「右脳が発達している人はクリエーティブ」と思っていませんか? 脳科学を研究する東京大学の細田千尋先生が、“右脳信仰”が広まった理由を解き明かし、クリエーティビティーを発揮するために必要なことを解説します。
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右脳・左脳は科学的な根拠なし

「あなたは、芸術を愛し、ひらめきで物事を進めていくタイプですか(右脳型)? あるいは、常に原因と結果を考え、物事を論理的に理解し規律的に進めていくタイプですか(左脳型)? ただし、リーダーとして成功する人は、どちらかのタイプではなく、右脳・左脳をバランスよく使ってひらめきと論理性両方を備えています。ひらめきと論理的思考、両方を持った成功者になるためには、乳幼児のうちから、右脳を鍛えることが大事です」

……聞き慣れたフレーズですが、信じている人も多いのではないでしょうか。これらは全く真実ではありません。科学的に全く根拠のない、上記のような右脳左脳神話は、いまだ広く世に存在しており、それどころかいまだにそこから多くのビジネスも生まれています。

“右脳信仰”が広まった理由

実際、幼児教育やリーダーシップ論などのカテゴリーの、書籍・ビジネスのうたい文句の中に、「(成功するために)右脳を鍛える」という表現をよく見かけます。その中身といえば、「クリエーティブで人の思いつかないこと、新しい発想を持ってものごとをなすこと」を右脳の役割として打ち出しているものが多いです。

このような右脳信仰が広まった背景には、多くの人が「クリエーティブである」ことに大きな価値を見いだしている事があると考えられます。古代においては、創造性は、神からの贈り物であるとされるほど尊重されていたものであり、現代を生きるわれわれにとっても創造性は非常に魅力的なものです。なんとかそれを手に入れたいと思っているところに、右脳を鍛えればクリエーティブになれるという“希望”、あるいは、クリエーティブな人は右脳の使い方が自分とは違うのだ、という“言い訳”がすんなり浸透したのかもしれません。

すでにあるものを結び付ける力

スティーブ・ジョブズは、「クリエーティビティーとはすでにあることをつないでいくこと。クリエーティブな人たちはすでにわかっている、知っているけど、やれていないことを提供できる」と言っています。実際、子供が遊んでいる場面を見ていると、「洗濯バサミにそんな使い方があったとは」など、通常の大人では思いもよらないことをしているのに驚くことがありますし、「主婦が考案する〇〇」などとして大ヒットする商品や新サービスなどは、身近なものをうまく組み合わせただけなのに、目からうろこが落ちるほど便利だったりします。

この「結び付け」は簡単なようで非常に難しいにもかかわらず、創造力、クリエーティビティーに優れた人というのが多く存在し、その人たちが注目を得ていることをわれわれは知っています。では、そのような人は特殊な脳を持っているのでしょうか。

創造力の決め手は3つの脳のネットワーク

被験者163人に、MRIの中で発散的思考(示された物の、新しく普通でない使い道を発想するタスク)をしてもらい、回答のクリエーティビティーについて点数を付けた実験があります。その結果、点数が高い人たちは、既にクリエーティブな趣味(芸術品作りなど)を持っていたり、科学におけるクリエーティビティーの高さを示すような経歴を持っていたりすることがわかりました。

さらに、クリエーティビティーの点数が高い人たちは、3つの脳のネットワークの接続度合いが強いこともわかりました(図表1)。

※出典:Roger E. Beaty et al. PNAS 2018;115:5:1087-1092

1つ目のネットワークは、帯状回後部を含む「デフォルト・モード・ネットワーク(Default mode network)」で、何もせずに安静にしている時に特徴的な働きをするネットワークです。このネットワークは、空想に思いを巡らすときや、白昼夢を見るときなどにも活動的になるといわれ、独創的なアイデアを考えつくためのブレーンストーミングで重要な役割を果たすと考えられています。

2つ目は背外側前頭前野などを含む「実行機能ネットワーク(Executive control network)」で、思い描くアイデアを実行するときに活動する脳のネットワークです。クリエーティブなアイデアが実際に機能するかどうかを評価し、また目標に合わせて修正を加えたりする上で重要になります。

3つ目は島皮質などを含む「顕著性ネットワーク(Salience Network)」です。「デフォルト・モード・ネットワーク」でアイデアを生成し、「実行機能ネットワーク」でのアイデア評価を行う際、その2つのネットワークを切り替えるスイッチのような役割があるとされています。

“クリエーティブな脳”は作れるか

では「クリエーティブな脳」は、作れるのでしょうか?

