PISA(15歳児童の学習到達度国際比較)で、多くの分野において1位を獲得し、“世界一の教育”と注目を集めるフィンランド。親と学校のかかわり方も日本のそれとはまったく違っていた。ヘルシンキ大学非常勤教授で、息子さんを東京とフィンランドの両方で育てた経験のある岩竹美加子さんが指摘する日本とフィンランドの決定的な違いとは――。

※本稿は岩竹美加子『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/AH86)

非加入を許されなかった日本のPTA

2001年、東京都杉並区立の小学校に息子が入学し、PTA加入の申込書を受け取った。そこには、「加入する」と「加入しない」の2つがあり、私は「加入しない」に○をつけて提出した。1週間ほどたって、副会長と名乗る女性から電話があり、冷ややかな口調で「全校で加入しないと言っているのはお宅だけ」で、「加入しないのなら、お子さんはPTA主催の催しに参加できません」と告げられた。

加入しない理由を聞くこともなく、懐柔しようとすることもなく、ためらいもよどみもない冷たい口調は、きっと前もって練習していたのだろう。有無を言わせない強い態度だった。加入を誘う時は、加入するとこういう良いことがありますよ、楽しいですよと誘うのが普通だろう。しかし、PTAでは、こういう悪いことがありますよ、お子さんはPTA主催の催しに参加させません、いじめますよという脅しが誘いのかわりなのだ。

非加入による嫌がらせが日本各地で起きている

知り合いの母親にこの話をすると、副会長を知っていて、彼女はそういう人ではない、立場上そう言わざるを得なかったのだろうと同情していた。その副会長は、以前、硬派の役員につるしあげを受けて、精神性の下痢に悩んだという。2年ほどたって、この元副会長に直接会う機会があった。加入の電話についての話はしなかったが、PTAに関する話になると、意外なことに、彼女は私の考えにうなずき、PTAはおかしいと思っていると言った。

後になってわかったのだが「PTA主催の催し」は、年に一度のクラスのお楽しみ会だけだった。PTAは、町内会や青少年育成委員会に従属させられていて、「町ぐるみ運動会」や「夏休み早朝ラジオ体操」などのお手伝いをする。あるいは、運動会など学校の行事、用事に動員されるのである。

息子の小学校では、PTAの退会も認めていなかった。PTAが給食費を集めて管理しているので、非会員がいると迷惑ということが、理由の一つである。給食費は、学校が集めるべきものではないか。また、非加入だと、非常時の集団下校に入れてもらえないという話もあった。最近のケースでは、親が加入しないと、子どもに卒業式のコサージュや紅白まんじゅうをあげない、学校の情報を知らせないなどの嫌がらせが、日本各地でされているという。

結局、PTAには加入した。息子がいじめられたり、嫌な思いしたりするようなことがあって欲しくなかった。

巨大な国家組織なのに、法律がない

息子のクラスには、委員長、副委員長、広報委員、文化教養委員、スポーツ委員の役職があった。

区のレベルでは、杉並区立小学校PTA連合協議会(杉小P協)があり、7つの分区に分けられていた。各分区の中に、分区長、役員、総務専門委員、学級専門委員、地域専門委員、広報専門委員の8つがあり、毎年ローテーションする。さらに、杉小P全体としては、会長、副会長、特別委員長、総務専門委員長、学級専門委員長、地域専門委員長、広報専門委員長、会計、庶務などの役職があり、やはりローテーションで担当する。

会長の話では、2001年まで杉小P協に加入していない小学校は一つあった。それは、杉並区で最初にPTAを作った小学校で、最初に杉小P協から脱退した学校でもあったという。しかし、2000年夏に、プールで子どもが死亡する事故があり、その補償をめぐる交渉のために、杉小P協へ加入せざるを得なくなったという。それまで、区の教育委員会に陳情しても埒があかなかったが、「屈辱の思いで」2002年度から再加入し、杉小P協として交渉すると全く対応が違ったという。

