スタートアップで“全員週休3日”がうまく回っている企業がある。600株式会社だ。2年前の創業時から続けているという。大手企業でトライしたけれど中止するという事例もある中、同社が続けられている理由とは。今回が4回目の起業になる社長の久保渓さんに聞いた。

事業拡大期にブレーキにならないか

毎週土日だけでなく、水曜日も休みだったらいいのにな……、と考えたことのあるビジネスパーソンは多いのではないだろうか。

そんな憧れの「週休3日制」を実際に導入し、売り上げも伸ばし続けている会社が、600株式会社だ。

600 社長の久保渓さん。

2017年に創業した600は、冷蔵庫型の“無人コンビニサービス”を開発・運営するスタートアップ企業だ。サービスの特徴は、設置場所に合った商品が陳列されるカスタマイズ性や、キャッシュレス決済の便利さだ。福利厚生の観点や、住人の要望などから都内のオフィスやマンションなどを中心に急速に設置が広まっている。

2019年4月にはダイドードリンコとの業務提携も果たすなど、現在は事業拡大期であり、「コンビニより便利な“徒歩1分・半径50m商圏”は、20年後には10兆円市場になりうる」と熱意を傾ける。時間をかけて仕事をすればするほど業績が伸ばせそうに思えるが、なぜそんなタイミングで「週休3日制」を取っているのだろうか。

すべてのきっかけは「妻のつわり」

「きっかけは妊娠中の妻のつわりがひどかったことでした」

600代表取締役の久保渓さんは話す。

創業当時、つわりの重い妻の代わりに、家事全般を久保さんが担った。とはいえ、月曜から金曜まで働き詰めだと、溜まった家事を土日に片付けなくてはならなくなる。そのうえ、妻の体調も、土日に対応をと考えているうちに悪化して挽回に返って時間がかかることも。そうした考えから、水曜を休みにして、自分の1週間のパフォーマンスを検証したところ、週休2日より週休3日のほうが良い結果が出た。出社を月火と木金の2日ずつに区切ることで、だらだらしなくなったことがその要因だ。

オフィスの片隅に置かれる600。欲しい商品をLINEやSlackなどのチャットツールでリクエストできる。

そのときから、600はずっと週休3日制を取ることを決めたのだという。

実は、妻のつわりがきっかけで生まれたのは、週休3日制だけではない。そもそも、600の事業アイデアも「つわり発」である。

久保さんの起業は600で4社目だ。米国で大学在学中に初めて会社を興し、600の一つ前に立ち上げたウェブペイ株式会社にて、クレジットカード決済サービス「WebPay」をリリースした。その後LINEに売却し、久保さんもLINEに入社して、現在の「LINE Pay」事業の立ち上げ期を担った。

その後、2017年5月にLINE Payが国内3000万ユーザーに達したのを区切りとして、LINEを退職、特にやることは決まっていなかったが、とりあえず翌月に設立した会社が600だった。

無人コンビニのアイデアが生まれたのは、起業間もないころ、久保さんの妻の食事に変化が起きたことがきっかけだった。

ファンタ グレープがない!!

つわりのため、ほとんど何も食べられなくなった久保さんの妻が、唯一口にできるものは「ファンタ グレープ」のみ。久保さんは、ファンタ グレープを求めて買い出しに行くものの、売っている自動販売機が見つからず、近所のコンビニでも1、2本しか売っていない。仕方がないので、ファンタ グレープを求めて、いくつものコンビニを探し歩いた。

このとき久保さんは、「ファンタ グレープさえも、見つけるのがこんなに大変だったとは」と愕然とした。しかし、この出来事から、品ぞろえをカスタマイズできるサービスができないかと思い付いた。これが「無人コンビニ」の原点だ。

