CAが感動でふるえた、さりげない振る舞い
国際線のファーストクラスには、グローバルに活躍するキャリア女性たちが多く乗っている。同じ働く女性として見習いたい、ワンランク上の所作の宝庫ではないだろうか。
「私は約8年間、キャビンアテンダント(CA)として乗務しましたが、ファーストクラスの機内で出会ったすてきな女性たちのことは、いまも鮮明に記憶しています」
そう語るのは、かつて国際線CAとして活躍した鈴木愛子さん。
「コミュニケーションをはじめ、機内での過ごし方や食事など、超一流の女性の立ち居振る舞いには感動し通し。それは決して緊張感漂う格式ばったものではなく、私たちを和ませてくれるものでした」
超一流の所作、習慣とはどのようなものか。順に見ていこう。
▼アイコンタクトでアイスブレーク。相手との関係づくりを一番に考える
「ファーストクラスのお客さまには、搭乗の際に共通して見られる特徴があります。それは、必ずアイコンタクトをしてくれることです」
ファーストクラスに限らず、搭乗する際は入り口付近に立つCAに迎えられるのが常。このときに必ず、目を合わせてにこやかに挨拶を返してくれるという。自分の名前を名乗って握手を求めたり、CAの名前を聞いたりする乗客もいる。たかが挨拶と軽視してはいけない。これが実は、その後のフライト時間を快適に演出する大切な振る舞いなのだ。
「お客さまとCAの間には明確な上下関係が存在していますので、まず親しみやすさを表現していただくことで、私たちは一気に緊張がほぐれるんです。ささいなことでもお声がけしやすくなり、こまやかな対応ができます。結果として、フライト時間を気持ちよく過ごしていただけることにつながります」
ファーストクラスに乗り慣れた女性ほど、スムーズなコミュニケーションを取ろうとしてくれる。エコノミークラスやビジネスクラスでは時折、上下関係をあえて強調して威張りたがる女性も見受けられるが、これでは、自分で自分の首を絞めているようなものである。
「たとえ限られた時間でも、一緒に過ごす方との関係づくりが大切だと、心得ていらっしゃるのだと思います。仕事でも同じように、人間関係を構築している様子が目に浮かびます」
聞かれる前に希望を伝え、不要な気遣いをさせない
とはいえ、フライト中は気が抜けないのがCAの宿命。さまざまな乗客の多様な不便や不満を解消しようと目を光らせている。
「あるイギリス人の女性の方は、搭乗後すぐに、あらかじめ用意しておいたメモを私にお渡しになりました。それには、そのフライトで希望する時間の過ごし方が、時系列で整然と書かれていたのです。そして、一通り説明してから『それ以上のサービスは不要』と明言されました」
このメモのおかげで、鈴木さんは必要以上に彼女に接触して不快な思いをさせることはなく、適度なサービスができたという。欲する接客のかたちは人により微妙に異なるが、こうして最初に“正解”を提示してしまえば、CAも動きやすい。このイギリス人女性だけではなく、食事の好みや寝る時間、到着直後の予定など、こちらが聞き出さなくてもさりげなくインフォメーションしてくれる女性は多いという。先回りして相手が働きやすくする配慮は、普段の仕事でも実践できるコミュニケーション術だろう。
さらに鈴木さんは新人時代、こんな貴重な経験も。
「アメリカの某大手投資会社の要職に就く年配の女性とヒースロー空港までご一緒した際、『あなたとの会話はとても楽しかったわ。よかったらオフィスに遊びに来てくださいね』と名刺をいただきました。後日、実際にオフィスを案内していただく機会を得たのですが、高層ビル内の、あまりにもきらびやかな光景に圧倒されました。そこで彼女は仕事や日常生活の話をたくさんしてくれたうえで、『情熱さえあれば、あなたもこういうオフィスで働くことは可能よ』と、若いときこそいかに自分に投資するかが大切だと、自身の失敗談などを交えながらアドバイスしてくれたんです」
上から目線ではない、飾らない語り口と人柄に鈴木さんは心酔。彼女が身につけていたブルガリの宝飾品が、いっそう輝いて見えたそう。
誰にでもフラットに接し、出会いを大切にする。一流の女性は、そんな基本を身につけているのである。
▼クレームをクレームと思わせない! 建設的な提言でさりげなく伝える
機内ではイレギュラーなトラブルがあったり、ちょっとしたことで不満が出るもの。そんなときいら立ちをあらわにしてしまうことが誰しもあるだろう。
「乗務中にお客さまから苦言を呈されることは少なくありません。ただ、ファーストクラスの女性に共通しているのは、決して威圧的な物言いはしないということです」
不手際があっても、責め立てない
客という立場をかさに着てCAを責め立てても、問題が解決するとは限らないことを理解しているのだ。
