日本人の2人に1人ががんになる時代。昔に比べて治療法の幅は広がり、私たちの選択肢も増えました。がんに対して、どう向き合えばいいのか。名医たちに最新の治療法と病院選びのポイントを聞きました。第1回は「乳がん」について――。(全4回)

※本稿は、「プレジデントウーマン」(2018年7月号)の掲載記事を再編集したものです。

全国1666病院の手術症例数を集計

国立がん研究センターがん情報サービスの「最新がん統計」によると、女性のがんで最も罹患(りかん)率が高く患者数が多いのは乳がん、2番目は大腸がんだ。今回、女性特有のがんである乳がん、子宮がん、卵巣がんと、女性のがんで死亡率が最も高い大腸がんについて、国の公開データである手術症例数を基に、女性が頼れる病院をリストアップした。

イラスト=生駒さちこ

リストアップにあたって活用したのは、厚生労働省のウェブサイトで、中央社会保険医療協議会(中医協)の診療報酬調査専門組織・DPC(診断群分類別包括支払制度)評価分科会が公開している「DPCデータ」だ。手術症例数などの治療実績は、2016年4月~17年3月の1年間に、全国1666カ所のDPC対象病院から退院した患者のデータ約1100万件を集計した結果。国の機関が収集しているデータであり、全国の主要な病院の治療実績が網羅されているので信頼性は高い。

がんになるリスクは誰にでもあり、決して人ごとではない。いざというときに備えて、どんな治療法を受けられるのか、頼るべき病院はどこか、ぜひ知っておきたい。

がんは小さくても全身に広がることも

乳がんは、30代から徐々に増え、働き盛りの40代と、第二の人生をスタートする人が多い60代が最も患者数が多い病気。自覚症状は、乳房やわきの下のリンパ節のしこりだ。マンモグラフィー検診の受診、あるいは、乳房やわきの下にしこりを感じたり、えくぼのように引きつれた異常を発見したりしたことをきっかけに、乳がんと診断される人が多い。

▼罹患率は乳がん、死亡率は大腸がんが1位
部位別・女性のがん罹患率(人口10万人あたり/1年間)

(1)乳房:117.5人

(2)大腸:86.4人

(3)胃:62.8人

(4)肺:55.2人

(5)子宮:36.9人

1年間に人口10万人あたり何例がんと診断されるか。地域がん登録全国推計によるがん罹患データ(2013年)より
部位別・女性のがん死亡率(人口10万人あたり/1年間)

(1)大腸:36.0人

(2)肺:33.4人

(3)すい臓:25.6人

(4)胃:24.4人

(5)乳房:21.8人

1年間に人口10万人あたり何人死亡するか。人口動態統計によるがん死亡データ(2016年)より

出典:国立がん研究センターがん情報サービス・がん登録・統計「最新がん統計」

「乳がんの多くは全身病であり、がん自体は小さくても、比較的初期の段階から全身に広がっている可能性があります。進行度にもよりますが、乳がんでは、乳房の局所治療である外科手術と、薬物療法を組み合わせるのが標準的な治療です」

がん研有明病院乳腺センター長の大野真司医師は、そう解説する。

乳がんの手術には、主に、乳房を部分的に取り除く「乳房温存手術」と、胸の筋肉は残して乳房をすべて取る「乳房切除手術(乳房全摘手術)」がある。かつては乳房切除手術が主流だったが、乳房温存手術と放射線療法を組み合わせると、乳房切除手術と同等の治療成績が得られることがわかってからは、温存手術が急速に増えた。日本乳癌(にゅうがん)学会の調査では、2003年に乳房切除手術を上回って以降、乳房温存手術が増え続け、約6割を占めるまでになった。

「しかし、13年に人工乳房を用いた乳房再建手術が保険適用になってから、その流れは再び大きく変わりました」と大野医師は指摘する。もともとの乳房と腫瘍の大きさによっては、無理に温存手術をすると、乳房が変形してしまう。そのため、無理な温存手術が減り、乳房すべてを切除して、乳房再建手術を希望する患者が増えたというのだ。

乳がんになったとき、頼れる病院はどこなのか。DPCを導入している全国1666病院のうち、16年4月~17年3月の乳がんの手術症例数の合計が多い順に50病院をリストアップ。ただし、用いた症例数合計は、入院治療を受けて16年度中に退院した患者のものであり、日帰り手術や外来での薬物療法・放射線療法を受けた患者の数は含まれていない。薬物療法は入院せずに外来で行うことも多いため、症例数は参考程度に見ていただきたい。

