり、80歳まで働きつづけられるとしましょう。そうすると(60歳から80歳までの)20年間で4000万円の収入を得て、老後は(81歳から100歳までの)20年間に縮まります。
生涯現役+年金繰り下げで一生安泰
さらに、定年後も働けば年金を繰り下げることができます。日本の年金は65歳受給開始が原則ですが、60歳まで繰り上げると受給額が減らされ(ペナルティを課せられ)、70歳まで繰り下げると受給額は増えていきます(プレミアムを受け取れる)。
70歳に繰り下げた場合の受給額は65歳の1.4倍で、年率に直すと約7%になります。年金の受給権は国家が保証していますから、これは国債と同じで「(ファイナンス理論でいう)無リスク」です。現在のゼロ金利では、無リスクで年利7%の「資産運用」ができる年金繰り下げはとてつもなく有利な投資機会です。
超高齢化社会の到来で、現在、年金を75歳まで繰り下げ受給できるようにすることが検討されています。これは概算ですが、75歳まで繰り下げれば受給額は65歳時点のほぼ倍、受給額20万円の平均的なサラリーマンなら月額40万円ちかく受け取れるようになるでしょう。
この試算からわかるように、「生涯現役」なら老後のための資産形成ができるし、繰り下げによって年金額を増やすこともできます。夫婦そろって「生涯現役+年金繰り下げ」なら、老後の生活はますます安泰です。──そう考えれば、「生涯共働き」を超える最強の人生設計はありません。
60年間働き続ける時代へ
いまの年金制度は、20代前半で就職して60歳まで40年間会社に勤めて支払った保険料で、(「人生100年」として)残りの40年間、夫婦2人で計80年間の生活をまかなうようにはつくられていません。「55歳で引退して60代で死んでいく」平均寿命が短い時期につくられた制度なのですから。
これからは、健康寿命を80歳として、20歳から60年働く時代がやってきます。そしてどんなひとも、60年間も嫌いなことをやり続けることなどできません。
逆に「好きなこと」がはっきりしているなら、これまでの経験や知識を活かして、定年後に「第二の青春」を謳歌することもできるでしょう。そのうえ、たとえ日本国の財政が破綻したとしても、人的資本が生み出す富で生活を支えることができるのです。
人生100年時代の人生戦略は、いかに人的資本を長く維持するかにかかっています。そのためには、「好きを仕事にする」ことが唯一の選択肢なのです。
60代、70代になっても人的資本を維持できるかどうかで、超高齢社会の格差はさらに拡大していきます。もちろん、すべてのひとが生涯現役で働ける「天職」を見つけられるわけではないでしょう。私たちは、「好きを仕事にする」以外に生き延びることのできない残酷な世界に放り込まれてしまったのです。
これからは女性のほうが仕事に有利
AI(人工知能)が将棋や囲碁のチャンピオンにも勝つようになって、これからは「知能をもつロボット」に仕事が奪われてしまうのではないかという不安が広がっています。実際、自動車からコンピュータまで、製造業の多くはものすごいスピードで自動化が進んでいます。その結果、これまで工場で働いていた男性労働者が仕事を失って「右傾化」していくことが、先進国で大きな問題になっています。
イギリスが国民投票でEUから離脱したのも、アメリカでトランプ大統領が誕生したのも、ワーキングクラスに失業者が増え、「中流」から脱落しかかっているからです。
これはものすごくむずかしい問題で、どうすればいいのかの処方箋はいまのところありませんが、ただひとついえるのは、「これからは大半の男性よりも、女性のほうが仕事で有利になる」ということです。
男性は生まれつきシステム化と空間把握能力に優れ、女性は共感するちからと言語能力にすぐれています(あくまでも「平均的には」ですが)。
シリコンバレーのベンチャー企業を見ればわかるように、知識社会化したグローバル経済では、理系の高い能力をもつ若者(ほとんど男性)はものすごく有利で、20代で何百億円、何千億円の資産をつくることもあります。
アメリカでは男女の平均収入に逆転現象
しかしこういう才能にめぐまれた男性はごく一部で、先進国で顕著になったのは、ますます多くの若い男性が高校をドロップアウトしてニートになっていく、ということでした。
アメリカでは、小学校から大学まですべての学年において女子は男子より成績がよく、成績表の最低点の70%を男子が占めています。女子生徒が生徒会や部活動に積極的に参加する一方で、多くの男子生徒は停学や留年によってドロップアウトしていきます。これはアメリカだけでなく世界的に共通な傾向で、日本も例外ではありません。
なぜこんなことになるのでしょうか。
それは、男女で知能に差がないとしても、女子のほうが真面目でこつこつ努力するからです。そんな彼女たちが大学に入って就職する一方で、多くの男子が高校を中退していきます。
こうしてアメリカでは、男女の平均収入が逆転するようになりました。一部の大金持ちは男に多いとしても、いまや女性は男性より裕福になりつつあるのです。
女性が有利なもうひとつの理由は、「AIロボット」は工場の仕事をすることはできても、教育や看護・介護など、女性が得意とする「共感的な仕事」をうまくこなすことができないからです。
テクノロジーが進歩するほど女性には有利に
テクノロジーが進歩すればするほど、共感能力が高く、真面目で優秀な女性の価値はどんどん上がっていくはずです。そんな未来が待っているのに、専業主婦になってせっかくの「人的資本(2億円のお金持ちチケット)」を捨ててしまうのは、あまりにももったいないと思いませんか。男性にしても、妻がいきいきと働いて稼いでくる方が圧倒的にいいでしょう。その代わり、家事や育児に協力するほうが、長い目で見れば経済的にも断然有利だし、それが家族の幸福につながるのです。
日本の社会や会社にいろいろな問題があるのはたしかで、「男の古い価値観が女の自立のじゃまをしている」というのもまちがいないでしょう。でもだからといって、働くのをやめて専業主婦になるのは、状況をさらに悪化させるだけなのです。
21世紀の幸福な家庭のロールモデルを
ここまで書いてきたことをまとめると、次のようになります。
・スペシャルな仕事をずっとつづけて「生涯現役」になる
・独身ならソロリッチ、結婚するならダブルインカムの「ニューリッチ」を目指す
・フリーエージェント戦略で、カッコいいファミリーをつくる
欧米など先進国ではみんながこういう生き方を目指していますし、いまの日本でも「BOBOS」っぽいひとはじつはたくさんいます。
誤解のないようにいっておくと、専業主婦という選択をした一人ひとりを批判するつもりはありません。ただ社会がものすごい勢いで変わるなかで、若いときから人的資本をすべて放棄して「生涯働かない」という人生設計はかんぜんに時代遅れになりました。それを無理にやろうとすれば、できるはずのないことを実現しようとするのですから、ほとんどの場合は大きな失望が待っているでしょう。
いまの日本に必要なのは、「働きながら子育てできるし、こんなに幸福に暮らせる!」というロールモデル(理想像)です。
この本を読んでくれた皆さんのなかから、ひと組でも多く、そんな素敵なカップルが誕生することを願っています。