女優・美村里江さんが愛着をもつ本と映画

私は埼玉県の深谷市というところで生まれ育ちました。小さな頃はまだ真の闇があった街。つまり夜になったら真っ暗になって星しか見えない、自然が豊かな場所でした。そんなところで石ころを拾ったり、虫を捕まえたり……。石はいまだによく拾って家に持ち帰るし、虫の図鑑も何冊も持っています。

「え、今でも?」ってツッコミが入りそうですけれど(笑)、私は1度好きになったものには末永く愛着を持つ性格です。流行りすたりと関係のない“大切なもの”を持っていることは心強い。忙しくてバタバタしていても、好きなものに触れるたびに心が潤うので、ありがたい存在です。

女優・エッセイスト 美村里江さん

石や虫の採集が大好きだった私を、少し変わった女の子だと言う人たちもいましたね。『おなかのかわ』も絵本にしてはやや風変わりな類の作品ですが、個人的にずっと大切にしていた作品で、絵本好きの私のなかでは特別な存在です。大正から昭和にかけて活躍された小説家で、演出家でもあられた村山知義さん独自の、アバンギャルドで“こびない”絵が大好きなんです。

私が生まれた1980年代半ばはキャラクターっぽい絵本が出始めていましたから、この絵柄は新鮮でした。ナンセンスな教訓話だし、色も暗いので、子どもに人気の絵本ではないかもしれませんが、復刊されたので、一定数のファンがいるのでしょうね。

「この文章だけ面白さが全然違う!」

そんな“風変わり”なものを偏愛する私がいる半面、有名作品をリスペクトする面もあります。それは脚本家の向田邦子さんの作品。中学の教科書に載っていて、「この文章だけ面白さが全然違う!」とショックを受けました。

もちろん脚本もいいのですが、どちらかというとエッセイのファンで、亡くなってずいぶん経ちますが、今読んでもみずみずしい文体に引かれます。特に『父の詫(わ)び状』。向田さん独自の温かいけれどドライな感じ、達観しているけれど決して見捨てるとか、あきれているわけではなく常に愛がある視点がいい。理不尽なほどの“頑固おやじ”だけど、向田邦子さんのお父さまへの愛情を存分に感じます。

向田さんの文章は短い言葉でスパッと端的です。それなのにその描いているシーンが頭のなかに鮮明に広がる! 脚本家になるべくしてなった方なんだと痛感しますね。

ありがたいことに、ドラマで向田邦子役を2度演じる機会をいただきました。向田さんの原稿のコピーをお借りして、家で向田さんの字の練習として、原稿約300枚を模写。ドラマのなかで登場する原稿はすべて自分で書き、永遠に色あせない“向田邦子像”に少し近づけたような気がしました。

上はパテック・フィリップの社内用の懐中時計図録。類似書は、Amazon等で購入可。下は美村さんの愛用時計コレクション。専用の木箱も購入して大切に保管。中にはシチズンなどの時計も一緒に。

向田作品もそうですが「一流のものとは何か」を考えるきっかけになった本があります。海外オークションで手に入れた「パテック・フィリップ」の懐中時計の図録です。

時を経て価値が増す懐中時計の魅力

その昔、時計師というのはとても尊敬される職業で、物理学、天文学、機械工学、芸術などを熟知していないとなれない職業でした。その卓越した技術によるパテックの機械式の懐中時計は価値が目減りしない。ハイブランドのバッグなどは使用すれば価値が下がりますが、アンティークの懐中時計は増えることのない希少性で、逆に価値が増すのです。

パテックの時計を初めて身につけたときは、分不相応だと尻込みしましたが「その時計に似合うようにあなたが成長していけばいいんだよ」と夫に言われて、そうだなと納得しました。一流品が似合うように、自分を成長させよう、時計が浮かないようにきちんと身なりを整えようという気持ちが大事だと考えています。

“怖い”という感情は、他の感情に比べてより直感的で、本能に近い。うまく表現できたら名作になりえますが、その半面、駄作すぎて笑うしかない作品も山ほど量産されています(笑)。そのくらいホラー映画は質の差が激しい。

そのなかで近年一押しは『死霊館』。善良な夫婦が主人公で、「彼らには、ぜひとも生き残ってほしい」と見ている人間をハラハラドキドキさせつつ、家族愛に絡ませた感動的なシーンも挟んで、ちゃんとハッピーエンドになるという、王道中の王道の秀作です。役者の演技が子役に至るまで全員素晴らしく、全編「怖さ」を外さない。浮かれた男女が飲酒運転して山奥に行って、怪物が出てきて胸の大きな女性が「キャー!」という映画とは大違いの仕上がりです(笑)。

