日頃何げなく使っている“教養”という言葉。その本質が変化してきています。単なる“物知り”ではなく、真の教養人になるためのレッスン開講です。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/kohei_hara)

教養に対しての誤った認識

「教養は身につけておいたほうがいいが、ビジネスにおいて必ずしも必要ではない」そう思っている人が多いのではないだろうか。しかし、それは、「教養に対しての誤った認識」だと、東京大学大学院教授の藤垣裕子さんは語る。

「日本では、物知りが教養人だというイメージがありますよね。歴史や文学、芸術などの雑学的な知識を増やすことが、教養を身につけることだと誤解しているのです」

この誤解が生まれたのは、昔、日本が欧米に追いつくことを目指し、知識や情報を輸入することに重きを置いていた歴史的背景にある。しかし、インターネットなどを通じて世界中の情報に簡単にアクセスすることができる現代において、情報や知識を持つことの価値は低下している。

「いま、情報を選別し、情報を結びつけて活用し、情報をもとに考える力としての教養が求められています」

そもそも教養とはなにか?

柔軟な思考を生むリベラルアーツ

そもそも、教養とはどんな概念なのか。教養を意味する言葉から、その本質を探ってみる。

古代ギリシャの「リベラルアーツ」はその概念の一つとなる。リベラルアーツというと、大学の一般教養をイメージしがちだが、古代ギリシャでは「自由な人格となるための手段」ととらえられていた。「奴隷制度のあった古代ギリシャでは、さまざまな学問や技術、芸術がリベラル、つまり自由な市民にとって必要なものだと考えられていたのです」

自由で独立した人間とは、固定観念や思い込みに縛られない「自由な思考」を持っているということだ。リベラルアーツを現代の教養にあてはめると、新たな知識や情報をため込むのではなく、それらを活用して自分を解放し、柔軟な視点で物事を考えるということになる。

ほかに、教養を表す言葉には、近代ドイツで生まれた「ビルドゥング」がある。産業社会の発展により、研究分野が細分化していく中で、その分野しかわからないという専門家が増えた。

「これに危機感を持った近代ドイツの大学では、多様な知識が集結しないと解決できない複雑な問題に対応するため、ビルドゥングという概念を用いました。専門知識をつなぎ合わせ俯瞰ふかんして考えることが必要です」

個人の知識や意見に固執していては、物事の本質が見えない。木ではなく森で把握することが問題の解決につながることは、経験として実感している人も多いだろう。

藤垣さんが教える東京大学の教養学部では、リベラルアーツの理念にもとづいた教養教育に力を入れている。重視するのは、「自分の頭で考えて、アウトプットすること」。2015年度からは、「総合的教育改革」の一環として、情報や知識を活用する力を伸ばすために、大教室で講義を聞くのではなく、少人数のクラスで学生が主体的に参加する「アクティブ・ラーニング」の授業を増やしてきた。違う学部の学生同士がひとつのテーマについて議論する授業もある。

正解のない問いを自分の頭で考える

「ペーパーテストの空欄を埋める作業ではなく、“正解のない問い”にどれだけ向き合い、他者と議論し、自分なりの答えを見つけようとするか。その力が教養となっていきます」

日本の教育は知識偏重型で、ひとつの正解を追い求める癖が染み付いている人が多いと言わざるを得ない。まずはその癖を自覚し、自由な発想で問題を解決する方法を意識的に探してみるといい。

「答えはひとつではないし、正しい答えがあるとも限りません。柔軟に物事を考えることが、現代に生きる私たちの教養であり、ビジネスで新しいアイデアを生み出したり、問題を解決する大きな力となります」

教養を身につけるにはどうする?

POINT1 自分の頭で考える「思考習慣」を持つ

ここからは、具体的に教養を身につけるためのポイントを挙げる。最初のポイントは、「思考する習慣を持つ」ことだ。目の前の仕事や雑事に精いっぱいで、普段から何げない疑問や問題について、深く考えることを避けている人もいるのではないだろうか。「大切なのは、日常のさまざまな場面で、いったん立ち止まって考えてみることです。目の前で起こる事柄をそのまま受け入れるのではなく、意識的に『どうしてそうなのか』『なぜ自分はこんな気持ちになるのか』というふうに、掘り下げてみてください。この訓練を繰り返すことで、思考する習慣がつきます」

どんなことでもいい。会社で仕事仲間と意見が違ったとき、それはどうしてか? 上司の一言をうれしく感じたとき、なぜうれしいと感じたか? 洋服を買ったとき、なぜ自分はそれを選んだか? 理由や自分の気持ちをじっくり考えてみよう。

