ひところ、某ウエディング誌のCMで流れた「結婚しなくても幸せになれる時代」というフレーズが話題になったが、事実婚などの結婚にこだわらない新しいパートナーシップのあり方が広がりを見せている。従来当たり前とされていた形での結婚が困難になりつつある中、今後、欧米は「結婚不要社会」になり、日本は「結婚困難社会」になると、『結婚不要社会』(朝日新書)の著者・山田昌弘さんは分析する。その違いを生む、日本社会の現状とは?

※本稿は『結婚不要社会』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/takasuu)

経済的変化で上がった結婚のハードル

近代的結婚が困難になりつつある状況は、日本も欧米も同じです。経済的変化によって、従来の「性別役割分業型の家族を目指す結婚」は徐々に困難になってきました。

繰り返しになりますが、近代的結婚は、経済生活と親密性が同時に手に入るということが前提でした。けれども経済的変化によって、結婚のハードルがどんどん上がっている。このように、結婚に期待する生活水準が上昇したままで欧米と同じように格差社会が生じてしまっているのが、今日の日本です。つまり、基本的に自分の収入だけで妻を養って、それなりに豊かな生活を送るということが可能な男性が、どんどん減少しているという実情なのです。こうした状況は欧米よりもむしろ、日本のほうが深刻でしょう。

近代結婚に固執する「結婚困難社会」

(中略)近代的結婚が困難になりつつある中で、欧米と日本は異なる変化を遂げているというのが、私の見立てです。欧米では、結婚しないで「パートナー」として親密性を優先し、経済は自立する道がとられる。従って、「結婚不要社会」になる。一方日本では、困難なまま事態が深刻化して「結婚困難社会」になる。では、その違いを詳しく見ていきましょう。

日本が欧米のような結婚不要社会にならない最大の理由は、日本社会が従来型の近代的結婚に固執しているということです。

つまり日本は、結婚したら経済生活と親密性を同時に満たすことが譲れない社会なのです。だから、結婚できた人および結婚できそうな人と、結婚できない人との分裂が、1990年以降、日本では徐々に進行するわけです。

「3分の1に入らない」と信じる若者たち

そして、結婚しようと思っている若者のほとんどは、結婚は一生続くものだと考えています。現実には「3分の1の確率で離婚する」ということがわかっていても、しょせん3分の1なのです。

逆だったら話は別でしょう。3分の2が離婚するというのであれば、もう結婚に頼れない、経済的に相手に頼れないと考えるでしょうが、3分の1だと、自分がその3分の1に入るとは、なかなか想定できない。というよりも想定したくない。だから、自分は真面目で誠実な離婚しない人と結婚できると自然に考えるわけです。

アメリカは日本以上、2分の1の確率で離婚する社会ですが、そのアメリカでも、結婚するときには一生続くと思って結婚します。ただアメリカでは、最初から長続きはしないなと思えば結婚しない同棲という選択がある。つまりこれが、結婚する必要のない結婚不要社会というものなのです。

その意味でも、いまだ日本は従来型の近代的結婚に固執しているし、3組に1組が離婚する時代になっても、その近代的結婚というものが永遠に続くと思っているからこそ、「結婚しよう」とほとんどの人たちが考えるのです。

女性が近年ますます重視しているのは「経済力」

山田昌弘『結婚不要社会』(朝日新書)

そんな今日の日本で、いったいどういう人が結婚しているのでしょうか。

結婚できる男性│女性が結婚相手に選ぶ男性│は「経済データが重要である」と言えます。つまり、職業が安定していて収入が高い人であればあるほど結婚しやすく、職業が不安定で収入が低い人であればあるほど結婚しにくい。これはいくつかの統計分析が示していますし、若者が結婚相手に求める条件といったアンケート調査の回答でも、女性は、近年ますます経済的な安定というものを重視しています。

たとえば、朝日新聞が2018年12月に行ったネット調査「未婚の若者の結婚観」(25~34歳の男女、約1000人)では、「結婚相手に譲れぬ条件」として、72%の女性が「収入」を挙げています。これに対して「収入」を条件に挙げる男性は29%でした。