子どもが死亡した事故で、区のレベルのPTA連合に加盟していなければ、交渉できないなど、絶対にあってはいけない。PTAには、準拠する法律がないというのも普通ではない。PTAは、日本最大の社会教育団体、かつ地域組織と言われ、現在、900万人近い会員がいるとされる。巨大な国家組織なのに、組織を律する法律がないのだ。

日本の学校に必要なのは“地域の協力”より弁護士

最近は、PTA加入が実は任意であることを周知する動きがある。それは、2010年、民主党政権時代に起きたことである。しかし、非加入の親・保護者が増えることを恐れて、知らせたがらない傾向も見られる。PTAと学校が別組織であるということも、最近知られるようになったことである。

息子の小学校で、会長経験者の女性はPTAをどうにか改革したい、メンバーの意識を改革するために、活動している人を講師として呼びたい、アメリカンスクールではどんなPTA活動をしているのか勉強したいと強く思ったという。しかし、教育委員から改革は困ると言われたと話してくれた。会員が充分な知識を得る権利は、認められていないのだ。

私は、日本の学校に必要なのは弁護士だと何度か思った。町内会や青少年育成委員会、その他学校を取り巻く煩雑な組織はいらない。地域との協力もいらない。なぜなら地域が具体的に意味するのは、町内会会長や青少年育成委員会会長など、地元の名士的な人を指す場合が多い。杉並の学校では、それは複数の役を兼ねる同一人物だったり、またはその奥さんだったりした。地元で発言力を持ち、年輩、年上であるということが権威になり、PTAのお母さん達が敬語で接する関係になる。いじめ問題などの対応についても当然、素人だ。そうした点を考えると、弁護士は、一校に一人とは言わないが、少なくとも区のレベルでは必要だと思った。

フィンランドの保護者組織「親達の同盟」とは

フィンランドには「親達の組織」と呼ばれる保護者組織がある。学校とは別の任意の市民団体で、すべての学校にあるわけではなく、ない学校も多い。上部組織として「親達の同盟」という組織があって、相談に応じたり、助言、提言したりする。また、家庭と学校を支援するプロジェクトなどさまざまな活動を行っている。

2018年5月、インタビューのため「親達の同盟」の事務所を訪れた。ヘルシンキの中心エリアで、歴史を感じさせるアールヌーボー様式の建物の中にある。「親達の同盟」の前身である「家庭養育協会」は、1907年に創立された。当時の事務局長の住居を改装した、広々としたオフィスである。

通されたのは、リビングルームのような部屋で、窓と壁に沿ってコの字型にソファが置かれている。壁の色は濃い目のグレー。壁には、100年以上の歴史を持つこの組織の写真が、たくさん飾られている。コーヒーとクッキー、イチゴでもてなされた。

運営経費の9割が宝くじの収益金から

お会いしたのは、トゥイヤ・メッツォさんとアンリ・レヴェーラハティさん。スペシャル・エキスパートという肩書のメッツォさんは20年、組織活動エキスパートのアンリさんは8年、「親達の同盟」で働いている。とてもフレンドリーで、エネルギー溢れるお二人である。現在、10人のスタッフがいて、同盟長を含む女性8人、男性2人の構成である。

そのうち6人がパーマネントのポジションで、4人は、3年間のプロジェクトの助成金を得て勤務している、任期付きのポジションである。

「親達の同盟」を運営するための経費であるが、その90%は、宝くじの収益金から来ているという。宝くじの収益は、社会福祉保健関係、文化・芸術・学術、スポーツ、青少年関係、馬術や馬のスポーツ競技などに使われる。また、教育庁といくつかの財団からも少し予算を得ている。毎年、申請する必要があるが、ネットで行うので、手間はかからない。「親達の組織」には、会費を取る所と取らない所がある。会費を取る組織があっても、全額、自分達の活動のために使う。その一部が「親達の同盟」に上納金として流れることはない。会計報告は、毎年出している。