近年、頭に付けた電極を通して脳に微弱電流を流す、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)と呼ばれる脳刺激技術を用いて、計算や言葉の流ちょう性から精神疾患治療まで、人のさまざまな認知に関わる機能を向上させる手法があります。最近の研究で「前頭前野の一部にこの刺激を行うと創造性が上がる」という報告がされています。

他にも身近で面白い実験があります。3つほど紹介しましょう。1つ目は、被験者を散らかった部屋と整理整頓されている部屋に分け、創造性に関するテストを行うという実験。その結果、散らかった部屋でテストを受けた人の方が、整理整頓された部屋の人より創造性が高いという結果が出ました。モノが片づいているとき、人は規範に固執しがちになり、散らかっていると規範から自由になりクリエーティブな発想が出やすいという解釈がされています。

次に作業をしている最中に、作業を行う上での何かしらの障害があった方がクリエーティブな発想が生まれやすいという研究報告。最後に、批判されるなど不幸な環境にいる時の方が、肯定的な環境にいる時よりも創造性が高くなるというものです。

人は逆境において能力を発揮できる

もちろん、汚い部屋を肯定したり、困難な状況に身を置くことで創造力が上がると啓蒙しているわけでは決してありません。ただ、悲観的な感情があることや不遇な環境に置かれていることが、驚くような利点をもたらすことがあることが科学的に実証されているのです。

例えば、雨の日に暗くて悲しい音楽を流していた時の方が、晴れの日に陽気な曲を流していた時よりも記憶力が高くなっていることが報告されていますし、生死にまつわる映像を見て悲観的な気分になっている被験者の方が、うわさ話やステレオタイプに左右されずに、情報を正確に判断できることが報告されています。怒りや悲しみは、要求度の高い状況に最も対処しやすい情報処理戦略を発達させるため、そのような結果が表れたと解釈されています。

作家や芸術家の生涯を調べたイギリスの研究では、成功を収めた人は、一般の人に比べてうつ病の罹患率が通常の人の8倍に上っていたことも明らかになっています。優れた作品を生み出す考え方は、多くの場合、苦悩や悲観と不可分なのかもしれません。

日本には「出る杭は打たれる」という言葉があります。今の時代、女性の活躍が推進される一方で、「逆差別」などという無責任な言葉が生まれ、社会の中で女性が目立った活躍をすると、それに対し無神経な言葉の暴力、嫌がらせまがいの言動が投げかけられることも少なくありません。しかし絶えず理不尽な扱いをされ、心が折れそうになったとしても、逆境にいるからこそ、より能力が発揮できると考えることもできます。厳しい状況を自分のチャンスと捉え、時代を切り開いていく女性が増えていくと、女性が活躍しやすい未来を作ることができるかもしれません。

参考文献
•Beaty R. E., Kenett Y. N., Christensen A. P., Rosenberg M. D., Benedek M., Chen Q., … Silvia P. J. 2018. "Robust prediction of individual creative ability from brain functional connectivity." Proceedings of the National Academy of Sciences, 115(5), 1087–1092.
•Green, A.E., Spiegel, K.A., Giangrande, E.J., Weinberger, A.B., Gallagher, N.M., Turkeltaub, P.E, 2017. "Thinking cap plus thinking zap: tDCS of frontopolar cortex improves creative analogical reasoning and facilitates conscious augmentation of state creativity in verb generation." Cerebral Cortex 
•Modupe Akinola and Wendy Berry Mendes."The Dark Side of Creativity: Biological Vulnerability and Negative Emotions Lead to Greater Artistic Creativity." Personality and Social Psychology Bulletin. 2008 Dec; 34(12): 1677–1686.
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•Jamison, K. R. "Touched With Fire: Manic-Depressive Illness and the Artistic Temperament." New York: Free Press (Macmillan), 1993.