9年前に乳がん発覚。出費は総額330万円
「がん=お金がかかる」というイメージが強いが、果たしていくらくらいかかるのか。自身も乳がんを体験し、がんでかかるお金に精通しているFPの黒田尚子さんは、「がんの種類、発覚した時点でのステージ、選択する手術や治療の内容次第で、費用は千差万別。ひと口にいくら、とは言えません」と話す。
人それぞれ全く違う、ということを踏まえたうえで、まずは黒田さんの「がん家計簿」を紹介しよう。
ご覧のとおり、手術の年が最も費用がかさんでいる。その後はホルモン治療や検査費用などが少しずつ、長期にわたってかかり続けている。
「私の場合、当時保険適用外だった乳房再建費用を全額自己負担したので、手術の年は250万円近い出費に。今同じ内容の手術や治療を受けてもここまでかからないでしょう」
罹患(りかん)後に何年も出費が続くのも、決して珍しくないことだという。
「ある患者調査では、治療を4年以上継続した人、あるいはまだ続けている人が約3割という結果でした。直接的な医療費以外の間接的な出費も含め、罹患後は中長期でお金がかかると考えたほうがいいでしょう」
乳がんで乳房を全摘出し、再建手術を受ける人は多い。再建方法は、大きくわけると自家組織を移植する方法と、人工乳房で再建する方法があるが、いずれも費用は自己負担分だけで数十万円かかっていた。従来、人工乳房は健康保険の適用外だったが、2013年から対象に。高額療養費も適用されるため、多くの人は自己負担を10万円以下に抑えつつ、乳房再建ができる選択肢が増えた。
●自家組織移植法→30万~60万円
●人工乳房による再建法→40万~50万円
※高額療養費制度があるため、実際の負担は10万円以下に抑えられる場合が多い。
1カ月あたりの医療費は、高額療養費で抑えられる
なお、がんで入院し、手術を受けても、保険診療の範囲内であれば、100万円単位の大金がドンと出ていくことはない。それは、健康保険や国民健康保険といった公的な医療保険に「高額療養費」という制度があるからだ。
高額療養費とは、病院の窓口で支払う医療費が月々の限度額を超えた場合に、超過分のお金が払い戻される仕組みのこと。自己負担の限度額は所得などに応じて決まるが、例えば、標準報酬月額28万~50万円の人は月8万円強となっている。
この制度があるため、仮にがんの入院・手術で100万円かかったとして、公的な保険適用後の自己負担分(70歳未満・3割自己負担)は30万円となるが、実際の支払いは8万円強で済むわけだ。
がんの通院治療は、治療の内容次第で、医療費の月額が何カ月も連続して高額に及ぶこともある。その場合、もちろん高額療養費が適用されるが、直近12カ月で3回以上高額療養費の支給を受けると「多数回該当」となり、限度額がさらに引き下げられるのも心強い。
「そのほか、人によっては勤務先の健康保険組合の『付加給付』制度が適用される場合もあります」
付加給付は、各健保組合が組合員の医療費負担を軽減するために用意している制度。月々の医療費の自己負担分が、各組合で設定している基準を超えた場合に、超過分が払い戻される。
「制度自体を知らない人が多いんです。基準は2万5000円だったり3万円だったりと、組合ごとに異なります。自分が加入する健保の規約を確認しておくといいでしょう」
手術以外にもいろいろかかる! シミュレーションサイトで実費を計算
▼がんで実際にかかるお金の目安はいくら?
