世界的に有名なテクノロジー企業が集まるカリフォルニア州シリコンバレー。現代の最先端事業の女性起業家たちを支えるのは、家族の強い絆です。

幼い娘を抱っこしながら、電話会議。出産と起業を同時進行

旅のキュレーションサービスを提供する「ジョントフル」を経営するモカ・パンテイジスさん。「とにかくやってみる。ダメならもとに戻ればいい」がモットー。大学卒業後はグローバル・ブランディングとして有名な「ポーター・ノベリ」というPR会社に法人営業のアカウントエグゼクティブとして勤務するためにシアトルに移住。その後、ソーシャルメディアとマーケティングの接点にいち早く取り組み、その講座を設けていた韓国の延世(ヨンセ)大学大学院に留学。学生生活と並行してソウル放送(現・SBS)にも勤務した。

(写真左)モカ・パンテイジスさん。シリコンバレー在住者がよく訪れる丘の上の公園。大自然の中でリラックス。(同右上)子どもが必ず旅行時にバックパックに入れるぬいぐるみを大切にしている。(同右下)旅の思い出に持ち帰ったもの。

そして、ウィキメディア財団に勤務時代、起業のきっかけとなる出来事が。香港へ出張するときにパートナーのラファイエルさんが、モカさんが興味を持ちそうな場所だけをつづった地図を作ってくれたのだそれを見てビジネスの案がひらめいた。「世界に1つしかない私だけのために作られた美しい地図。それを手にした喜びを、多くの人に味わってほしいと思いました」

前職はデザイナーだったラファイエルさんとともにジョントフルを起業。2人とも安定した職を離れ、自分たちの貯金を使い、あえて外部からの投資を受けずに、納得のいくサービスづくりに集中した。

幸運にも起業後まもなく、アメリカン・エキスプレスから協業したいと、申し入れがあった。一方で、新サービス開始と初出産の時期が重なり、喜びと同時に仕事と出産の両立の難しさを肌で感じた。「生まれたばかりの娘を抱っこして、背中をさすりながら電話会議をしていました」

この時期の教訓はモカさんの価値観を大きく変えた。

「それまでは仕事一辺倒でしたが、今では家族との時間が一番大切だと思えるようになりました。会社も順調に成長していて娘が4歳になったので、これからはパートナーと2人の時間もつくっていきたいです」

▼1日のスケジュール
5:30 起床。娘が起きていれば読み聞かせ。
6:30 身支度の後、朝食をとる。
7:00 エクササイズに行く。
8:00 仕事開始。
12:00 水曜日はパートナーが在宅勤務なので、一緒に昼食をとる。
15:30 娘のお迎えに行く。
16:30 帰宅後、夕食の準備。
17:30 家族で夕食をとる。
18:30 娘と一緒に入浴する。
19:00 娘を寝かしつける。
19:30 少し仕事をする。
21:30 就寝。
▼my favorite
●美容と健康→娘が成長したときの習慣になるように、夜は一緒にココナッツオイルで洗顔する
モカ・パンテイジス(Moka Pantages)
旅のキュレーションサービス会社経営
メリーランド大学カレッジパーク校卒業後、韓国の延世大学大学院で修士号取得。ウィキメディア財団、ホワイトハウス、デイリー・トッド社などに勤務した後、2015年に起業。

大切なのは「なぜ?」と探究心。認知症の患者と家族を助けるアプリを開発

認知症の兆候をチェックし、日常生活の改善によって進行を遅らせる。そんな技術をスマホのアプリで実現したのが、エリ・キャプランさんが創設した「ニューロトラック・テクノロジーズ」だ。起業のきっかけは、祖父母がアルツハイマー型認知症になったこと。本人や家族の苦悩が大きいのに病気の進行を確認する手立てがなく、不安に陥るばかりという体験をした。

(写真左)エリ・キャプランさん。オフィスには社員の家族の写真が並ぶ。大切な人を助けたいという初心を忘れないためだ。(同右上)仕事にはPCとビタミン剤がマスト。

ホワイトハウスや証券会社など幅広い職歴を持つエリさんは、すべての経験が役に立っていると感じている。脳への関心はもとより、重要な研究を探し当て、研究者らを説得して共同創設者になり、有名なベンチャーキャピタルから資金を集める。好奇心や探究心を持ってアイデアを何かの形にすることは、これまで手がけた仕事に共通しているからだ。

「このビジネスに必要なのは“自信”ではなくて、わからないことに対する“好奇心”。なぜ? と自分の中で疑問を感じること。そして、誰でも学習に一定の時間を費やせば、その分野の専門家になれるはずです」

アプリが開発される前は9万ドル(約900万円)ほどの装置が必要だった。それをスマホで実現することで、世の中を少しでもいい方向へ向けられると信じている。その使命感は、エリさんがキャリアを通して持ち続けてきたDNAのようなもの。

スタートアップのCEOといえば、日々、生き馬の目を抜くような、他者との競争にさらされる。仕事では「できる人ができることをやる」を信条に、肩書に左右されない柔軟な職場を目指している。

趣味は料理。出張に出ない限りは、家族みんなで夕食をとると決めているところに、母の顔が垣間見えた。娘2人と夫とで囲む食卓では職場のこともよく話すようにしている。仕事の話には、娘たちへの人生の教訓が、たくさん詰まっているからだ。スタンフォード大学で教壇に立つ夫は、自分の生活やキャリアを理解してくれる完璧なパートナーだそう。

