ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)の著者、ブレイディみかこさんは、イギリス在住のライター・コラムニスト・保育士。多様な人種の中で中学校生活を送る息子さんの日々を描いた本作で、女性読者の共感を呼んでいる。これまで社会派のルポルタージュを多く書いてきたみかこさん。そんな彼女から現在の日本社会はどう見えているのか――。

おじさんの差別的発言の背景を考えてみる

――本の中で描かれるのは、息子さんのイギリスでの中学校生活が中心ですが、みかこさんが子連れで福岡県に帰省したときのエピソードも印象的でした。居酒屋で中年男性から「(息子に)日本語を教えて、日本人の心を教えんと、日本の母とは呼べんな」と絡まれたという……。

もちろん、そのときは腹が立ちましたけれど、「どうしてこんなことが起こったのかな」と考えたとき、あのおじさんも普段はそういうことを言う人ではなく、酔っ払っていたから差別的な発言が出てきたのかもしれません。彼は仕事の愚痴を言っていたので、要するに仕事がうまく行っていないんだろうと……。

ブレイディみかこさん

きっといろんな差別的発言もその人が心からしたくてしているわけではなく、背景になんとなくそうさせる空気や環境があるんだと思います。人間は環境の動物ですから。生活する上で何かがうまくいっていなくて、不安があって、誰かに八つ当たりしたい。そういう要因があると思うんですが、中でも経済的なことがかなり大きいと思うんですよね。そう推測すると、やはりデフレの続く日本経済をなんとかしなければという課題がはっきりとしてきます。

「差別=悪人」では思考停止で終わる

――ポリティカル・コレクトネスを考えると人種差別発言は許されないわけですが、発言した人を責めるだけでは解決しないということですか?

「差別しているから、あいつは悪人」と、そこで終わらせたら思考停止になってしまいます。イギリスでもEU離脱についての論争で移民排除などの発言が出てきていますが、その背景を注意深くみていくと原因になっている環境が見えてきます。

緊縮財政が続いた結果、仕事がある労働者階級も「明日はどうなるかわからないぞ」という不安を抱えている。そんなとき、「雇用が安定していた昔はどうだったのか」と思い返して、「移民とかこんなにたくさんいなかったよね」と違う方向に考え、またそういうムードを利用して煽る政治勢力が出てきてしまったりする。だから、本来は政府が財政出動して、昔のような安定した雇用形態にすれば、彼らの不満は薄まるはず。排外的なムードが出てくるギスギスした世の中になっているのは道徳的に退廃しているわけではなく、なにかそうさせている環境があるんだと私は思います。

――日本社会でも不安感や行き詰まった感じは強いように見えますか?

日本は国の借金が1100兆円と言われ、国民一人当たりにすると借金いくらと、教わるじゃないですか。それは国民の借金ではなく政府の借金なのに。「だから、年金は払えないよ」「消費税を上げるよ」と理由に使われている感じがします。それゆえに国民はものすごく押さえつけられた感じがして、日本全体が息苦しくなっているのではないでしょうか。「なんとか借金を返しておかないと」という焦りがあって、デフレ経済が続くと同時に人の心も縮んできている感じがします。なんだか、みんなカリカリしていますよね。

まともな労働運動は女性から

――そういった閉塞感の強い状態を改善するには、どうすればよいのでしょうか?

例えば会社でみんなが残業しなければならないというつらい状態だとして、それはなぜか? ということをよく考えてみてほしいですね。同僚など、自分と同じ地平の人とばかりバチバチやってしまいがちですが、本当に良くないのは雇用主など、労働の仕組みを作っている人。そこに目が向かず、例えば時短勤務の人に矛先が向かってしまう。本来はそうじゃないですよね。

日本の場合、これまでちゃんとした労働運動がなかったというのがよくないと思います。でも今後、日本でまともな労働運動が生まれるとしたら、女性からだと思う、と言いたくなるぐらい女性は大きな役割を果たせると思います。日本で一番、今の状況に怒っているのは女性ですしとても優秀な人が多いですよね。

私と付き合いのある女性編集者さんたちも、仕事と家事、育児の負担が大きくて本当に大変そう。「(日本社会に向けて)もっと過激なものを書いてください」とリクエストしてくれるのは、女性のほうです(笑)。

日本では女性同士がバラバラなのが問題

――日本では女性が連帯して自分たちの社会的地位を上げようという動きが起こりにくいですね。

日本は「私は(ジェンダーの)ハラスメントを乗り越えてきたから、あなたもできるのよ」という個人的なフェミニズムが多い気がします。それはイギリスの日系企業に勤める人も同じ。なかなか「♯MeToo」と連帯できずに、個人的な問題で終わってしまうので、女性を生きづらくしている障害をみんなでなくしていこうということにならない。そんなふうに個人個人でバラけている時点で女性たちは負けてしまっている、そう言えるかもしれません。

興味深い話があって、韓国のチョ・ナムジュさんが書いた『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)という本がヒットしていますが、韓国では女性たちがその内容に共感し社会に対して怒ったそうなんです。でも、日本では読んだ人がみんな怒る前に悲しくて泣いてしまったと。それだとシンパシーで終わってしまって、エンパシーでつながって乗り越えていく感じにならないですよね。自分の身に引きつけて泣いて、次に何をするか、が大事なんだと思います。

女性のためのクールな労働運動を

非正規雇用も圧倒的に女性が多いわけですし、子育ての負担も相変わらず大きい。今こそ女性の側からの労働運動が盛り上がるといいですよね。みんなそれぞれの立場は違うけれど、「とりあえず女性が生きやすくしようよ」という点で連帯できると思います。

ただ、どうしても労働運動ってアンクールなイメージがあるのかも。私の若い頃を思い出しても労働組合は「ダサい」とか「暗い」と思われがちだったので、もっとクールで明るいイメージにしたいですね。スマートで知的な運動として……。

職場でヒール付きのパンプスを強要されることに反抗する「#KuToo(クーツー)」運動が起きていますが、それも労働に関わる問題ですし、良い方向に発展していくと大きな可能性を含んでいると思います。上の立場にいる女性も「私もパンプスを履いてきたんだから、我慢しなさい」と言うのではなく「そうよね。足が痛くなるからやめたほうがいいわよね」と懐の深い対応をしてほしい。そういうシスターフッドとも呼べるような女性の連帯が、もっとあってもいいと思います。

――本の結びで、「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」と言っていた息子さんが「ちょっとグリーン」だと訂正するくだりが印象的でした。ブルーは憂鬱や不安、グリーンは未熟や経験不足を表すそうですが、例えるなら、みかこさんから見て日本社会は何色に見えますか?

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)「ぼくイエ」の特設サイト
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ふだんはイギリスからネットを通し仕事関係の人とやり取りをしているだけなので、日本の全体像が見えないけれど、こうして帰ってきて取材を受けると、みなさんそれぞれに感じていることが違うし、ひとつではなく、いろんな色が見えてきます。けれどみなさん、このままではいけないんじゃないかと思っているのは共通していますね。おそらく、多くの人が今後の社会の方向を模索しているのだと思います。

そもそもこの本も、うちの息子とか学校のことを知ってもらいたくて書いたのではなく、今「なんとかしなきゃ」と思っている日本の人が読んでくださったら、なんらかのヒントになるのではと思って書いたわけです。本のカバーの黄色には楽天的という意味があるらしいので、少しでも社会を明るく照らす本になればいいと思います。