アートや歴史、人との出会い……
マニヤン麻里子さんは、コーポレート・コンシェルジュサービスを展開する「TPO」の社長。企業にコンシェルジュを派遣し、従業員のプライベートの相談に乗って、適切なサービスを提供する会社だ。
幼少期をニューヨークで過ごし、フランスの大学院で学び、パリの出版社で働いた経歴を持つマニヤンさんだが、大学院ではフランス語の習得に苦労したそう。
「英語を習得しているので、フランス語もなんとかなると思っていたら全然理解できず鬱々となって……。だから、子どもの頃英語を覚えたように、子ども向けの本を読み、ラジオのニュース番組を聞いて、わからない単語を調べて、ひたすら家にこもって勉強しました。でも1番苦労したのは発音。フランス語は発音ができていないとほとんど通じません。そこで、友人に発音の特訓をしてもらってコツをつかんだら、グンと会話力がアップしました」
マニヤンさんの愛読書に『古代への情熱』がある。トロイア遺跡を発見したシュリーマンの自伝であり、壮大な考古学の本だが、彼は十数カ国語をあやつる語学の天才だったことも彼女を引きつけた。音読を繰り返す、興味があることについて作文を書いて添削してもらう、教会の説教で使われる言葉を一語一語まねするなど、彼の語学習得の方法もこの本に詳述されている。
「シュリーマンの通りにイタリア語を学んだら、フランス語よりも早く習得できたのです!」
友達とお茶をしながら政治の議論
フランスでの生活は、苦しいこともあった半面、学ぶことの喜びも味わった。特に生活の延長線上にアートがあり、映画があり、哲学があるという環境は今のマニヤンさんの血となり肉となっている。「職場でも、友達と食事やお茶をしている最中でも、アートや映画について語っていたかと思えば、そのうち政治や歴史について議論になったり。ごく自然に生活のすぐそばに“学び”があって、ほかの人と共有する。こういう暮らしは、人生をより豊かに、幸せなものにしてくれると気づきました」
日本人は公私混同を避けがちだが、フランス人には、仕事も学びもすべて普段の生活に包含される“公私融合”の考え方がある。「コンシェルジュサービスも公私融合が基本で、フランスでは大企業の半数以上が導入しています。私生活が充実すると仕事に集中できて生産性が上がり、子育て中でも辞めないで長く働ける。企業にもメリットが大きいのです」
顧客のプライベートな手続きの代行、育児や介護などの心配事から解放するサービス以外に、常駐する企業内で、交流や学びなど新しいコミュニケーションの場も提供。仕事や生活の中で多くの人と交流しながら学ぶという、フランスでの経験が生きている。サービスの大きな意義は、単なる情報の提供ではなく、顧客に“幸せの選択肢”をプラスすること。
マニヤンさんにとっては“今、この瞬間”が大切。「常に“あなたは生き急いでいる”と言われます(笑)。でも、寿命が70歳でも100歳でも、生きることへの情熱は一緒。多分同じように、幸せと好奇心を追い求めていくと思います」
毎晩マインドフルネスを実践しています。
30代前半にして、濃密な半生を送ってきた酒匂真理さん。13歳で親元を離れ、イギリスの語学学校やニュージーランドの高校で学び、日本の大学・大学院を卒業。国内企業に勤めた後、発展途上国で遠隔医療・検査サービスを展開するAIベンチャー「miup」を国内で起業し、バングラデシュにわたり子会社を設立した。
「『そんなところに女性一人で大丈夫?』などと言われましたが、親元を離れたときのほうが、よほど決断が必要でした。私の実家は、代々続く医者の家系で、当然のように『医者になれ』と教育されました。それが私にとって大きな負担となり、小学生で不眠症になるくらい……。自分の意思で人生の選択肢を見つけたいと思い、中学生のときに外国の学校に行ったのです」
酒匂さんをはじめとする創業メンバーが、手探りで会社を立ち上げたが、会社法の調査、ファイナンス、資本政策、人事など、すべてわからないことだらけ。本で勉強したあと不明な点を、セミナー、講座、勉強会などに参加して人に質問したが、それでも不安なことが多々ある。
起業家の先輩に経営の悩みを相談
若くして起業家になった人は、組織でいうところの上司や同期がいない孤独な存在だ。酒匂さんにとっては、東大発ベンチャーの仲間たちのコミュニティーが助けに。「私もそうですが、経営について話ができる人がおらず、悩んでいる起業家が多い。そんなときに、起業家の先輩方がアドバイスをくれるんです。彼らも自分たちが1度は通った道。会社の立ち上げ段階はこんな悩みがある、軌道に乗ってきたらこんなことが起こるなどと、適切な助言をくれるのがとてもありがたかったですね」
起業家のプレッシャーは相当なもの。それにつぶされないようにするためには、体調管理とメンタルを安定させることがマスト。仲間たちと一緒に寺で瞑想を行い、ザワザワした心を静めるのが常だ。
「今は感情に左右されず、精神的に穏やかに過ごせていますね。起業時は、燃えたぎるような情熱であふれているから、感情制御を考えていなかった。でも会社が大きくなるにつれて、予期せぬことが次々と起こります。特にバングラデシュなどの発展途上国ではテロも多いのですが、それで心を乱されず、平常心を保つことが大事なのです」
現在では、会社が安定しつつあるので、細かい業務はスタッフに任せ、より俯瞰して経営を見られるようになった。今、彼女が目指すのは“新しい資本主義”の概念を事業に取り入れること。「今の自由経済に基づく資本主義は、既得権益の集中や格差が拡大していて、もはや限界だと思います。だからソーシャルグッド(地球環境や地域コミュニティーなどの社会に対して良いインパクトのある活動や製品)などについて勉強中で、“新しい資本主義”モデルを事業として実践していきたい。世の中が少しでも良くなるように社会貢献ができたら、と思っています」
思えば13歳で外国へ出たとき、漠然とではあるが何らかの形で社会貢献がしたいという願いがあった。決裂した実家の両親とも今は和解し、事業について相談できるような良い関係性を築いている。実家の病院も長く地域貢献を果たしてきたので、酒匂さんがこの道を選んだのも、結果的には必然だったのかもしれない。
バングラデシュのスタッフが楽しく働けるように
経営者ともなればスタッフのマネジメントにも苦心する。「他者の心のコントロールは難しい。時に“北風と太陽”のようなアプローチも必要」と心理学の勉強もした。「バングラデシュではローカルスタッフのほとんどがフェイスブック(FB)中毒で、業務中も連続投稿するので困ったなと(苦笑)。だからFB専用の時間と場所をつくり、仕事を頑張った人にはその時間だけ許可しました。まさに“太陽”的なアプローチ。でも、メリットもあります。バングラデシュはITポテンシャルが高いので、この状況もビジネスの種になりえます」
酒匂さんは人生を25年ごとに区切り、おのおのの段階で自分がなすべきことを設定。25歳までは勉強とインプット、次の25年は、世の中に発信していく期間、さらにその後の25年は次世代の人に自分が得たものを伝えていくというライフプランだ。現在の酒匂さんはアウトプットの真っ最中。どんどん世間に発信していきたいと、攻めの姿勢を続ける。