エリさんの今の挑戦は「自分だけの時間を持つこと」。特に何をするわけではないが、普段から自分の時間を犠牲にしがちな女性たちにとっては、とても大切なことだと語る。

▼1日のスケジュール
5:30 起床。その後スポーツクラブへ行って、健康のためにインドアサイクリングをやることも。
7:50 子どもの昼食を作りながら朝食。
8:15 出勤。やることは毎日違う。
18:00 帰宅して、夕食。毎日夕食は家族と一緒にとる。
19:30 子どもたちの宿題を見る。
21:00 自室で仕事。その後は自分だけの大切な時間。
24:00 就寝。
▼my favorite
●好きな映画→アル・パチーノ主演『ゴッドファーザー』 ●愛読書→フィリップ・ロス著『American Pastoral
エリ・キャプラン(Elli Kaplan)
デジタルヘルス会社経営
1971年コロラド州生まれ。ハーバードビジネススクール卒業。ホワイトハウス、国務省、財務省、ゴールドマン・サックス証券での勤務やスタートアップを経て、2012年に起業。

満を持して、エンジニアの聖地へ。ロボットで人々の生活を便利にしたい

トラ・ヴューさんがいる部屋には、たくさんのロボットが並んでいる。シリコンバレーでは今、ロボットが次のテクノロジーとして注目されており、ヴューさんが最高執行責任者(COO)を務める「オムニラボ」が開発しているのは「テレプレゼンスロボット」だ。

トラ・ヴューさん。開発したロボットが背後にずらりと並ぶ。

このロボットは自分が行けない場所に置けば、まるでそこにいるかのように代理で行動してくれるもの。企業のトップが支社や工場の訪問のために使ったり、病気で通学できない生徒がこれで授業を受けたり、遠方にいる医師が患者を診察したり。出張中の父親が子どもたちに「おやすみ」とあいさつすることも可能だ。

彼女がオムニラボにかかわるきっかけは、ニューヨークでの会議で同社の創業者に出会い、その後参画に誘われたこと。当時のヴューさんはニューヨークのエンジニアリング会社に勤め、高速バスのシステム開発チームを率いるテクニカル・ディレクターだった。同時に、ニューヨーク大学で、非常勤講師として交通工学と交通経済学を教えていたのだ。

「新しい挑戦ができる素晴らしい機会だと思いました」と、オムニラボ創業者と出会ったときの興奮をヴューさんは語る。さらにはシリコンバレーへの関心もあった。ここはエンジニアにとって抗し難い魅力を持つ場所。カリフォルニア州出身の夫も、故郷への引っ越しに同意してくれ、2人は17年間も住んだニューヨークを離れる決心をした。妻についてきた夫は「君の一番のファン」と公言してはばからない。パートナー選びをするとき、相手が自分を公私にわたってサポートしてくれるかどうかを見極めることも大切だ。

また、ヴューさんはオムニラボの関連会社「カンブリア」でも同じくCOOを務めており、多忙を極めている。COOとしては若いので、学習することがまだまだ多い。だから、友人やメンター、そしてアドバイザーを増やして、彼らの意見に耳を傾けるようにしている。さらには、常に社員や顧客に感謝の気持ちを持ち続けることも忘れない。「Thank you」と書いたメッセージカードを相手に渡して、気持ちを伝えることも。

「ニューヨークでは、余暇に大好きなサッカーをやったりジャズクラブに行ったりすることが多かったけれど、シリコンバレーに来てからすっかり生活が変わりました。大自然のなかでのドライブやハイキングが趣味になったのです」

多忙でもちょっとした休みを取ることは大切

大学で博士論文を書いていた頃には、突き詰めすぎて心身ともに疲弊した経験もあったので、多忙でもちょっとした休みを取ることは大切だと痛感している。職場にはマッサージチェアがあり、彼女の目下のお気に入り。

(写真右上)バイク好きのヴューさんのために創業者からの贈り物と感謝のカード。(同右下)今読んでいる『Educated』。学校に通えなかった少女が、人生をどう切り開いていったかが語られる。

「気持ちがハッピーなほうが、仕事の生産性が上がりますからね」

仕事のポリシーは、「やるなら、中途半端にしない」。そして「楽しめ!」。革新的なテクノロジー開発に挑むシリコンバレーのスタートアップは、自社の事業が時代に合っているのか、持続可能なのかを自問しながら、常に存続をかけて戦っている。何よりロボットの開発は、社会をより良いものにする仕事だと信じている。彼女はこんな刺激的な環境に身を投じていることに、喜びを感じるという。

▼1日のスケジュール
7:00 起床。カンブリアのアジアのチームと電話会議などをする。
10:00 オムニラボの仕事をする。
12:00 昼食はオムニラボの社員と食べることが多い。
19:00 帰宅。夫と一緒に夕食を作る。
21:00 カンブリアのチームと電話会議をする。
22:00 読書。
24:00 就寝。
▼my favorite
●趣味→ベトナムレストランめぐり ●美容と健康→たくさん笑うこと、美味しいものを食べること
トラ・ヴュー(Tra Vu)
ロボット開発会社COO
1985年ベトナム・ハノイ生まれ。ニューヨーク大学で博士号を取得。エンジニアリング会社に勤める傍ら、ニューヨーク大学で非常勤講師として勤務。2018年より現職。