文学コンシェルジュとして活躍する間室道子さんと、「一冊の本を売る」というコンセプトの書店を営む森岡督行さん。本の目利き2人が、それぞれの視点でセレクトした13冊を軸に、読書の楽しみを語り合った。いま読んでおきたい「絶対満足する一冊」とは――。
(左)代官山 蔦屋書店 文学コンシェルジュ 間室道子さん、(右)森岡書店 銀座店店主 森岡督行さん

“狩り”をするように、本を求める

【森岡】ブックハンティングという言葉が、今注目されていますね。

【間室】ハンティング=“狩り”の。

【森岡】ええ。大人が教養を深めるには時間と手間をかけ、狩りをするかのように自分から本を求める姿勢を大切にしたいものです。

【間室】本当に! 人生は1回しかないし、能動的に読書を楽しまないともったいない。たとえ忙しくても、手軽に読めて人生の示唆に富んだ本もたくさんありますもん。『あの映画みた?』(※1)も、そういう一冊です。

【森岡】人気作家の井上荒野さんと江國香織さんの、映画談義?

【間室】そのうえ、2人が考える“いい女”の定義などへも話が広がるの。映画への関心が高まって、人を見る目も養える一石二鳥の本です。

【森岡】いい女の定義といえば、伊丹十三の『女たちよ!』(※2)は大人の女性に読んでほしい、衣・食・住の知的なエッセンスに満ちています。

【間室】私も大好きな本です。けど、現代の女性が読んだら……。

【森岡】あーしろこーしろ、うるさい男性だと感じる人もいるかも(笑)。でもそれを含めてこの本の味わいで、伊丹十三の洒脱(しゃだつ)な文章に色あせない魅力があります。

(※1)井上荒野、江國香織/新潮社(※2)伊丹十三/新潮文庫

【間室】まさに普遍的な、ね。赤い表紙が印象的な『I Love Youの訳し方』(※3)も作家100人の小説や詩、名台詞から普遍的な魅力のある愛の表現を厳選した本です。

【森岡】100の愛の言葉をまとめ上げるなんて、切り口が秀逸ですね!

【間室】芥川、太宰から、小川洋子さん、村上春樹さんまで「愛している」という言葉を使わずあの気持ちをどう描いているか。感動モノです!

【森岡】そういえば僕も最近感動したのが、若き数学者、森田真生さんの『数学する身体』(※4)です。

【間室】処女作にして、小林秀雄賞を受賞した気鋭の作家さんの本ですね。

【森岡】「0(ゼロ)」の話や宇宙の限界の話など、数学的な話を自分のことばで紡ぎ出して、読む人を、今まで知らなかったような思考へといざなってくれます。

【間室】数学が苦手な人でも、彼の文章のファンになる人が多いと思う!

【森岡】で、読んでいくと、実は5分の1ほどが岡潔の話なんです。

【間室】昭和の偉大な数学者の。

【森岡】彼は『春宵十話』(※5)など、すばらしい随筆を残していますよね。僕もあらためて読み直しました。そして、森田さんの著書を読むと岡潔のことが知りたくなります。読んだ本が次の本を紹介してくれるという経験も、読書の醍醐味(だいごみ)ですね。

【間室】その『春宵十話』では、岡潔が剣豪小説の大家、吉川英治のことも書いていましたよね?

【森岡】ええ。親交があったようで。

【間室】『〆切本』(※6)は、文豪たちが締め切りをどう逃れたかをまとめた衝撃の逸話集ですが、吉川英治は、なんと奥さまに出版社へ謝りに行ってもらっていたそうなの。

【森岡】作家の奥さんも大変だ……。巨匠たちも締め切りにジタバタしたのかと思うと、僕も仕事で追い込まれたときに心強い。それにしても、早速本と本とがつながりましたね!

(※3)望月竜馬ほか/雷鳥社(※4)森田真生/新潮文庫(※5)岡潔/角川ソフィア文庫(※6)左右社編集部/左右社

現代語訳で、古典を気楽に読もう

【森岡】『数学する身体』には評論家の小林秀雄のことばの引用もありますが、小林は名文家。随筆集『モオツァルト・無常という事』(※7)では、その言葉の美しさを堪能できます。

【間室】本当に昭和の名著ですよね。

【森岡】小林と岡の対談集『人間の建設』(※8)を読んで気づいたのが、何事も楽しんで学ぶことの大切さです。

【間室】ああ、わかる! 『源氏物語』(※9)も無理すると読むのに挫折しますが、角田光代さんの現代語訳は斬新で自然に楽しめるはず。だって、光る君の“顔”が見えないの。物語の中心にいるのに透明なんです。

【森岡】「男の一生」というより、「人間の運命とは何か?」を描こうとしていると評判! ぜひ読みたいです。

【間室】海外小説なら、実話が基になった『ネバーホーム』(※10)を。南北戦争時、弱虫な夫の代わりに男装して戦いに行った妻の話で、柴田元幸さんの訳がまあ素晴らしい!

(※7)小林秀雄/新潮文庫(※8)小林秀雄、岡潔/新潮文庫(※9)角田光代(訳)/河出書房新社(※10)レアード・ハント/朝日新聞出版

【森岡】読書の楽しみはまるで“窓”のようなものですね。開けば、いろいろな世界が見えてくる。

【間室】本当に! 平安王朝の日本や南北戦争の米国へ、いつでもどこへでも心の旅ができちゃう。例えば『パリのすてきなおじさん』(※11)を読めば、パリジャンたちの生き方を通して日々の暮らしや移民、政治まで、花の都の今がリアルにわかるの。

【森岡】最後に、間室さんが最近気になる小説家を伺いたいです。

【間室】『独り舞』(※12)で性的少数者としての孤独を描いた李琴峰さん。彼女は台湾出身で、作品を日本語で書いているんです。フレッシュなテイストがすてきです。それから、2018年の本屋大賞受賞の辻村深月さん。

【森岡】おすすめの小説はあります?

【間室】彼女の『青空と逃げる』(※13)は逃亡劇ですが、マッチョな男性が主人公ではなく、母と幼い息子の逃避行。親子の成長も読みどころです。

【森岡】こうしてみるだけでも、本当にさまざまな本があるものですね。

【間室】本は、読んだら人に教えたり話したくなる究極のコミュニケーションツール。読書を通じて、世界をどんどん広げましょうよ!

(※11)金井真紀(文と絵)ほか/柏書房(※12)李琴峰/講談社(※13)辻村深月/中央公論新社

間室道子(まむろ・みちこ)
代官山 蔦屋書店 文学コンシェルジュ
1960年生まれ。一枚のPOPでベストセラーを生み出し、雑誌、テレビなどのメディアでオススメ本を紹介するカリスマ書店員。「婦人画報」で隔月連載中。
 

森岡督行(もりおか・よしゆき)
森岡書店 銀座店店主
1974年生まれ。神保町の老舗・一誠堂書店で修業し、独立。現在、銀座にて1冊の本を売るサロン風の書店を経営。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)など。