「クレームだと気づかないことが多いんです。例えば、あるイギリス人の女性経営者は『今日のフライト、すごく良かった』とまずほめてくださった後、『でもこの前と違って今回はこの点がちょっとこうだったわよね。なんでかしら?』と続けられました。それは後々考えると、私たちの不手際を指摘する内容だったのですが、まるで、一緒に考えましょうという雰囲気で……」
CAが「申し訳ありません」と謝る隙も与えなかったという。
「あるカナダ人の女性からは、『機内販売で○○が欲しいのですが、この前も今日もなくって。帰りのフライトのときに用意してもらえますか?』とリクエストされたことがありました。目的のものがなかったと不満を言うのではなく、改善の機会を与えてくれたのです」
イライラを建設的な要求に言い換えて伝える。ぜひ実践したいものだ。
▼必要最低限のことをすませたら休息。あくせくせずに優雅に過ごす
目的地によっては10時間以上に及ぶことも珍しくない国際線。忙しいキャリア女性は、フライトの時間も無駄にしない。ファーストクラスの機内でもバリバリ仕事をこなしている、と思いきや――「お休みになる方が多いです」と鈴木さん。
「VIPのお客さまほど、“時短”に長(た)けている印象を受けます。例えば情報を仕入れるために新聞を読んだり、仕事の書類に目を通したり、パソコンで作業されたり……という光景は目にしますが、何時間も続けるのではなく、必要な作業を終えたら、あとはゆっくり読書をしたり、眠っている方が多いですね」
すべてにおいてあくせくせず、“落ち着き”を感じさせるのが、ファーストクラスの女性たち。シートのモニターで、映画を何本も見ようと張り切る人もほとんどいないそう。
到着後の仕事に備え、機内ではリラックス
「到着後に備えて、休息も大切にされているのでしょう。リラックスするために、部屋着や、ふかふかのスリッパは用意されていますが、慣れたお客さまは最初からくつろぎやすいパンツ姿とフラットなシューズで搭乗することが多いです。同じファーストクラスでも、国内線ではすぐに仕事に取りかかれるようにピシッと決めて、長い路線ではカジュアルで、と使い分ける女性もいらっしゃいます」
しかし機内は気圧の関係で、どうしても乾燥したり冷えたりしがち。そのため、フライト中に体調を崩す人も少なくないそうだが、滞在先でのスケジュールに支障をきたすのは困りもの。
「マスクで保湿をしたり、風邪予防にプロポリスを携帯したり、万全に対策されています」
世界をまたにかけて働く女性は、心身の健康が何よりも大切なことだと、心得ているのだ。
▼食べていないかのごとくきれいなカトラリーやお箸。お酒は自分のペースで控えめに
フライト時の楽しみの1つである機内食。これも実は、習慣の差が出やすいポイントだ。
「お食事の後がとてもきれいなんです。フォークやナイフ、なかには和食をお箸で食べる外国人の女性もいますが、本当に食べたの? と思うほど汚れが見当たりません。日頃から格式の高いお店で食事をされているので、自然に身についた作法でしょう」
“空”の事情を理解して、CAに協力してくれる
食事のマナーだけではなく、CAのサービスに対してもしかり。
「星のついた名店の料理を提供していますので、私たちは料理の温度管理や盛りつけなどは厳しくチェックしています。でも、機内でのサービスには限度があります。気象条件によって揺れたらサーブがもたついてしまいますし、途中でいったんやめなければいけないことも。そこで、『早く食べたい』『コレがほしい』とレストランレベルの要求をするのは、スマートとは言えません」
ファーストクラスの女性は文句を言うどころか、CAを気遣い、協力してくれることもあるという。
「あるフライトで、お客さまが『やっぱり和食が食べたくなった』と、ウェブで予約したメニューの変更を希望されたことがありました。しかし、たまたまその日は和食が人気で、数が足りなかったのです。そうとは言えず困っている様子の私を見て、後ろの席のオーストラリア人女性が『気が変わって、洋食が食べたくなったわ』と声をかけてくれたんです。これは明らかな助け舟。恩を着せない言い方も含め、上質な気遣いにふれて感動したのを覚えています」
機内ではお酒が飲み放題だが、むやみに飲みすぎないのも一流の女性たちの共通項。エコノミーやビジネスでは、置いてあるお酒を片っ端からオーダーする人も見受けられるが。
「ひいきの銘柄をゆっくりと味わったり、新しく入ったワインを試飲したり、とても上品にお酒を楽しまれている印象です。最初のご挨拶の際に『ナイトキャップに少しだけブランデーを』とオーダーされたアメリカ人のVIPがいらっしゃいましたが、そのスマートな物言いに、女性の私でもほれぼれしてしまいました」
時と場所に合わせた臨機応変な心遣いも忘れない。一流の女性の振る舞いは、奥深いものだった。
元国際線CA
大学卒業後、国内航空会社に入社。CAのかたわらカメラマンやマナー講師など他分野で活動。2017年退職後起業し、現在D-Kids International School代表として英語学校を運営。