鳴り物入りで始まった「幼児教育無償化」。保育園や幼稚園の保育料が無償化されるのですから、単純に考えれば、子育て世帯はもちろん助かるし、少子化対策にもなるはず! と思いますが、実は「こんなことやっちゃって、いいの?」「お金より保育が欲しい」という声も挙がっています。なぜなのでしょう。
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毎月3万円の保育料が浮くけれど

2019年10月から「幼児教育無償化」がスタートしました。

消費税値上げ分を財源にして、保育園、幼稚園、認可外保育施設などを利用する3歳以上児の保育料を「無償化」する制度で、政府が「全世代型社会保障」と銘打つ目玉政策です。

正確に言うと、認可保育園や認定こども園など、保育料を市区町村が決めている認可施設は3歳以上児の保育料がゼロ円になります。認可外保育施設など、保育料を施設ごとに決めている施設では37,000円を上限に「無償化」され、それを上回る分は自己負担になります。保育料を園で決めている幼稚園(私学助成幼稚園)の場合は25,700円が上限になります。幼稚園の預かり保育の保育料も11,300円まで「無償化」されます。認可外保育施設や幼稚園の預かり保育の「無償化」は、親が働いているなど保育の必要性を認められる家庭だけが対象になります。

同様に、住民税非課税世帯の0~2歳児の保育料も無償化されます(図表1)。

都市部の100市区を対象とした「100都市保育力充実度チェック」調査(保育園を考える親の会実施)のデータで見ると、認可保育園等の3歳以上児の保育料平均額は最高所得階層で約3万円、中間所得階層で約2万円でした(認可保育園等は、所得に応じた保育料が設定されていて、生活保護世帯等は無償化前から保育料は無料)。多くの共働き家庭では認可保育園で毎月2~3万円の支出が、認可外保育施設の場合はそれ以上の支出が浮くわけですから、子育て家庭の家計が助かっていることは間違いありません。

にもかかわらず、その当事者の親からも「大丈夫なの?」という心配の声が上がっています。

お金よりも「保育」がほしいという声

実は、この「幼児教育無償化」、実施前からさまざまな議論がありました。

今回の「無償化」の実施は従来の制度で保育料が高かった家庭、つまり所得の高い層ほど恩恵を受けることになります。施策としての有効性に疑問符がつく中で、子育て当事者の間では「保育園に入れなくて困っている家庭がこんなに多いのだから、待機児童対策のほうが優先されるべきではないか」「保育ニーズがふえて、かえって待機児童問題が深刻化するのではないか」などの声が広がりました。

2019年4月の国の待機児童数は16,772人となり、2年連続で減少したと発表されています。ところが、認可の保育(認可保育園、認定こども園、小規模保育など)に申し込んで認可を利用できていない子どもの数を単純計算すると、2019年度は2018年度よりも増えていました。認可外保育施設で待機している家庭、遠くの施設を勧められて断った家庭など待機児童数から除外されている数字を含めると、認可に申し込んで認可を利用できていない子どもの数は全国で10万人に上ります。全体としては少子化傾向にあるので、どこかで保育のニーズ増は頭打ちになるはずですが、「保活」が厳しい状況はまだ続いています。

無償化の財源が足りない?!

「幼児教育無償化」の財源は、年間で7800億円程度と言われています。

消費税を上げて得られた貴重な財源の使い道が「幼児教育無償化」であると告げられて、「え、そこですか?」と思った当事者も少なくなかったと思います。

そんな折も折、11月20日に「幼児教育無償化の予算が400億円不足するかも!」という報道が流れました。足りなくなった理由は、幼稚園よりも無償化の単価が高い保育のほうに利用者が流れているためと推定されています。国はまだ精査中ということですが、これから保育園をめざす人たちの不安は膨らみます。