年収を気にしない女性は全体の19%

「相手に求める年収」という質問には、女性の63%が「400万円以上」と答えています。そして「関係ない」と答えた女性は19%、男性は64%です。

こうした男女の意識の差│女性は6~7割の人が収入重視、男性は2割くらいの人が収入重視│は、じつは十数年前から変わっていません。

(中略)もちろん、いままで女性が男性の経済データを重視しなかったわけではありません。そうではなくて、経済データを重視せざるを得ない状況ができてしまったということです。

30年前の被雇用者は、経済的に安定していました。ところがいまは、経済的に不安定な若い男性が増えているので、経済データを結婚相手の条件に挙げる女性が増えてきたわけです。

第二に重視するのは遺伝子データ

経済データほどではないにしろ、容姿と身長も男性が選別されるデータになっています。拙著『モテる構造:男と女の社会学』(ちくま新書/2016年)に詳しく書きましたが、それは、じつは子どものためなのです。娘だったらルックスがいいほうがいいし、息子だったら身長が高いほうがいいので、自分のためというよりもやがて生まれる子どものために、男性は経済データだけでなく、外見つまりは遺伝子のデータでも選別される傾向が強くなっています。

女性の「結婚困難」は婚活が解消する

(中略)女性の収入については、あまり気にされません。外見も身長も関係ありません。では、なぜ年齢か。端的に言って、「出産」「育児」です。多くの若い男性にとって、子どもを産んで育てられる年齢ということが女性が結婚相手として選ばれる大きな条件になります。

(中略)男性は結婚の条件として相手の経済面はあまり重視していません。まあ、最近の男性は「女性の収入は高いほうがいい」、つまり共働きしてもらいたいという意見が多くなっていますが、最優先の条件ではありません。

そして、外見に対する男性の好みというのはかなり多様なので、女性にしてみれば自分を好んでくれる男性がどこかにいるわけです。もちろん、どこかにいるけれどもどこにいるかはわからない。それが、女性が婚活する理由でもある(いろんな男性と出会うチャンスが増えるわけですからね)。女性のほうが婚活に積極的ですが、その理由も、婚活すればいつかは結婚困難が解消されるという手ごたえを感じるからでしょう。男性はそもそも経済や容姿のデータで選別されるので、婚活してもチャンスが増えることはなく、結婚が困難なことに変わりはありません。つまり、結婚できる・できないの格差は、特に男性のほうに残るわけです。これは、私の編著書で、村上あかね桃山学院大学准教授が詳しく分析しています(『「婚活」現象の社会学』)。

「愛があっても貧乏では困る」本音社会に変化

(中略)いまは若い男性の経済格差が広がってしまったので、女性はその収入をより強く気にせざるを得なくなっています。アンケートの回答にしろ婚活ブームにしろ、それが社会に表面化しているというのが現状です。

それにしても『結婚の社会学』を書いてから約20年の間に、こうした「本音」をオープンにしていいか・悪いかという判断基準が大きく変わったと思います。20年前は、自治体の報告書や新聞に本音を書こうとすると「待った」がかかりました。「お金なんて関係ない、結婚は愛ですべきだ」というようなイデオロギーが残っていたのです。

いいか悪いかはともかくとして、いまはそうしたイデオロギーに反する現実でも発表できるようになりました。社会的にも語られるようになったし、政府の機関もそれを表明しています。逆に言えば、結婚に関する本音がオープンに語られるようになったということは、「愛があれば貧乏でもかまわない」という恋愛至上主義が事実上なくなってしまったといえるのかもしれません。二十数年こういう調査を続けていると、社会の反応が如実に変わってきたのを痛感せざるを得ません。

結婚は必要ないが、自分は結婚したい日本人

(中略)ちなみに、2018年のNHKの「日本人の意識」調査では、結婚することについて「必ずしも必要はない」と答えた人の割合が68%でした。この調査は1973年から5年ごとに行われているものですが、過去25年間で最も高い数値だそうです。

結婚が必要ないという答えは、もちろん、自分が結婚しなくてもいいという考えを示すものではありません。単に「結婚しない人がいてもいい」というだけで、逆に言えば、「結婚するんだったら、ちゃんとした結婚をしたほうがいい」と考えている人が多数派であることが推測できるわけです。

つまり、さまざまな調査が示しているのは「自分は結婚したいけれども、他人はどうなろうとかまわない」と考える若い人が増えているということなのです。