不妊治療を始めるにあたって、キャリアダウンを考える女性は少なくありません。けれどそこには、「ブランクが長引いたらその後のキャリアの妨げになるかも」という不安がつきもの。不妊治療を経て出産したアイスタイル取締役の山田メユミさんが、ご自身の経験を語ってくれました。
◆今回のお悩み
不妊治療のためパートに転職しようと考えています
私は3年の契約期間の契約社員で、営業として働いています。そして、子どもがほしいと思っており、年齢的なこともあってこれから不妊治療を行います。しかし、外回り営業という厳しい仕事を続けながらの通院は難しそうなので、現在の職を辞めてパートをしながら不妊治療をしようと考えています。その後、子どもが産まれたら、正社員の仕事に転職しようと思っています。
ただ、自分のキャリア形成を考えたとき、いつ子どもができるか分からないのにそれまでパートの仕事でよいのかと、とても悩んでいます。現在の会社は若い人が多く、これまで不妊治療で休んだ人はいません。また、私は同じような環境にある職場で流産した経験があります。アドバイスをよろしくお願いいたします。(32歳・営業職)

退職する前にできることがある

仕事を続けながら不妊治療ができるのかどうか、とても不安に思われていることでしょう。私も30代の時に子どもがほしいと考え、不妊治療を経て40代で出産しました。治療はその人の体質や担当医の方針などによって異なってくるので一概には言えませんが、私自身は「仕事との両立は不可能ではない」と思っています。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Andrii Zastrozhnov)

私は不妊治療をしようと決めたとき、仕事をセーブする気はまったくありませんでした。両立を前提にして、それが可能な病院を選び、医師にもその気持ちを伝えてから治療を開始しました。仕事に熱中していたこともありますが、今思えば単に怖いもの知らずだったのかもしれません。

通院期間中は、仕事と重なって指定の日に行けなかったり、治療のスケジュールが延びたりしたこともありましたが、特に両立で悩んだことはありませんでした。ただ、これは私の場合であって、治療を最優先にしたい人にとっては、仕事のせいで病院に行けないこと自体が負担になる可能性もあります。

相談者さんは、治療を最優先にしたいとお考えのようですね。確かに営業職は体力的に負担が大きく、お客様の都合で急に予定が変わることもあります。退職してパートに、というのはごく自然な結論でしょう。でも、「今の会社では働き続けられない」とあきらめる前に、まず継続勤務を前提に会社に相談してみてはいかがでしょうか。

前例がなければなおさら「第1号」になって

これまで不妊治療で休んだ前例はないそうですが、実は相談者さんと同じように悩んでいる女性もいるかも。近い将来、不妊治療を決断する人もきっと出てくるでしょう。私は前例がないのならなおさら、相談者さんに第1号になっていただきたいと思うのです。こうした相談は、会社にとっても制度を見直すよい機会になるはずです。

治療中は一時的に勤務スタイルを変える、事務的な仕事にジョブチェンジするなど、会社にできることはいくらでもあります。相談者さんは流産を経験しているそうですから、今の仕事を続けることへの不安も大きいでしょう。もし私が同じ相談をされたら、前例の有無に関係なく真摯に検討して、最大限ご本人に寄り添うよう努力します。

相談者さんは退職する覚悟もお持ちなのですから、相談してダメならそれから辞めても遅くはありません。言い過ぎかもしれませんが、そんな会社ならむしろ辞めるほうが得策かもしれませんよ。

相談した結果、不妊治療のための休暇やジョブチェンジが実現したとします。そうすると仕事と両立しやすくなり、現在の会社で働き続けられる可能性が出てきます。契約社員としての契約内容にもよりますが、そのうち正社員への登用もあるのではないでしょうか。

今の会社で正社員を目指す道もある

子どもが生まれたら正社員に転職したいとのことですが、出産後の転職はなかなか大変。また、一般的に産休も育休も正社員のほうが取りやすいもの。できれば、不妊治療を始めることだけでなく、正社員になりたいことも同時に伝えてみてはいかがでしょうか。これは決して欲張りな希望ではありません。

もちろん、「子どもを授かるまでは会社に縛られたくない」とお考えなら、契約社員も正しい選択だと言えます。その場合も、治療を最優先にできる環境は会社に求めてください。何も言わずに退職するのは、あまりにももったいないと思います。

以前、女性の部下が退職したのですが、私が本当の退職理由を知ったのは随分後になってからでした。本当は、2人目の子どもが生まれて仕事との両立が大変になったからだと人づてに聞き、「言ってくれたら何か対応できたのに」と悔やんだものです。女性、特に責任感の強い人は、周囲に迷惑をかけまいとして何も言わない場合が少なくありません。でも、上司だって部下の役に立ちたいのです。自己完結する前に、ぜひ一度話してみてください。

「治療開始前に黙って退職」はもったいない

相談先は、普段からコミュニケーションを取っていて、ある程度信頼関係がある相手がベスト。直属の上司か同じ部署の先輩とそういう関係が築けていれば一番いいですね。そういう相手にどうすれば希望が通りやすいかを考えてから話せば、きっと理解して上へ話を通してくれるでしょう。

仕事のために人生を犠牲にするようでは、長くは働き続けられません。不妊治療や子育て、介護など、誰にでも「今はこれをしたい」という時期があるはず。それを言わずに退職するのは、本人のキャリアにとっても会社にとっても大きな損失です。相談者さんには、まず希望をすべて会社に伝えていただけたらと思います。

そしてもう一つ、仕事と不妊治療のどちらを優先するかは、治療を始めてから考えてもいいのではないでしょうか。両立できる可能性もありますし、やっぱり無理という結論になるかもしれない。いずれも、治療を始めてみないとわからないことです。一番もったいないなと思うのは、治療開始前に何も言わずに退職すること。相談者さんが会社に希望を伝え、そして働くママとして活躍する日が来ることを願っています。

山田 メユミ(やまだ・めゆみ)
アイスタイル 取締役
1995年、東京理科大学卒業後、化粧品原料メーカー入社。97年、化粧品メーカーに転職。趣味でスタートさせたメルマガがきっかけで99年、アイスタイルを創業、アットコスメをオープン。出産の経験から、働き方改革にも力を入れる。