※本稿は、「プレジデントウーマン」(11月号)の特集「大人の教養『本&映画』ガイド」の掲載記事を再編集したものです。
ちゃんと話を聞くために先入観を持たない
モモのような人間になりたい――。私の読書人生は、ミヒャエル・エンデ作の『モモ』から始まっています。小学校低学年の頃、叔父の家にこの本があり、夢中になって読みました。
主人公のモモのもとには話を聞いてもらいたいと、どんどん人が集まってくるので「どうして彼女にはそんな力があるのだろう」と幼かった私は疑問に思ったのです。モモは特に質問するわけでもなく、ただ大きな黒い目を見開いて注意深く聞くだけ。まさに“聞き上手”。モモは相手の言葉を真剣に受け止めているので、だからみんな話したがるのだと、年を重ねてから理解できるようになりました。
今、私はキャスターとして、取材対象者から話を聞き出して、視聴者の方々に伝えるという役目を担っていますが、仕事人としての理想もやはりモモ。インタビューは、ややもすると「多分こうだろう」と想定しておいた答えを引き出すものになりがちです。でも、そうしたくはない。取材相手と1対1で対峙(たいじ)したとき、「この人が本当に話したいことは何なのだろう」というスタンスでいると、相手の心の壁みたいなものがなくなることが多いのです。こちらの勝手な先入観で話をしない、できる限り“モモ方式”でいこうと思っていますね(笑)。
時間ができるとページをめくり、「人の話をちゃんと聞けているのか」と原点に立ち戻らせてくれる本。私のそばにずーっとモモがいる感じです。ミヒャエル・エンデは、残念なことに、私が高校生のときに亡くなりました。ご存命だったら、ぜひお話をうかがいたかった。もちろん、モモのように(笑)。
私は3人きょうだいで、子どもたち一人一人に毎月絵本が届くような、本が身近にある環境で育ちました。毎晩眠る前には母が読み聞かせをしてくれたものです。そのおかげで読書が習慣になったのだと思います。
タイトルを見るだけで襟を正す本
『モモ』と同様に、もう一冊、私の原点ともいうべき本に、中島義道さんの『哲学の教科書』があります。これまで10回以上引っ越しを繰り返しましたが、必ず手元にあるのがこの本。タイトルを見ただけで「あ、ちゃんと生きなきゃ!」と襟を正す気持ちになるのです。
この本に書かれている「人間は勝手に明日があると思っているが、明日の朝、布団の中で目覚めるとは限らない」というニュアンスのフレーズに、当時20歳の私は衝撃を受けました。そのおかげで“死と向き合う”ことも学びました。死を考えることはネガティブなことではありません。裏を返せば「今日、自分はどうあるべきか」と、目の前の“生”と向き合うということなのです。
「投資の漫画『インベスターZ』がすごく面白かった!」
私は30年続いている経済ニュース番組「ワールドビジネスサテライト」(WBS)に、月曜から金曜まで毎日出演しています。これだけの長寿番組であっても、ニュース自体は非連続的なもの。前日まで思いも寄らなかったニュースが飛び込んでくるので、明日何が起こるかわからない、という日常の非連続性を実感します。
だからこそ『哲学の教科書』で教えられたように、“今は今”しかない、たとえ今回が最後になってもいいように、きちんと番組を進行したい、伝えたいと腹をくくります。そう考えると、公私ともに人と適当に接することができなくなります。いつ会えるとも限らないから、会いたい人に会えるときに会い、ちゃんとコミュニケーションを取っておきたいのです。
毎年自分の誕生日が来ると、その1年でやりたいことを3つ書き出すようにしているのですが、必ず書くのが「丁寧に生きる」。今年はそのほかに「体を鍛える」を加えました。
体が丈夫じゃないと仕事が100パーセントの状態でできませんからね。この2つはなかなか守られていないですが(苦笑)。
もうひとつが「本を読む」。仕事で必要に迫られたもの以外に、月に1冊必ず読むという目標はなんとか死守しています。WBSが終わって深夜に帰宅しても、神経が高ぶったままなので、すぐには眠れません。その時間がもったいないので、入浴しながら小説、雑誌、漫画を読むこともあります。
最近は投資に関する漫画『インベスターZ』を読みましたが、ものすごく面白かった! 投資をするには、世の中のすべての事象にアンテナを張っておく必要がありますが、それはキャスターとして必要なことでもあります。それにアンテナを張り巡らせると、人生が面白くなる度合いが断然違ってきます。幸い、私の周りには好奇心旺盛な方がたくさんいらっしゃるので、結構のんびり屋の私を「これ面白いよ!」とあおってくれるのが頼もしい限り(笑)。