ウィッグや家事代行、再発予防の漢方薬も。
ここからは、がんになるとどんなことにいくらお金がかかるかを見ていこう。まず気になるのが、入院・手術や通院治療の費用だ。がんの治療費の目安をシミュレーションできるサイト「がん治療費.com」で、乳がん2例の治療費(総額)を算出。それをベースに、実際の自己負担額の目安を割り出した。告知から5年目まで通院治療を続け、順調に治療が進んだ状況を想定している。
シミュレーションサイト上で選択できる乳がんのステージは、進行度合いが低い順に0期、1期、2期、3A期、3B期、3C期、4期。今回は、発覚時のステージとして比較的多い2期と、3A期を例に挙げた。
試算結果はCASE1(2期)が34万円前後。CASE2(3A期)が141万円ほど。意外と少なく感じるかもしれないが、がん治療中は治療費以外にも何かとお金がかかる。
「例えば私の場合、ホルモン治療の影響が肌に出て、しょっちゅう皮膚科に通うことになってしまって。そこでかなりお金を使いました」
と、黒田さん。抗がん剤の副作用で脱毛し、ウィッグが必要になる例も多い。また、放射線治療のため、仕事に復帰したものの、連日午前中に半休を取って通院し、病院から出社する、というパターンも。急いで出社しなければならないうえに、治療で消耗し、タクシーに頻繁に乗ることになった体験談は数えきれない。
「術後間もない時期の治療中、ベビーシッターや家事代行を頼むこともあるかもしれません。また、再発予防のため、健康維持を目的として運動を始めたり、漢方薬、サプリに凝ったりする人も非常に多いです」
このように、元気なときは思いもよらないことにお金がかかるのが実態のよう。そのため、目安として100万~200万円ほど自己負担がかかる、と認識するのがよさそうだ。
「その他の注意点としては、治療開始から当分は元気なときと同じペースで働くのが難しいですし、治療が終わっても無理はできなくなります。そのため以前より収入が減り、それに伴って将来の年金や退職金が減ることもある、と覚悟しなければなりません。やはり早期発見はお金の負担も体の負担も軽く済むので、乳がんであればセルフチェックなどの習慣をつけるのもおすすめです」
1. 早期発見なら医療費も安くなる可能性が高い。がん検診や乳がんのセルフチェックなどを習慣に。
2. 今、貯蓄が不安なら「がん保険」の検討を。タイプによって、がんと診断されたら一時金が出て心強い!
3. がんになったらその後は無理できない。働き方が変わり、中長期的に収入が減ることも覚悟。
「がん治療費.com」
がんの治療費に関する総合情報サイト。治療費の具体的な金額や構造について、手術、抗がん剤といった治療法別・部位別に解説されている。治療法などは部位別のがんの診療ガイドラインや専門医師のアドバイスがベースだが、使う薬の種類や、体重・身長で変わってくる薬の量などによってコストはかなり変動するので、金額はあくまで目安として参考に。
●がん治療費.com(http://www.ganchiryohi.com/)
▼ほかにもこんなことにお金がかかるかも?
【差額ベッド代】
大部屋が安いということはわかっていても、やっぱり個室で落ち着いて治療したい、という人も多い。差額ベッド代は病院や選択する部屋などでマチマチだが、平均は1日6000円前後。
【タクシー代】
体力が落ちるため、タクシーに乗る機会が増えがち。自宅、および勤務先から遠い病院に入院・通院することになったら、自分や家族の公共交通機関の交通費もかさんでくる。
【ヨガ・サプリなど健康維持費】
がん再発リスクを低減するには、健康的な食生活や運動も必要。そのため、ヨガを始めたり、サプリを定期購入したりして、健康維持に努める人は多く、おおむね月数千~1万円前後の出費に。
【家事代行費用】
病気になったら家事を完璧にこなせなくなるのは当然だが、それがストレスになるなら、QOL(生活の質)を維持するため、家事代行を頼む手もある。長期で頼めば数十万円単位の出費に。
【セカンドオピニオン費用】
最初の病院だけでなく、別の病院でセカンドオピニオンを受けることもあるはず。セカンドオピニオン外来を設けている病院もあるが、基本的に自費診療(料金は病院により異なる)。
【かつら・ウィッグ費用】
抗がん剤治療の副作用で髪の毛が抜けてしまうケースが多い。その場合、ウィッグ等は必需品。商品にもよるが数千~数十万円の費用がかかる。自治体によって補助制度がある場合も。
※数字は編集部が算出した概算。70歳未満の人のケースを想定し、健康保険・国民健康保険の自己負担割合は3割。高額療養費・多数回該当は年収約370万~約770万円(標準報酬月額28万~50万円)の人を想定して計算。なお、2018年4月から診療報酬が改定されているが、18年4月時点で「がん治療費.com」には未反映。
CNJ認定・乳がん体験者コーディネーター
1969年、富山県生まれ。FP兼がんサバイバーとして、がんなどの病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行う。近著に『がんとわたしノート』(Bkc)。