保育士の待遇改善と負担軽減を実現できたはずなのに

保育ニーズの急激な増加を受けて、都市部の自治体では、保育施設をこれまでにないスピードでふやしてきました。その結果、深刻な保育士不足が発生しています。

保育士が不足する背景には、施設増のほかに、処遇が低い、負担が重いなどの労働条件の悪さを理由とした離職が多いことがあることも明らかになっています。処遇については、家賃補助やキャリアアップ補助金などの制度が実施されて改善の途上にありますが、賃金構造基本統計調査での「全産業計」と「保育士」の格差は埋まっていません(図表2)。

これを一気に埋めるのは非現実的と思われるかもしれませんが、単純計算すると、年間4000億円を保育士給与に投入すれば埋まるはずなのです。また、保育士の負担軽減には、配置基準(保育士一人で何人の子どもを見るかという基準)の改善が最も有効ですが、2012年に国が自ら試算したプランでは、1300億円かければ1歳児や4・5歳児の配置基準を改善できることがわかっています。合計5300億円です。

「幼児教育無償化」の7800億円の予算を使えば、どちらも即座にできたのです。

「質」を後回しにするこわさ

保育の質は、保育士の働きに左右されます。保育士の人数が足りなかったり、未熟だったりすれば、保育の質は低下します。

保育園を考える親の会には、「保育士不足で、毎日散歩に行けないと言われた」「夏の水遊びができないと言われた」「先生が忙しすぎて、子どもへの当たりがきつい」という声が届きます。このところ、虐待まがいの保育が次々に報道されていることも気になっています。

保育士の人数の不足も解消しなければなりませんが、同時に良質な人材が保育士になってくれなければ、保育の質を上げることはできません。この時期の子どもの発達は、親や保育者などの養育者のかかわりの質(応答性など)の影響を大きく受けることがわかっています。保育は、子どもの安全を守りお世話をするだけではありません。人格形成期の子どものデリケートな育ちを支え促す「教育」でもあるのです。1・2歳児の半数が保育園等に通っている時代。保育士は日本の未来を担う子どもたちを心身ともに健やかに育てるという重要な役割を担っています。

来年度以降はもっと心配なことが起きる可能性

今、自治体の保育担当部署は、認可外保育施設の利用者の「保育の必要性の認定」業務など、無償化のために新たに発生した事務に奔走しています。

認可保育園等では、無償化と引き換えに保護者負担となった食材料費の集金業務で職員が多忙になっています。

幼稚園や認可外保育施設で「便乗値上げ」が相次ぎ、「値上げした分をどう使うのか、聞いても説明がない」など、納得できない保護者からの相談も保育園を考える親の会に届いています。

一番心配なのは、国や自治体の今後の保育施策です。「幼児教育無償化」の費用は、来年度から都道府県や市町村も負担することになっています。

新潟県では県の財政危機を理由に、独自に手厚くしていた保育士の配置基準を下げることを検討しています。新潟県では、国の基準では6対1(6人の子どもに1人の保育士)になっている保育士配置を、県独自の補助金を出して3対1に改善してきました。この補助金をなくしてしまうと、これまでのように子どもにていねいにかかわる保育ができず安全も損なわれると地元の保育園関係者は反対しています。

100都市保育力充実度チェック」によれば、調査対象100市区のうち、1歳児の保育士配置を5対1〜3対1に改善している自治体は約8割に上ります。国の基準が低すぎて自治体が改善せざるをえない状況なのです。

市川市は、公立保育園を全園民営化する計画を発表し、その理由のひとつに「幼児教育無償化」によるコスト増を挙げています。公立保育園の無償化費用は10割が基礎自治体の負担となるためです。

お金を出して子供のための環境を支える

自治体の財政状況にかかわらず、保育の質を保障するためには、国による底上げが必要です。

もしも、毎月3万円払えば、信頼できる保育士によるていねいな保育と、美味しい給食と、子どもの散歩や水遊びが確保できると言われたら、払うという人は多いでしょう。

従来制度のように所得に応じた負担にすれば、経済的に苦しい家庭の子どもも守られます。

みんなでお金を出し合って子どものための環境を支えるほうがいいのではないか、と私は思うのですが、どう思いますか。