幼児期からの育脳玩具や教材は人気ですが、本当に早期育脳は将来の成功につながるのでしょうか。知能が平均的な子どもと、非常に高い子どもを対比した研究からわかった驚きの違いとは――。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/maroke)

早期教育による育脳効果は本当にあるのか

わが子が優秀な成績を収めたり、仕事で活躍したりすることを願わない親はいません。

近年では、“賢い子を育てるために”、妊娠中から生まれてくる子供の通うお教室を探すという話も珍しくありません。生後まもなく何らかの英才教育を開始し、2歳前後からの幼稚園・小学校お受験対策、7~15歳前後からの中学・高校・大学受験対策。加えて、AI時代を生き抜くためのプログラミング教室、創造性などを伸ばすことを謳ったお稽古、楽器や水泳教室などへの参加……教育への投資は絶え間もきりもありません。

とくに乳幼児~児童期の教育市場において、「脳を育てる・育脳」という言葉を目にします。では本当に早期の教育投資が子供の脳を育て、将来の成功に近づくことになるのでしょうか? 今回は、この疑問へのヒントとなるような研究をいくつか紹介します。

認知能力(IQ)は将来に大きく影響する

高いIQが将来の成功(所得)や幸せと大きく関連するという研究報告は多数あります。例えば、カリフォルニアの学童25000人の中から高IQ児1500人を選出し、その後の彼らの成長を追っていくという膨大な研究データがあります。その結果、児童期のIQは、30歳の時のIQとほぼ代わりがなく(IQの恒常性と言います)、高IQの人は、全米上位7%以内に入る高所得者となっていました。これらの結果から、学童期のIQの高さは一生の幸福へのパスポートである、というIQ神話が誕生します。その影響は日本でも大きく、小学校受験などでIQテストが導入される時代もありました。

今日では、認知能力(IQ等)よりもgrid(やりきる力)などの非認知能力の重要性が指摘されますが、重要なことは、「子供の頃のIQが人生の大半を決める」ということが神話(事実でない)なのであって、「児童期のIQがその後も人生と全く関係ない」ということではないのです。

認知能力(IQ)は、非認知能力同様に重要な要素であることに違いはありません。高いIQと高い学業成績は関連していることが数多く証明されています。また、上述のように、IQは恒常性を持ち、7~10歳(18歳とする研究成果も多数ある)の時のIQがその後のその人のおよそのIQである、ということもわかっています。

さらに、児童期の低IQは、青年期の非行行動、10代での妊娠率、暴力行動といった事と関連するだけでなく、将来の心臓病、脳卒中、ガンなどの死亡率の高さと関連しているという研究も2017年にイギリスから発表されています。その理由として、高いIQの人の方が、健康知識が豊富で喫煙率が低く、良い職場環境にいる一方、低IQの人は、喫煙率が高く、化学物質が多いなど悪い職場環境に身を置いていることが多いことを挙げています。

天才は脳の発達ピークが12歳

知能(IQ)レベルと最も関連する脳部位は、「前頭前野」と呼ばれる場所です。アメリカ国立衛生研究所のShowらは、前頭前野の皮質の成長パターンがIQレベルによって異なることを、「nature」に発表しています。この研究では、307人の子どもをIQテストの得点によって、「特に知能が高い:IQ121~149」、「知能が高め:IQ109~120」、「平均的知能:IQ83~108」、という3つのグループに分け、6~19歳までの皮質の厚さの変化とIQの高さの関係について調査を行いました。

驚くことに、7歳の時点で前頭前野の皮質が最も成長していた(皮質が厚くなっていた)のは、「平均的知能」と「知能が高め」の人たちで、「特に知能が高い」人はその人たちほど、脳が発達していませんでした。さらに驚くべきことは、実は、「平均的知能」の人では、7歳のこの時点が、前頭前野の発達のピークだったのです。一方、「知能が特に高い」人は、7歳から12歳程度まで一気に前頭前野が成長し、ピーク時(12歳前後)には平均的な知能の人のピークの時よりも脳はより成長しています。(図表1)

残念ながら、この研究では、7才までのその子たちの教育環境までは調べられておらず、平均的な知能の子と特に高い知能の子の7歳までの教育環境の違いまではわかりません。ただし、少なくとも、7歳の時点で脳の成長のピークが来るとIQが高くならないということは、早期育脳が一概に良いとは限らない可能性を示唆しています。

頭の良い子を育てようとしすぎてはいけない

かつて「優生学」として人種差別を含めた差別につながり、世間に受け入れられるものではありませんでしたが、IQは、(研究によって多少異なるものの)50%~70%以上が遺伝の影響と報告されています。また2017年には、IQの差を説明する遺伝子も発見されています。

頭の良い子になってほしいという思いを募らせ、自身にも子供に対しても大きなプレッシャーをかけそうになるとき、まずは自分(とパートナー)の能力を思い出してみることと、してあげられることは限られているのだから、と考えて気楽に子供の教育に関わる気持ちも大切なのかもしれません。

<参考文献>
・Shaw, P. et al. Intellectual ability and cortical development in children and adolescents. Nature 440, 676‐679 (2006)
・Guilford, J. P., The nature of human intelligence. N.Y. Wiley (1967)
・Jensen, A.R., Social class, race and genetics: Implication for education. American Educational Research Journal.,5,1‐42. (1968)
・Jensen,A.R., How much can we boost IQ and scholastic achievement?. Harvard Educational Review., 39, 1‐123. (1969)
・Sternberg, R.J., Beyond IQ;A triarchic theory of human intelligence. Cambridge University Press. (1985)
・Calvin, C. M. et al. Childhood intelligence in relation to major causes of death in 68 year follow‐up: prospective population study. Brit. Med. J. 357, 2708 (2017).
・Duckworth, A. L., Peterson, C., Mattews, M. D. & Kelly, D. R. Grit: Perseverance and Passion for Long‐Term Goals. Journal of Personality and Social Psychology 92, 1087‐1101 (2007).