日本のPTAとの決定的な違い

さっそく、お二人の話に入ろう。「親達の組織」は、保育園から高校まで作ることができる。必要があれば作る任意組織なので、作っていない所も多い。親達の同盟のホームページは、組織を作る際の参考として、モデルとなる規約を掲載しているが、このような活動をすべきというような指示は出していない。親・保護者が、その時点で必要と考えること、関心のあることを行っている。親が学校に関心を持ち、学校と関わることが重要で、それをどう行うかは自由である。

現在、フィンランドの約78%の小中学校で、定期的に「親達の組織」の活動、あるいはそれに相当する活動があるという。つまり、「親達の組織」はないが、親が何らかの活動を行っている学校もある。

「親達の組織」がある学校に子どもが入学しても、親は自動的に組織の会員にはならない。加入できることは知らされるが、勧誘はなく、まして強制されることはないという。私は、会員だったことは1度もないが、会員になれと言われたことはない。

加入率は10%程度

「親達の組織」の約40%は、法人として登録され、組織法に準拠している。それは、会員名簿の作成を義務づけているが、情報を渡したくない親もいるため、必ずしも作られていなかったり、作られていても会員全員を記載していなかったり、情報が欠けていたりする。また会員名簿は、「親達の同盟」には来ないので、個々の組織の会員数は、わからない。組織によっても異なるが、会員数は多くて30人位だろうとのことである。フィンランドの学校の生徒数は、学校によっても異なるが、多くて30人位というのは、割合にすると恐らく10%程度の加入率になると思われる。PTAの発祥の地・アメリカでも、入会率は約20%と言われる。

名簿はなくても活動できるので、実際には問題はないという。また、親が会員かどうかで、子どもを差別したり、子どもへの対応に影響したりすることはない。フィンランドでは、いかなる理由であっても法律で差別が禁じられている。まして、保護者組織は、関心のある親が任意で子どものための活動を行うので、親も子も全員歓迎である。関心のある催しやイベントだけに参加して、他のことはしない人も多いが、それも問題ないという。私も、会員だったことはないが、「親達の組織」の集いやバザーには行っていた。

活動は強制ではなく「提言」

「親達の組織」は、家庭と学校のコミュニティ的な繋がりを作ること、子どものウェルビーングを高めること、一緒に活動することなどを第一の目的とする。学校は、学習のためだけにあるのではない。子ども達が、快適に過ごせるような環境作りが大事である。校庭でバーベキューをしたり、スポーツや音楽のイベントを開いたり、クラスで、近場への遠足に行くこともある。フィンランドでは、学校行事が少ないので、親がボランティアでこうした活動を行うことで、良い環境作りに加わることができる。

岩竹美加子『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』(新潮新書)

保護者向けの活動としては、「親達の夕べ」がよく開かれている。仕事を終えて帰宅した夕方、親が学校に集まって、関心のあること、気になることなどについて話し合う。講師を呼んで話を聞き、その後、話し合うこともある。問題があって、何かを変えたり、影響を与えたりしたい場合も、「親達の夕べ」から始めることができるという。

最近は「親達のチーム」を提言している。「親達のチーム」は、クラスでの活動で、先生や学校の様子を知り、関心を持ち、親同士が知り合い、家庭と学校の間の繋がりを作ることができる。クラスが、小さなコミュニティになり、安心と安全のネットワークになるという考えである。

「親達のチーム」として構想しているのは、1クラス(20~25人)の中から、3~6人の親を中心に、活動を行うアイデアである。任意でいろいろな活動を企画、主催する。具体的には、物語を子ども達と一緒に読む「お話クラブ」、料理、自転車の手入れや修繕、遠足などがあるという。そのための、役割分担と定期的なミーティングを行う。

「親達のチーム」は、移民の子どもにも配慮している。異なる環境での学校生活の支援、フィンランドで学校と家庭の間の連絡に使われているネットシステムの使い方の支援、移民の親支援などを行っている。アルバニアのお話クラブなど、移民の子どもの出身国に関するものもある。

「親達のチーム」のような活動は、日本でもされているだろう。しかし、フィンランドでは、これがクラスで提唱されている活動で、他に活動や動員はなく、ややこしいことは何もないという点が異なる。