ホラー系の映画から出世した監督は多いのですが、ジェームズ・ワン監督もそう。このジャンルは、状況説明が肝心なのでカット割りなどの技術力がないとNG。役者もホラーがうまく演じられれば応用が利く。恐怖に直面する緊張感を保ち、それをやり続ける精神力も必要です。一瞬でも気が抜けない演技。その必要性を思い出す意味でも『死霊館』を見返しています。

一方『エイリアン』もSFホラーの古典と呼ばれる王道もの。監督のリドリー・スコットが細部まで妥協せずに作っているので、誰も描けない独自の世界観が魅力です。続編も好きですが、1作目の『エイリアン』が一番怖い! エイリアンの手作りの装飾の素晴らしさとか、得体のしれない未知の生物ぶりに背筋がぞっとします。それに最初の『エイリアン』は人間関係も丁寧に描かれていますね。

シャツ5万8000円/ERDOS、スカート3万5000円/AVERY ROW、イヤリング6800円/ジュール クチュール、リング12万9000円/CHERRY BROWN、パンプス2万9000円/ナポレオーニ ※すべて税抜き(本体)価格。

近年、ドラマでは変化球ものが増えているようです。でも先々まで残る名作というのは、映画でいえば、やはり王道なのかもしれないと考えさせられます。

人間とは何か。秀逸なホラー映画が示唆

『死霊館』も『エイリアン』も“生き残る”という人間の生物としての本能が描かれています。化け物や幽霊からすれば、こちらはただの肉の塊なので、襲う相手の社会的地位なんて関係ありません。ある意味究極の平等下で、理性や勇気が試される。その異常な状況のなかで、自分の命よりも愛する人や子どもの命を守りたいという普遍的な愛、嫌な奴だったのに、最後は男らしく死んでいくといったエピソードに人は感動するのでしょう。

宇宙空間とか心霊現象とか、普通ではありえない設定が「人間って何なのか」と熟考させます。それが秀逸なホラーやSFを挙げた理由です。苦手な人もいらっしゃるかもしれませんが、“食わず嫌い”にならずぜひ1度ご覧になってみてください。

本も映画も、役者として活動するための栄養みたいなものなので、プライベートで石や虫と戯れ、趣味の釣りなどをしている以外は、ほぼずっと本を読み映画を見ています(笑)。こうやって吸収した知識や教養は、パテックの懐中時計のように目減りしないと感じています。

(スタイリング=小倉由香 ヘアーアンドメイクアップ=藤垣結圭)

●美村里江さんのバイブル

▼BOOK

『おなかのかわ』瀬田貞二 再話 村山知義 絵

ネコとオウムは、お互いにごちそうし合う仲。しかしネコはオウムが用意した食事だけでは足りなくてオウムを丸のみにしてしまう。そしておばあさん、ロバ、王様一家までのみ込んでしまうが、最後にカニをのみ込むと、意外なことがネコに起きる。●福音館書店/900円

『父の詫び状』向田邦子 著

昭和の時期、脚本家としても活躍した向田邦子のエッセイ集。戦中から戦後にかけての日本の時代背景を鮮明に描写している。また、家では暴君だったが、仕事先で懸命に闘った父に対する愛情がにじむエピソードなどに、気持ちがほっこり温かくなる。●文春文庫/570円

▼MOVIE

『エイリアン』監督:リドリー・スコット/1979年/イギリス、アメリカ

西暦2122年、搭乗員7人を乗せた宇宙貨物船ノストロモ号。他の恒星系で採掘した鉱石を積んで、地球へ帰還しようとしていたが、船を制御する人工知能が知的生命体からのものと思われる信号を受信。発信源である小惑星へ向かう。そこで彼らが発見したものとは? ●Blu-ray2381円/20世紀フォックス ホームエンターテイメント ジャパン

『死霊館 The Conjuring』監督:ジェームズ・ワン/2013年/アメリカ

ペロン夫妻は、アメリカ・ロードアイランドの田舎に、念願のマイホームを手に入れた。しかし入居した翌日から、次々と奇怪な現象が起こる。あまりの恐怖で生活が困難となった夫婦は、超常現象研究家として名高いウォーレン夫妻に助けを求める。●Blu-ray2381円、DVD1429円/ワーナー・ブラザースホームエンターテイメント

※本稿は、「プレジデントウーマン」(11月号)の特集「大人の教養『本&映画』ガイド」の掲載記事を再編集したものです。

美村里江(みむら・りえ)
女優・エッセイスト
1984年生まれ。2003年に「ビギナー」(フジテレビ系列)で女優デビュー。熱心な読書家としても知られ、書評など複数のコラムを連載中。NHK大河ドラマ「西郷どん」出演中。18年秋「パンドラIV AI戦争」(WOWOW)に出演予定。18年にミムラから美村里江に改名した。