映画『この世界の片隅に』ではクラウドファンディングに参加
映画『この世界の片隅に』は、私以上にのんびり屋で楽観的な女性が主人公。でも戦争が徐々に忍び寄ってきて、彼女の生活や幸せが破壊されていきます。それを見て思い出したのが、シリアの内戦から逃げてきた難民の人々を取材したときのこと。
昨日まで皆が普通に生活していた場所が戦場と化したのです。命からがら逃げてきた男性が携帯電話で撮った動画を見せてくれました。「僕の家のそばで銃撃戦が起こって、友達が次々に撃たれていったときの映像だ」と涙ながらに語ってくれました。
日常と戦争の境目は、実はとてももろいものだということを『この世界の片隅に』と同様に感じたのです。この映画をきっかけに、私は初めてクラウドファンディングに参加しました。「片渕監督を海外の上映会に連れていこう」という主旨の計画に出資。クラウドファンディングの返礼として監督の帰国報告書が送られてきたときは、私のお金が微力ながらも生かされているんだ! と感激。以来、クラウドファンディングにハマり、最近は農薬の影響でメロンが全滅してしまった農家さんに寄付をしました。自分で稼いだお金が、応援したいと思った対象の役に立ち、それが“満足感”として返ってくる経験をさせてくれた。そんなきっかけを与えてくれたことに感謝したい映画です。
国家の大変化の中、雄々しく生きる人々に感銘
どんな状況であろうとも、私たちは生きていかなくてはならないものだ、と感じた映画はもうひとつあります。中国の監督チャン・イーモウの作品『活きる』です。監督にインタビューする機会があり、取材前に彼の作品を全部見たのですが、なかでもこの作品に大きく心を揺さぶられました。
1940年代から文化大革命へと突入するまで、大きく時代が動くなか、時代の波に翻弄(ほんろう)されながらも、人々は図太く生きていく。自分の力ではあらがえないような境遇になって、どんなに悲しくても、クスッと笑えるようなユーモアが日常には転がっているもの。だからなんとか生きていける! そうした毎日の積み重ねが、私たちの“活きる”だと思い知らされます。
●大江麻理子さんのバイブル
▼BOOK
『モモ』ミヒャエル・エンデ 作
とある町はずれの円形劇場跡に迷い込んだ、不思議な少女モモ。モモに話を聞いてもらうと幸福な気分になれるので、彼女のもとへどんどん人が集う。そこへ“灰色の男たち”がやって来て、人々をインチキな計算で丸め込み、“時間”を盗んでいく。岩波少年文庫/800円
『哲学の教科書』中島義道 著
物事を徹底的に疑うことが原点だという著者が、「哲学とは何でないか」を厳密に想定することで、その本質を明らかにした一冊。難解になりがちな哲学の概念を自身の経験を交えて、平易な言葉で著した。初心者でも理解しやすい、まさに「教科書」。講談社学術文庫/1170円
▼MOVIE
『この世界の片隅に』原作:こうの史代 監督:片渕須直/2016年/日本
広島市出身の主人公・浦野すずは、想像力が豊かで絵が上手。北條周作と結婚して呉に移り住むが、戦時下で物資や配給がどんどん不足していく。持ち前のユーモアと知恵で苦しい生活を乗り越えていくが、日本の戦局はどんどん劣勢に向かう。そして広島に“あの日”がやってくる。
『活きる』監督:チャン・イーモウ/1994年/中国
中華人民共和国が誕生した1940年代、戦争の総括が続く50年代、そして60年代の文化大革命まで、激動の時期を迎えた中国が舞台。裕福な家庭に育ちながらもばくちで一文無しになった福貴と、そんな夫を支える妻の家珍が主人公。数々の困難にあっても、彼らはたくましく“活きる”。
テレビ東京・報道局キャスター
1978年生まれ。フェリス女学院大学卒業後、2001年にアナウンサーとしてテレビ東京に入社。報道、情報、バラエティーなどさまざまなジャンルの番組を担当。ニューヨーク支局勤務を経て、14年より「ワールドビジネスサテライト」(WBS)のキャスターを務める。
※『プレジデントウーマン』(11月号)の特集「大人の教養『本&映画』ガイド」では、テレビ東京の報道キャスター大江麻理子さんのインタビューのほか、「知性と好奇心が磨ける教養本74冊」「「本当に大切なことを教えてくれる名画44選」「シリコンバレーで働く女性は、こんな本を読んでいます」などを紹介しています。本選びの参考に、ぜひ手に取ってご覧ください。