1人目の社員が入社した翌日に社長が育休入り

こうして久保さんは妊娠中の妻を支え、かつ産後は育児にも積極的に参加した。「初めの社員が入社した次の日から、私が3カ月の育休に入りました」と久保さんは苦笑する。

なんと、無人コンビニの第一号がクライアント先に納入される記念すべき日に、社長は育休中だったのだという。

(左)文具なども冷え冷えで出てくる。(右)非日常を味わえるご当地モノが人気。

「その日だけは妻と調整して数時間家を空けてかけつけました。創業初期の社長が育休をとっても会社は回ります。あの時以上に育休を取りにくいシチュエーションはないはずなので、みんなにも積極的に取ってほしいと思っています」

週休3日制は、創業時から今に至るまで、600のすべてのスタッフで徹底している。前職のころに比べ、「働き方にメリハリがつきましたね」と久保さんは微笑む。

LINE時代は、昼の12時に出社することもあれば、帰りは夜の12時になることも。勤務時間は長くても、その間ずっとパフォーマンスが高いかというとそういうわけでもない。

今は、朝9時に出社して夕方6時に帰り、残業もほとんどしない。「自宅に19時に着くことを意識しています。育児って、参戦のタイミングが5分遅れてしまうことで、できることが変わってしまうので」(久保さん)。

週休3日はラクではない

現在社員数は18人。全員が週休3日で勤務している。週休3日ならさぞ楽に違いない、と思ったら大間違いだ。勤務日数が短いからこそ、パフォーマンスを上げることに全員がシビアなのである。

休日出勤や残業をしている社員を「がんばっているね」などとほめる文化のある会社もあるが、600ではまるで逆だ。もし休日に会社に出てきていたら、パフォーマンスが低いという評価になるので、必ず代休を取ってもらうのだそう。

「パフォーマンスが80%になるならこの制度は終わり。『週休3日制』は、パフォーマンスを上げ続けることで維持し、守るものなんです」と久保さんは言う。

成長を続ける3つの秘密

週休3日制を維持するために、同社の働き方の工夫のポイントは3つある。

まず1つ目が、優先順位を明確にすることだ。同社は目標管理制度としてOKR(Objectives and Key Results)を採用している。OKRは、目標と目標達成のための主要な成果を明確にして評価をするのが特徴だ。

入口には営業日と定休日を明記。

「今やっている作業でも、仕事の優先順位がわかればその作業をやめ、すぐに新しいものに取り掛かれる。気持ちとしては、今までやってきた作業を続けたくなりますが、600のスタッフはみんな、その切り替えがうまいですね」

2つ目が、意思決定のプロセスが明確であることだ。あらゆることに対して、「意思決定者」と「承認者」を決めるようにしたのである。

たとえば、何らかの制度があったとして、誰が作ったものなのか明示している。こうすることで、変更を提案したいときも誰に提案して誰の承認を得ればいいかがはっきりする。改善や変化への対応もスピード感をもって進められるというわけだ。

3つ目が、EX(Employee Experience)、つまり、働くことを通じて従業員が得られる体験を重視することだ。アンケートスコアを用いた「働きやすさの最大化」や、OKRの達成や変化する局面での「成果の最大化」を評価する制度も設計中だという。

こうした取り組みが、短時間で高いパフォーマンスを発揮できる環境を作り上げているのである。

仕事も家庭もあきらめない

妻の妊娠・子育てを機に、効率的に最大限の力を出せるよう、少しずつ会社や制度を整えてきた久保さん。子育て期が終わったら、またバリバリ働くような環境に戻りたいか? と問うと、帰ってきた返事はこうだった。

「週休3日制にはこだわってはいません。ですが、夫婦の関係、家族の関係は私の人生の大切な一部。たとえ子育てが一息ついても、子供は変わらず存在し、関係はつながっています。これからも、大切にしたいことの一つ一つをあきらめず、自分の時間や熱量を注ぎ込むことには変わりはありません」

連綿と続く家族の関係と同じように、久保さんが仕事にかける情熱も続いていく。どちらもあきらめないといういい意味での「欲張りさ」が、新しい働き方を生み出していくのだ。