POINT2 キャリアで得た知識から、「教養の土台」をつくる

次のポイントは、「教養の土台」をつくること。自分はこんなふうに考えたり議論したりする、という「思考の軸」を認識することだ。

「みなさんは、大学やスクールなどで学んだり、仕事でキャリアを積んだりすることによって、ある種の専門的な知識を得ています。同時に、その領域での“思考法”も身につけているのです。これを確認することが、教養の土台となります」

例えばマーケティングのキャリアを積んできたのであれば、マーケティングの知識だけでなく、その領域で使われるさまざまなモデルを使って思考する方法が自分の中に蓄積している。この土台さえしっかりしていれば、異なった分野にも応用していくことができる。

「マーケティングとは違う領域、例えば人事や営業の課題を考えるときに、マーケティング的な考え方とどう違うか、というアプローチができます。人間関係や社会問題など、ビジネス以外の課題も、同じ方法で考えてみるとよいでしょう」

POINT3 異なる考えの人と議論。教養の土台を耕す

3つ目のポイントは、異なる考えを持つ人と建設的に議論することだ。このことを藤垣さんは「教養の土台を耕す」と表現する。

「違う意見の人との議論は、前述の“思考の軸”をしっかり認識することにつながると同時に、思考を発展させることにもなります」

自分とは違うさまざまな意見とぶつかり合うことは、自分の考えを根底からひっくり返して考え、客観的に見直すきっかけとなる。

「また、建設的に議論を進めるためには、自分の考えを主張するだけでなく、相手の考えにもしっかり耳を傾けなければなりません。違う価値観をリスペクトし、自分の意見に固執せず柔軟に考えを変えていける人こそ、真の教養人なのです」

教養の土台を耕すことは、一見めんどうな工程と感じる人もいるだろう。しかし、課題を解決するための力をつける1番の近道かもしれない。

ビジネスで教養をどう使う?

問題を解決し、新しいアイデアを生み出す

猛スピードで変化している今のビジネスシーン。これまでの知見やマニュアルに頼るだけでは、うまく物事を進められなくなっている。専門知識や特定の能力だけに頼っていれば安泰だという時代は、終わりを告げつつあるのだ。そこで必要なのが、知識量を示すのではない教養の力。

「正解のない問いについてよりよい解を探す能力や、自分とは違う他者と連携する能力をいかに発揮できるかが、ビジネスにおいてもカギとなります」

では、具体的に、ビジネスの世界でどう教養を生かしていけばいいのだろうか。「課題を解決したり、新しいアイデアを生み出す力がより求められている中で重要なのが、自分が携わっている仕事以外の世界、つまり異分野に目を向けることです」

日頃から積極的に、さまざまな分野に関心を持ち、目の前の課題を解決するときや新しいアイデアを生み出すときのヒントにする。この姿勢が大事だという。

また、自分の課題を解決するだけではなく、異分野の人と一緒にビジネスを進めていく際には「コミュニケーション能力」が求められる。ここで強調したいのが「異分野の人と」という点だ。

「コミュニケーション能力が高い人というのは、誰とでも楽しくスムーズに会話ができるといったイメージが強いかもしれません。しかしこれから必要なのは、自分と違う分野の人の考えを尊重しながら建設的に議論し、成果を生み出すことができる力。この力がある人は、会社でもチャンスをつかみやすいでしょう」

例えば「私はコンテンツづくりが仕事なので、営業のことはわかりません」「ずっと飲食業界にいるので金融には興味がなくて」というようなスタンスでは、議論が前に進まない。自ら、チャンスを逃してしまうことになるのだ。

違和感こそがビジネスチャンスに

違う世界の人との交流は、互いの視点や意見の違いなど、新たな発見をもたらす。そこで感じる「違和感」こそが新たなビジネスチャンスを生むものだ。しかし「どうしてこんなに違うのか」と大きな壁を感じることもあるだろう。その壁を取り払うには、共通の目標をはっきりさせ、「基本的にわかり合えない」ことを覚悟して臨むことが大事。

「私は国際会議に多く出席しますが、欧米人は全体を俯瞰して見るので、意見が対立しても感情的にならずに、建設的に話を進めようとします。そこに彼らの教養の底力を感じます」

現代のビジネスパーソンにとって必要な「真の教養」。身につければ、人生そのものを豊かにしてくれるはずだ。

異分野の人と建設的に交流するための5カ条
●さまざまな分野に関心を持つ
●相手の考えを尊重し耳を傾ける
●「私はわからない」は禁句
●基本的にわかり合えないと覚悟
●共通の目標を明確にする