普段は声も小さく、控えめな印象の油井さん。だが仕事となると、人が変わる。“男目線”の設計に「待った」をかけ、女性にやさしい駅の設備をつくりあげた。
油井瑶子●1985年石川県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科を卒業後に入社。鉄道施設の建築設計・工事管理のほか、出向先で都市基盤施設の計画、駅ビル開発計画に従事。18年4月より現職。

「完成はまだまだ先になりますが、この事業が終わったら、この駅も、駅前の景色も一変するでしょうね」

西武鉄道新宿線・東村山駅。駅舎から建設中の白い高架橋を仰ぎ見て、油井瑶子さんは目を細めた。

西武鉄道が現在、東京都や地元の自治体と連携して進めている「連続立体交差事業(※)」。踏切を撤去し、鉄道と道路を立体交差化して人や車の移動をスムーズに変えるこのプロジェクトで、彼女は副所長という重責を担う。

「都市開発の仕事に興味があって、就活ではデベロッパーや鉄道会社を中心に受けていたんです。うまくいかず、あきらめかけていた時、最後に声をかけていただいたのが西武鉄道でした(笑)」

入社は2007年。同社では初めての女性技術系総合職の採用だった。だが、当初は現場に女性を受け入れる体制が整っておらず、夜勤用の仮眠室もない状態。

「同期の男性はすぐ現場に配属されたのに、私は現場を見る機会がほとんどなくて。『技術系なのに、現場経験を積まないままでいいのかな?』と、ずっとコンプレックスを抱いていました」

そんなとき、女性向けの働き方セミナーを聞きに行き、某IT企業の女性役員の話に胸を打たれた。

「その方も入社当時、社内に女性が少なくて、今後のキャリア形成に悩み、自分で営業職を希望して現場を知ったことが今につながったとおっしゃっていたんです」

勇気づけられ、「私もいつか現場に行って、技術力を磨いていこう」と強く決意した。

※工事の正式名称は、「新宿線東村山駅付近連続立体交差事業」「新宿線中井~野方駅間連続立体交差事業」。油井さんは東村山駅のほかに新井薬師前駅と沼袋駅も担当。

28歳で主任に昇進。現場で声を張りあげる

そのチャンスが訪れたのは、入社7年目。28歳のときだ。配属先は、都内有数のターミナル駅・池袋駅のリニューアル工事などを手がける現場。修繕や保守も担う部署だったため、雨漏りなどの突発的な事案にも対応しなければならなかった。しかもこのときに職位が上がり、油井さんは主任として着任することに。

(上)事務所内で工事の進捗を日々チェック。技術職の女性採用は少しずつ増えているが、まだ男性が多い。(下)昼食をすませた後は、打ち合わせ用の資料を作成。メールチェックや返信も手早くすませる。

「後輩を指導しながら、複雑な大型の工事を取りまとめていくのは大変でした。主任になるとヘルメットのラインが2本になるので、工事会社の人たちからも、『これ、どうしますか』『指示をお願いします』と次々と声をかけられてしまう。本で勉強しても、工事の現場を見たことがないとわからないことばかり。逆に質問してしまうこともありました(笑)」

上司が不在のとき、「天井材がはがれ落ちそうです」と報告されたときは、身が縮む思いだった。携帯電話で上司の指示を仰ぎながら対策を立て、その場にいるメンバーで協力してなんとか乗り切った。だが、実は子どものころから大勢の人を仕切ったり、人前で話すのは苦手だという。

「工事の内容や工程を説明するときも、男性ばかりが40~50人集まった場所で声をはりあげるのは、なかなか慣れませんでした。工事の調整などで無理をお願いすることもあったので、言い方に気をつけて、常に緊張していましたね」

2度目の転機は、所沢駅(埼玉県)の駅ビル開発を行うグループ会社への出向だ。基本設計の着手から開業までを一通り担当した。

「開業日が決まっているので、絶対に遅れてはいけないというプレッシャーが常にありました。商業開発では、テナント構成や賃料の設定、プロジェクトの収支計算をしていたので、毎日が数字とのにらめっこ。工事の部署では『安全・安心が第一』だったので、価値観がガラリと変わりました」

「トイレのことなら油井に聞け!」

設計会社や工事会社との打ち合わせを綿密に行い、新しい駅ビルのデザインを形にしていくのも重要な仕事だった。意見が折り合わず、苦労したこともあったが、女性らしい視点が活きたこともある。その1つが、トイレの設計だ。

「トイレのことは油井に聞け、と言われるほど、あれこれ提案しました(笑)。たとえば、個室内の荷物用フック。使いやすい位置や形を調べるために、いろんなトイレを見歩いて、メジャーで測ってちょうどいい高さを考えて。バッグを置く台も、高さ、幅、奥行きがどれくらいあればいいのか、みんなで現場で確認しながら決めていきました」

当初は設計になかった傘掛けフックも、化粧直しのときにあったほうがいいと設置を依頼。ごみ箱は、フタを手で持ち上げるタイプだったが、「手が汚れるので、絶対に足踏み式」と主張。他の商業施設のごみ箱を参考に、自ら探し出した。

Essential Item●安全靴と2本線のヘルメット(上)。線路を照らすライト(左下)とヘルメットに装着するヘッドライト(右下)は夜間作業の必需品。

「トイレは使っている人から苦情が出やすいところ。商業施設の印象がそこで決まったりもするので、細かいところも妥協したくなかったんです」

工期が迫るなかで依頼し、気まずい空気になることもあった。だが、異動で担当を離れることになったとき、設計担当者が「また油井さんと仕事がしたい」と連絡をくれた。「そう言ってもらえると、これまでの苦労が消えてしまいます」と、油井さんは声を弾ませる。

「新しくなった所沢駅を何度も訪れました。さびしかった東口がにぎやかになって、駅ビルで楽しそうに買い物をしている人を見ると、この仕事をしていてよかったなと思います」

これから手がけていく東村山駅にも、きっと同じ光景が広がっていくのだろう。

▼油井さんの1日のスケジュール(夜間作業がある日)
(5:30~)起床、朝食、身支度
(7:00~)出勤、準備
(8:30~)始業、点呼
(9:00~10:00)所内打ち合わせ
(10:00~)施工会社との打ち合わせ
(12:00~)昼食
(13:00~14:00)打ち合わせ用の資料作成など
(14:00~)当日の夜間作業の現場確認・打ち合わせ
(16:00~)当日の夜間作業の報告
(17:00~)終了点呼、終業
(18:00~)夕食、仮眠
(22:00~6:45)夜間作業
(7:00)退社