50病院の乳がん手術数の内訳を見ると、2つの手術の症例数は同じくらいか、乳房切除手術が温存手術を上回っている病院が多かった。

「乳房切除手術を受ける人の中には、乳房再建を希望する人としない人がいて、当院では40歳以下では6割、70代でも1割の人が再建手術を受けています。わきの下のリンパ節に転移があり、しこりが大きい場合には再発リスクが高いので、すぐに再建手術をせずに化学療法や放射線療法を行います。がんの大きさや進行度によっても選択肢は変わってくるので、それぞれの治療のメリット、デメリットをよく聞いて、自分の希望を担当医に伝えることが大切です」

がんの手術によって失われた乳房を再建する手術には、患者本人の腹部や背中の組織(自家組織)を胸に移植する方法と、人工乳房を用いる方法がある。また、再建の時期も、乳がんの手術と同時に実施する「一次再建」と、手術後しばらく経ってから行う「二次再建」がある。50病院の乳房再建手術の症例数は、人工乳房による再建と自家組織を使った二次再建の症例数を合わせた数値だ。なお、乳房再建手術の症例数が「-」の病院は、形成外科医による再建手術自体は、他の医療機関に紹介して実施しているとみられる。

『患者さんのための乳がん診療ガイドライン2016年版』(金原出版)を参考に作成 イラスト=生駒さちこ

「人工乳房を用いた乳房再建に保険が適用されてから、再建手術を受けるかを含め、自分がどうしたいか考えて主体的に治療法を選ぶ患者さんが増えました」(大野医師)

なかには、がんが非常に小さく温存手術が可能でも、乳房切除手術と再建手術を選ぶ患者もいるという。その理由は、「少しでも乳房が残っていると不安」「5週間も放射線治療を受けると仕事に差し支えるから」など、患者によってさまざまだ。

無駄な治療はできるだけ省く

一方、がんの治療後に妊娠・出産を希望している場合には、抗がん剤治療やホルモン療法などの薬物療法が始まる前に生殖医療機関で話を聞き、卵子や受精卵の保存を検討する方法がある。がんの進行度や薬物療法の内容によって選択肢が変わる可能性もあるので、生殖医療機関に相談に行く際には、乳がん治療の担当医の紹介状を持参することが大切。

アンジェリーナ・ジョリーが卵管・卵巣を切除した理由

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)は、細胞のがん化を防ぐ抑制遺伝子「BRCA1」か「BRCA2」に、生まれつき異常(変異)があるため、若くして乳がんや卵巣がんになったり、両乳房にがんを発症したりしやすい。HBOCの人が乳がんになる確率は41~90%、卵巣がんは8~62%とされる。リスクは遺伝子変異のない日本人女性に比べて乳がんで5~10倍、卵巣がんで8~60倍も高い。HBOCかどうかは、血液検査でわかる。遺伝子検査は自費診療で、約20万円。「心配な人は、がんの遺伝カウンセリング(全国遺伝子医療部門連絡会議ホームページの遺伝子医療実施施設検索システムで調べられる)を受け、検査の必要性を検討することが重要」(大野医師)

特に卵巣がんは早期発見法がない。そのため、HBOCだとわかったら、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんのように、卵管・卵巣の予防切除を受けることが推奨されている。

「乳がん治療の最近のキーワードはデエスカレーション。無駄な治療は省き、必要なものはきちんと加えていくという発想です。例えば、乳房内からがん細胞が最初にたどり着くセンチネルリンパ節に転移があるかを、手術中か術前に調べ、転移が2個以下でしこりの大きさが5cm未満なら、わきの下のリンパ節を切除しないなど手術は縮小化しています。リンパ節を切除しなければ、腕がむくんで痛むリンパ浮腫になるリスクも減らせます」(大野医師)

乳がんの病院を選ぶポイントの1つは手術症例数が年間100例以上で乳腺専門医がいること。さらに、緩和ケアチーム、常勤の病理医、がん専門看護師あるいは乳がん専門認定看護師などがチームで乳がんの患者をバックアップする体制があるかどうかも重要なポイントだ。なお、ランキングにある50病院は、「乳腺専門医がいる」と日本乳癌学会が認定している施設である。

「乳がんになっても、ぜひ仕事は続けてください。慌てて治療を始める必要はないので、セカンドオピニオンも上手に活用し、各治療法の利点と欠点をしっかり理解し、納得して治療を受けましょう」

ランキングは、厚生労働省が公開しているDPCデータをもとに2016年4月~17年3月の退院患者についての治療実績。外来治療や出来高払いになったものの件数は含まれていない。「-」は0~10例未満、または分析対象外とされたもの。 ※乳房温存手術(リンパ節郭清あり)を含む。